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冬に咲く花
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しおりを挟むカダンのナルミーに対する態度は辛辣で、初めから礼を言う雰囲気など皆無だ。ナルミーもカダンに何も言い返さないどころか、ますますニコニコと笑顔を向けている。
二人にしかわからない、彼らの関係が気になるところだが、間に挟まれ見ているだけの孝宏は、居心地が悪い事この上ない。
「そういえばさっきチラリと聞こえたのですが、無詠唱が何とかって。それ何のことです?」
「おや、聞こえたのかい?すごいねぇ。彼のさっきの火の魔術、呪文もなかっただろう?道具を使ってるようにも見えなかったかし。あれだけの魔術を呪文なしにどうやったのか知りたくてね」
それを聞いたカダンは憂鬱そうに眼を細めた。
「まさかそれ、本気で言ってるんですか?」
声の抑揚は変わらず辛辣だ。
高くも低くもなっていない。それなのに、孝宏にはどうしてか雰囲気が変わったように感じた。首の後ろがざわざわする。
「詠唱した決まってるじゃないですか。呪文なしに、魔法が使える魔術師なんていませんよ」
孝宏は横目でカダンを見た。
彼の瞳は深い海色に光を湛え、何か言う度、口から小さな光が零れた。
覚えのある光景に瞬きも忘れ、孝宏は目を見張った。
緊張から声が詰まり、背筋が震えた。
これは見てはいけないものを見てしまった時に似ている。本能が警告を鳴らし、口を噤め、考えるなという。
胸の奥でチリチリ火が灯り、熱が渦巻き弾ける。投げ出した掌で小さい火の粉が、誰にも気づかれず散った。
孝宏には警告の正体が何かわかるような気がした。
カダンの視線はナルミーに向けられたまま、嫌味っぽく笑い、目を細めた。
「まあでも、詠唱が聞こえなかったのは同然ですね。とても小さな声でしたから。それに、そのせいで途中魔力のバランスを崩して、魔法が暴走してましたし。彼にはまだまだ修行が必要ですね」
「そうなのかい?そう言われてみれば、そうかもしれない。……うん、もしかしたら口は僅かに動いていたような気がするよ。でもやっぱり声は聞こえなかった」
「私は狼ですから、耳が良いんです。それにいかに魔法を隠すか、魔術師たちは競っています。素人にわからなくても仕方ありませんね」
「素人……ね。魔術に関してもっと勉強するよ」
ボウクウは肩を竦め、やや大げさにため息を吐くと、器を孝宏に預け、建物へ戻っていった。
「タカヒロとマリーは人前で、さっきの力をあまり使わない方が良いみたいだね」
ナルミーが建物に入り、見えなくなってから、カダンはそう言った。
呪文の詠唱がないのが、どれほど重要なのか、孝宏は理解できていなった。それがどうした、くらいの意識しかない。
「珍しいどころじゃない、ありえないよ」
詠唱を巧みに隠す魔術師はいても、詠唱なしに魔法を使う人はいない。だからこそナルミーも興味を持ったのだ。
もちろん例外もある。
あらかじめ術式の組み込まれた道具を使えば、呪文の詠唱も、長く複雑な術式を覚える必要もない。
もしくは短い音だけで魔術を発動させることができるがこの場合不安定になりやすく、熟練の魔術師が使う手法とされている。
どちらもこの場で誤魔化す言い訳には向かない。
鳥の炎で弱った後とはいえ、結界を打ち破ったマリーも、彼らの目に留まったかもしれない。
「取りあえず今は注目を浴びるのはマズい。地球人をどう説明して良いか分からないし、最悪間者扱いなんてこともありえる」
この状況下での厳しい検問は何なの為に行われているのか。
未知の生物の侵入を防ぐためと、対外的には発表しているが、おそらくはそれだけではないのだろう。
「スパイに…………もしそうなったら?」
「まあ、無事に太陽を拝むのは難しいかもね」
無実だとしても、身分を証明するものが何一つない孝宏たちには、潔白を証明するすべがない。
「マジか…………なんだってこんなことに……」
兵士らの歓喜の声が脳裏に蘇った。
歓声を受け止めた背中に電流が走り、椀を持つ手に力が入る。椀が小刻みに震え、中のスープが上下に踊った。
「大丈夫。タカヒロもマリーも絶対に守るよ。大事にならないように、一緒に考えよう。俺はまだ詳しい事情を知らないけど、二人の力が驚異的なのはよくわかった。後で、詳しく聞かせてよ。どうして二人がこんな力を持っているのかね」
瞳に湛える光はなく、いつもの彼に戻っていた。彼は寂しそうに微笑んで、目を伏せるのだ。
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