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冬に咲く花

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 漆黒のとばりが星さえも覆い、野営地の松明が煌々と闇を照らす、そんな夜。

 孝宏は際限なく続く闇に捕らわれる、そんな夢を見た。

 体を震わして目を覚ますと外の松明の明りが、薄ぼんやりと幌に照らしだされ、風が車を揺らすと、まだ夢の中に捕らわれている気分になる。

 とても静かだった。寝息が鼓膜に響き、夜の雰囲気に呑まれ、自分だけ時間の外に取り残されたようだ。

 孝宏は頭をやや持ち上げ、御者席への幕を数センチ持ち上げ外を伺った。

 闇の中で物陰が動いて見え、小さな二つの光と目が合った。


「……!!」


 声をあげそうになり、とっさに手で口を押えた。


(あっぶねぇ……何だ牛じゃん。驚かせやがって)


 孝宏は物音を立てないよう、そっと御者席から外へ出た。

 魔術で温められた車内と違い、外気が肌を刺す。胸の前で腕を組み、両腕をさすった。

 僅かでも暖を求めての行動だった。するとさすった皮膚の表面に火の粉が舞い、掌をそのまま指先まで滑らすと、後を追うように火が燃え上がった。

 自分の火の特性を完ぺきに把握いているわけでもないが、今更慌てふためくような真似もしない。恐る恐る全身を掌で撫でてみると、火はゆっくり掌を追って燃え広がっていった。


「あったけぇ……」


 首からを、文字通り火だるまにした孝宏が言った。

 車から離れ、燃える物がなく、土がむき出した上にぐらをかいて座り込んでいる。

 火だるまも意外と心地が良いもので、風呂にでも浸かっている心地よさがあった。

 風の運ぶ冷気が、今度はいい塩梅に火照った頬を冷やす。


 孝宏は夕方、教会の結界を破った後のことを思い出していた。

 孝宏が呪文を詠唱していなかったと言っていたナルミーが、カダンに誤魔化された一件だ。

 カダンに言われただけで簡単に意見を変えたのは、孝宏からすると、とても奇妙に思えた。

 それも恋ゆえと言えば、そうなのかもしれないとも思う。恋は盲目とよくいうものだ。しかし、カダンの目が光ったのをただの偶然とするには、感じた違和感が大きすぎた。


 ナルミーがカダンの嘘を信じたのは、目が光った後ではなかっただろうか。

 そしてそれらは林の中で、自分に勇者だと言って聞かせたカダンのそれと、とてもよく似ていたではないか。

 何度考えても、いくら否定しても、一つの考えに行きつくのだ。

 それは孝宏にとって一番好ましくない答えだった。


「聞いてみて、はいそうですって言われたらどうすんだよ」
「でも聞かないでずっと悶々とするのもなぁ」
「もしかすると、まったく違っていたってこともあるよな」
「でも、何て聞けばいいんだよ」


 独り言は自身の火に落ちては燃え、炎をますます燃え上がらせた。

 掌から立ち上る灰色の煙を眺めては、孝宏は深くため息を吐いた。


「ねえ、大丈夫?」


「いぃっ!」


 声をかけて来たのはマリーだった。隣にカダンもいる。

 マリーは困惑しているようだが、燃える孝宏に対して冷静に声をかけてくるあたり不気味だ。

 孝宏がヘラヘラ笑うと、マリーは悪趣味と言い、カダンは呆れてため息を吐いた。

 二人は孝宏の側に腰を下ろし、たき火にする様に手をかざし、暖をとった。


「思ったより驚かないんだな。俺全身火だるまなんだけど」


「驚いたに決まってるじゃない」


 マリーは思わず振り上げた手を、火の手前で止めた。孝宏が平気そうにしていても、やはり火を触るのは躊躇する。


「まったくだよ。燃えてるし、タカヒロの声は聞こえてくるし、ホラーだよ。あんなに力を使った後だし、こういうのは止めた方が良いんじゃない?」


 カダンは心配そうだが、孝宏はこちらにも笑って返した。


「今は省エネモードだから平気。まったく苦しくない」


 そういってもカダンは怖々しているので、《温泉に浸かってるみたいだ》と付け加えた。


 それから色んな話をした。この世界の話、地球の話、昔の話、町に残してきた人達の話。

 地球の話を聞いたカダンは、特に興味深そうにして、表情を踊らせていた。それが子供のようで、この世界に来た時の自分と重なり、孝宏は胸の奥がむず痒くなるのだ。


 だがマリーが、自分たちがこの世界に来た意味を口に出した時、場の流れは完全に変わった。やがて話が今日の出来事に移って行ったのは、当然だったと言える。

 この場にカウルとルイの二人がいないのが、せめてもの救いだ。まだどんな顔で、彼らを見れば良いのかわからない。


「これからどうなるんだろうな」


「わからない。でもきっとルイとカウルとは、仇を取りたいって言うよね。そうじゃなきゃ私たちまで連れてくるはずないもの」


 孝宏もマリーも自分たちが勇者として、望まれてここにいる認識はある。

 しかし孝宏とマリーでは自身の置かれた立場に対する認識はまったく正反対だ。


「私あの二人に約束したの。何があっても全力で、私にできることをするって。」








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