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冬に咲く花
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「坊主を引き上げろ!魔法が持たない!」
魔術師の一人が叫んだ。
思いもよらない指示に、男の脳裏にはランプが過り一瞬だけ迷いを生じさせた。
一瞬の迷いもなく、男が孝宏を抱え上げていたら、被害はランプを二つ失うだけで済んだだろう。
しかしその一瞬の間に、孝宏は浮力を失い落下してしまった。
――ガシャン!――
腹に抱え込んでいたランプが落下し、孝宏の真下に群がってた化け物の顔面に落ちた。
巨大蟻は瞬く間に火に巻かれ、もがき、他の仲間を撒き込む。
少なくとも五体は巻き添えを食らったようだ。
火に巻かれる仲間を、遠巻きに様子を見ている巨大蟻達の、顔の半分以上を占める大きな目が、炎に照らされオレンジ色の影が揺れる。
巨大蟻たちが触角を震わせ、顎を打ち鳴らし奏でる不協和音が共鳴し次第に広がっていく。
「俺の手を掴め!……すぐ……引き上げる……頑張れ!」
男が孝宏の左手の指先を掴めたのは幸運などでなく、日頃の鍛練の賜物だった。
このままでは男もろとも孝宏が落ちてしまいそうで、魔術師たちは咄嗟に孝宏に手を伸ばし、或いは、男ごと引き上げようと支えた。
しかし魔術師の手は孝宏には届かず、数人がかり引っ張っても、落ちないよう現状維持するだけで精いっぱいだった。
比較的腕力のない魔術師たちは、皆顔を真っ赤にし、手が震える程渾身の力を込める。
男は鎧を身に着けている分、さぞかし重いのだろう。
男の赤く滑る傷口から流れた鮮血が、辛うじて繋がった手を伝い落ち、孝宏の指先を濡らしていく。
「た、たすけ……」
ぶら下がる孝宏の足先を、巨大蟻が何度もかすめ、火までもが足に絡みついて来る。
幸運にも火に気を取られている巨大蟻達は、真上にぶら下がる得物に気が付いていないようだった。
気付いていれば、例え自身が火に巻かれいていようとも、無防備な得物を殺そうとしただろう。
村の中で襲われたあの時も、彼らの闘争心とはそういう類のものだった。
とはいえ化け物はすぐにでも孝宏に気が付いて、攻撃してくるともしれない状況だ。
一刻も早く孝宏を引き上げる必要があった。
「手が滑りそうだ!両手で掴め!」
孝宏の右腕には、落とさずに済んだランプが、火の粉を散らしながら煌々と燃える。
これが消えるような事があれば、今も別の場所で戦っているであろう兵士たちは、化け物に対する唯一の対抗手段を失う事になる。
孝宏は躊躇した。
「でもランプが!」
「それは捨てろ!早く手を伸ばせ!」
男の必死の言い様に、孝宏は男が言い終わると同時に、ランプを落とし手を伸ばした。落下したランプは、今まさに孝宏に襲い掛からんと、火が囲う集団の中から、突撃して来た巨大蟻を直撃した。
解放された火は、割れて四方に飛び散る。
ガラスを飲み込み、膨張し、あっという間に巨大蟻を捉えたが、それでもなお、巨大蟻たちは喉を唸らし、牙を向けてきた。
ただ孝宏が男の手を掴む方が早かった。寸前で男が孝宏を引き上げ化物をかわした。
それで事なきを得たかに思えたが、次の瞬間、孝宏を掴む手が、血で滑り、孝宏が落下してしまった。
すべてが一瞬のことで、誰にもどうすることも出来なかった。
あっけにとられる男を見つめながら、孝宏がゆっくりと落ちていく。自身も同じ顔をしていると気が付いていない。
地上では孝宏を仕損じた巨大蟻が、壁に激突し気を失っていた。
孝宏はその上に落ちた。
それ以外は何ともないのが、不幸中の幸いと言って良いのか解らない。
何せ今は、火を遠巻き見ているだけで、そこには闘争心溢れた化け物たちの真っ只中なのだ。
火は今も孝宏を中心として、巨大蟻ごと燃え盛っているが、既にじりじりと黒い波が押し寄せよて来ている。
「―――――!」
孝宏が声にならない悲鳴が上げる。騒然となる壁の上など、すでに意識の片隅にもなかった。
「来るな!あっち行けよ!」
孝宏は手を振り、火を掴む。操ろうとしても、焦って上手くいかない。
それどころか焦れば焦る程、どうやって火を操っていたのかさえ、解らなくなっていく。
化け物はもう火の寸前まで迫っていた。この程度の距離ならば、彼らは太い後ろ足を使い、一気に距離を詰めてくるだろう。
孝宏は目を固く瞑り、歯を食いしばった。
魔術師の一人が叫んだ。
思いもよらない指示に、男の脳裏にはランプが過り一瞬だけ迷いを生じさせた。
一瞬の迷いもなく、男が孝宏を抱え上げていたら、被害はランプを二つ失うだけで済んだだろう。
しかしその一瞬の間に、孝宏は浮力を失い落下してしまった。
――ガシャン!――
腹に抱え込んでいたランプが落下し、孝宏の真下に群がってた化け物の顔面に落ちた。
巨大蟻は瞬く間に火に巻かれ、もがき、他の仲間を撒き込む。
少なくとも五体は巻き添えを食らったようだ。
火に巻かれる仲間を、遠巻きに様子を見ている巨大蟻達の、顔の半分以上を占める大きな目が、炎に照らされオレンジ色の影が揺れる。
巨大蟻たちが触角を震わせ、顎を打ち鳴らし奏でる不協和音が共鳴し次第に広がっていく。
「俺の手を掴め!……すぐ……引き上げる……頑張れ!」
男が孝宏の左手の指先を掴めたのは幸運などでなく、日頃の鍛練の賜物だった。
このままでは男もろとも孝宏が落ちてしまいそうで、魔術師たちは咄嗟に孝宏に手を伸ばし、或いは、男ごと引き上げようと支えた。
しかし魔術師の手は孝宏には届かず、数人がかり引っ張っても、落ちないよう現状維持するだけで精いっぱいだった。
比較的腕力のない魔術師たちは、皆顔を真っ赤にし、手が震える程渾身の力を込める。
男は鎧を身に着けている分、さぞかし重いのだろう。
男の赤く滑る傷口から流れた鮮血が、辛うじて繋がった手を伝い落ち、孝宏の指先を濡らしていく。
「た、たすけ……」
ぶら下がる孝宏の足先を、巨大蟻が何度もかすめ、火までもが足に絡みついて来る。
幸運にも火に気を取られている巨大蟻達は、真上にぶら下がる得物に気が付いていないようだった。
気付いていれば、例え自身が火に巻かれいていようとも、無防備な得物を殺そうとしただろう。
村の中で襲われたあの時も、彼らの闘争心とはそういう類のものだった。
とはいえ化け物はすぐにでも孝宏に気が付いて、攻撃してくるともしれない状況だ。
一刻も早く孝宏を引き上げる必要があった。
「手が滑りそうだ!両手で掴め!」
孝宏の右腕には、落とさずに済んだランプが、火の粉を散らしながら煌々と燃える。
これが消えるような事があれば、今も別の場所で戦っているであろう兵士たちは、化け物に対する唯一の対抗手段を失う事になる。
孝宏は躊躇した。
「でもランプが!」
「それは捨てろ!早く手を伸ばせ!」
男の必死の言い様に、孝宏は男が言い終わると同時に、ランプを落とし手を伸ばした。落下したランプは、今まさに孝宏に襲い掛からんと、火が囲う集団の中から、突撃して来た巨大蟻を直撃した。
解放された火は、割れて四方に飛び散る。
ガラスを飲み込み、膨張し、あっという間に巨大蟻を捉えたが、それでもなお、巨大蟻たちは喉を唸らし、牙を向けてきた。
ただ孝宏が男の手を掴む方が早かった。寸前で男が孝宏を引き上げ化物をかわした。
それで事なきを得たかに思えたが、次の瞬間、孝宏を掴む手が、血で滑り、孝宏が落下してしまった。
すべてが一瞬のことで、誰にもどうすることも出来なかった。
あっけにとられる男を見つめながら、孝宏がゆっくりと落ちていく。自身も同じ顔をしていると気が付いていない。
地上では孝宏を仕損じた巨大蟻が、壁に激突し気を失っていた。
孝宏はその上に落ちた。
それ以外は何ともないのが、不幸中の幸いと言って良いのか解らない。
何せ今は、火を遠巻き見ているだけで、そこには闘争心溢れた化け物たちの真っ只中なのだ。
火は今も孝宏を中心として、巨大蟻ごと燃え盛っているが、既にじりじりと黒い波が押し寄せよて来ている。
「―――――!」
孝宏が声にならない悲鳴が上げる。騒然となる壁の上など、すでに意識の片隅にもなかった。
「来るな!あっち行けよ!」
孝宏は手を振り、火を掴む。操ろうとしても、焦って上手くいかない。
それどころか焦れば焦る程、どうやって火を操っていたのかさえ、解らなくなっていく。
化け物はもう火の寸前まで迫っていた。この程度の距離ならば、彼らは太い後ろ足を使い、一気に距離を詰めてくるだろう。
孝宏は目を固く瞑り、歯を食いしばった。
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