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冬に咲く花
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しおりを挟む今朝の事だ。四人が村人たちに話を聞きに行くと言い出した時、孝宏は一人残る言い、頑として譲らなかった。
慣れない仮病まで使い、何とか留守番を勝ち取ったが、それからずっと、孝宏は一人車の荷台でウンウン唸りながら考え事をしていた。
「地球に帰る方法を探したいって皆に言おう。すぐにでも……」
誰もいなくなった車の中で、孝宏は仰向けに寝転んでいた。
手に黒い携帯電話を握りしめ、目を閉じて遠く地球で自分の帰りを待つ両親を想う。地球に帰れたらどれだけ喜ぶだろう。
そう思うのに、瞼の裏に映る両親の表情は暗い。
「はぁー……」
正体不明のジレンマに襲われ、孝宏は携帯電話を開いた。
本当はメールをもう一度見たかったのだが、不意に日付が目に留まった。
木下からのメールが来たのは、おそらくあの電話の後だろう。それから携帯の日付によると現在は10日経っている。
(10日……何だっけ?何か思い出せ……そう……)
あの襲撃から12の夜を数えた、その次の朝だった。
大地が揺れ、地響きが未だ傷の癒えない住人達の不安を煽った。
ある者は逃げまどい、ある者は隣にいた見知らぬ者と手を取り合った。
ドゴーン……ドゴーン……耳に新しい、壁が崩れる音。
コレー完全崩壊への序曲であった。
孝宏は大きな声で叫んで飛び起きた。
慌てた様子で木枠に足を掛け、外へ出ようとしたが、頭を出したところで一旦動きを止めた。
(これが現実になるって保証は……ない。記憶のままで終わるのかも……でも……)
孝宏は車を勢いよく飛び降り、勢いよく村人が集められている、大きなテントを目指し駆けだした。
もう一度同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。そう強く思い、使命感に足を走らせた。
だが孝宏はテントの前までやってきて、中に入るのを躊躇した。
テントの中から聞こえてきた声は、どれも村人の孝宏に対する理不尽な怒りだ。
さらには、村人たちの怒りの矛先が、孝宏を連れてきたカウルとルイにも向けられているのを知る。
孝宏は昨夜の出来事が不確かなまま広まったのだと気付いたが、もはやどうすることも出来ず、立ち尽くす。
(俺は中に入らない方が良いか。暴動でも起きそうな雰囲気だし。皆には後で話をしよう)
孝宏はすぐさまテントを離れた。
とある小さなテントの前を通った時、ちょうど中からボウクウ・ナルミーが出てきた。
「おはようございます。ボウクウさん」
孝宏は思い切って、ナルミーに声を掛けた。
ナルミーはひどく疲れた様子で、片手を軽く上げて返事をした。聞けばさっき見張りを交代したばかりだという。
「例の化け物って、まだ村の近くにいるんですか?」
「どうだろうね。捜索はずっとしているけど、見つからないようだ。ただ、ここより離れた場所では報告があるらしいし、もしかすると、もうこの辺りにはいないだろうって、上層部では見ているようだよ」
ナルミー得意のポーズもなく、肩を竦めただけだった。
(この人普通に話せるんだな)
昨日の印象が強かっただけに、他人と同じように喋っているだけで、随分と具合が悪く感じる。おそらく失礼に当たるであろう動揺を悟られぬようにと、孝宏は顔面に力を入れた。
「それより今日はあまり出歩かない方が良いと思うよ」
「どうしてですか?」
「視察が来るのさ。村の関係者とは言え、民間人がウロウロしてると、色々……ね?」
「視察って、あの村も見るんですよね?」
「まあ、でも奥までは行かないと思うよ。視察って言っても、ヘルメル殿下がいらっしゃるのだから、危険な場所までは、わざわざ行かないだろうね」
ナルミーは顔を上向け、短い前髪をかき上げた。不敵な笑みだが、前ほどのインパクトはない。
「だから今日は、車の中で大人しくしていると良い。村人のいるテントには……行けないのだろう?」
ナルミーは困った顔で、悪かったね、と孝宏の頭を撫でた。
彼も知っているのだ、村人たちのあの噂を。
「結構平気なもんです。気にしてません」
「困ったことが合ったら言いたまえ。私が力になろう」
ナルミーと別れた後、孝宏は車の中に書置きを残し、村の奥へと向かった。
袋を幾つかと、自身の火から周囲を守るための耐火用布をマントの様に羽織る。
凶鳥の兆しを上手く扱えない孝宏が、火を暴走させた時の為に買っていたのが、さっそく役に立った。
教会のある辺りでは、見つかってしまうかもしれない。孝宏はそのさらに奥を目指した。
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