48 / 180
冬に咲く花
46
しおりを挟む
「マリヒロ君?生きてるかい?」
顔を覗かせたのはボウクウ・ナルミーだった。声を張っているはいるが、力ない表情から隠しれない疲労がにじみ出る。
彼女は良い香りの漂う器を手に持っていた。両手で慎重に差し出し、胸元に近づける。
「あれだけの魔術を使ったのだから、体力消耗しているはずだと思ってね。スープを持ってきてやったぞ。私は美しいだけでなく、気配りもできる女なんだよ」
「…………ありがとうございます。そこに置いといてください。……後で飲むので……」
「後で?まさか自力で飲めない程に消耗しているのかい?よし!私が飲ませてあげよう。何礼はいらないよ。兵士として当然のことだからね」
「本当に大丈夫です。それより中の人たちは大丈夫だったんですか?」
何よりそれが一番気になっていた。ここから様子は伺えても、彼らが無事が分からない。
あの時聞こえた声が途切れてはいないか、煙に巻かれてはいないか。どうか中の人が無事であって欲しい。
体を壁に預け全身の力が抜けても、気は休まらない。
「それなら心配いらない。教会の地下には僅かだが食料の備蓄があって、聖水が湧く泉もある。消耗はしているが、大事はないだろう」
ナルミーは孝宏の左側にしゃがみ込んだ。孝宏は背中を支えられ、口元で傾けられた椀に唇を開いた。
少しずつ口の中に流れてくるスープは初めての味わいで、冷え切った体を温め、緊張と不安で凝り固まった心をほぐした。
「あり……が、とう…ございますっ……」
熱く込みあがるものあった。目元がジンと痺れる。
「まったく無茶をする。体が冷え切ってるじゃないか」
呆れた物言いの中にも優しさが感じられる。
ナルミーは休み休み孝宏にスープを飲ませた。
二口飲んでは間を置き、孝宏が一息吐いたのを確認してから、再びスープを飲ませた。
「魔力は無限じゃないんだ。どんな魔術師だって、こうなるまで術は使わない。命を削るに等しい行為だよ」
「すみません。でも……俺……」
「うう、別に謝る必要はないさ。無茶をさせてしまったのは、こちらの人間だ。むしろ礼を言わなければならないな。しかし今の君は美しくないから、ゆっくり休むと良い」
「ボウクウさんって意外と普通の人なんですね。それから俺の名前は孝宏です。なんですか?マリヒロって」
初めて会った時の印象が強烈過ぎて、普通に喋るナルミーはむしろ可笑しく思えた。気の抜けた笑いがこぼれる。
スープが器の半分程になった時、突然《これは魔法のスープなんだよ》とナルミー言い出した。
確かに美味しいが、孝宏にとってそれ以上のものはない。別にキラキラ光ってないし、気分や体に特段の変化もない。
孝宏がそういうと、ナルミーは《そうかい?》と言ってやはり笑った。
「ところで君は呪文なしで魔術を使うのだねえ?いや、実に見事な術だったよ。民間人にしておくのは惜しい位だ」
「そんなことないですよ」
ナルミーの目をまっすぐ見れず、孝宏は目を伏せた。
別に謙遜したつもりは一切ない。見事に鳥の力を操ったわけではなく、無事に済んだのは、あの時のカダンが来てくれたからだ。彼がいなければ今頃無事では済まなかったかもしれない。
改めてそう考えると、心の底から震えた。
今度こそ彼らの力になりたいと思っていたが、ただそれだけで、覚悟が足りなかった。
建物の中に人がいると知って、命の重さに恐怖したのだから。
「ぐっ…」
孝宏は上体を起こそうと歯を食いしばった。
腕をぴんと張るだけで、関節が古ぼけたブリキの人形のように、鈍い音を立てた。
「まだ無理はしてはいけない。私が運んであげよう」
「でも……あぁ、大丈夫です」
日はすっかり沈み、辺りには闇夜が落ちている。
建物を囲む松明の明りが、こちらに向かって歩いてくるカダンを正面から照らした。
カダンは手の仕草でナルミーを退けると、自分が孝宏の傍にしゃがみ込んだ。ナルミーは仕方なく立つのだが、何故か笑顔でいる。
「姿が見えないから、探してたんだ。大丈夫?ボウクウさんも、どうやらうちのタカヒロがお世話になったようで、ありがとうございます」
カダンは冷めた顔で礼を述べるが、ナルミーの顔すら見ていない。孝宏の具合を見るのに勤しんでいる。
「何、礼には及ばないさ。これが私の仕事だからね。それに彼は君の連れだろう?ほおっておくなんてできやしないさ」
「そうですが、ではさっきの礼は撤回します」
顔を覗かせたのはボウクウ・ナルミーだった。声を張っているはいるが、力ない表情から隠しれない疲労がにじみ出る。
彼女は良い香りの漂う器を手に持っていた。両手で慎重に差し出し、胸元に近づける。
「あれだけの魔術を使ったのだから、体力消耗しているはずだと思ってね。スープを持ってきてやったぞ。私は美しいだけでなく、気配りもできる女なんだよ」
「…………ありがとうございます。そこに置いといてください。……後で飲むので……」
「後で?まさか自力で飲めない程に消耗しているのかい?よし!私が飲ませてあげよう。何礼はいらないよ。兵士として当然のことだからね」
「本当に大丈夫です。それより中の人たちは大丈夫だったんですか?」
何よりそれが一番気になっていた。ここから様子は伺えても、彼らが無事が分からない。
あの時聞こえた声が途切れてはいないか、煙に巻かれてはいないか。どうか中の人が無事であって欲しい。
体を壁に預け全身の力が抜けても、気は休まらない。
「それなら心配いらない。教会の地下には僅かだが食料の備蓄があって、聖水が湧く泉もある。消耗はしているが、大事はないだろう」
ナルミーは孝宏の左側にしゃがみ込んだ。孝宏は背中を支えられ、口元で傾けられた椀に唇を開いた。
少しずつ口の中に流れてくるスープは初めての味わいで、冷え切った体を温め、緊張と不安で凝り固まった心をほぐした。
「あり……が、とう…ございますっ……」
熱く込みあがるものあった。目元がジンと痺れる。
「まったく無茶をする。体が冷え切ってるじゃないか」
呆れた物言いの中にも優しさが感じられる。
ナルミーは休み休み孝宏にスープを飲ませた。
二口飲んでは間を置き、孝宏が一息吐いたのを確認してから、再びスープを飲ませた。
「魔力は無限じゃないんだ。どんな魔術師だって、こうなるまで術は使わない。命を削るに等しい行為だよ」
「すみません。でも……俺……」
「うう、別に謝る必要はないさ。無茶をさせてしまったのは、こちらの人間だ。むしろ礼を言わなければならないな。しかし今の君は美しくないから、ゆっくり休むと良い」
「ボウクウさんって意外と普通の人なんですね。それから俺の名前は孝宏です。なんですか?マリヒロって」
初めて会った時の印象が強烈過ぎて、普通に喋るナルミーはむしろ可笑しく思えた。気の抜けた笑いがこぼれる。
スープが器の半分程になった時、突然《これは魔法のスープなんだよ》とナルミー言い出した。
確かに美味しいが、孝宏にとってそれ以上のものはない。別にキラキラ光ってないし、気分や体に特段の変化もない。
孝宏がそういうと、ナルミーは《そうかい?》と言ってやはり笑った。
「ところで君は呪文なしで魔術を使うのだねえ?いや、実に見事な術だったよ。民間人にしておくのは惜しい位だ」
「そんなことないですよ」
ナルミーの目をまっすぐ見れず、孝宏は目を伏せた。
別に謙遜したつもりは一切ない。見事に鳥の力を操ったわけではなく、無事に済んだのは、あの時のカダンが来てくれたからだ。彼がいなければ今頃無事では済まなかったかもしれない。
改めてそう考えると、心の底から震えた。
今度こそ彼らの力になりたいと思っていたが、ただそれだけで、覚悟が足りなかった。
建物の中に人がいると知って、命の重さに恐怖したのだから。
「ぐっ…」
孝宏は上体を起こそうと歯を食いしばった。
腕をぴんと張るだけで、関節が古ぼけたブリキの人形のように、鈍い音を立てた。
「まだ無理はしてはいけない。私が運んであげよう」
「でも……あぁ、大丈夫です」
日はすっかり沈み、辺りには闇夜が落ちている。
建物を囲む松明の明りが、こちらに向かって歩いてくるカダンを正面から照らした。
カダンは手の仕草でナルミーを退けると、自分が孝宏の傍にしゃがみ込んだ。ナルミーは仕方なく立つのだが、何故か笑顔でいる。
「姿が見えないから、探してたんだ。大丈夫?ボウクウさんも、どうやらうちのタカヒロがお世話になったようで、ありがとうございます」
カダンは冷めた顔で礼を述べるが、ナルミーの顔すら見ていない。孝宏の具合を見るのに勤しんでいる。
「何、礼には及ばないさ。これが私の仕事だからね。それに彼は君の連れだろう?ほおっておくなんてできやしないさ」
「そうですが、ではさっきの礼は撤回します」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~
ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ
以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ
唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活
かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
手乗りドラゴンと行く異世界ゆるり旅 落ちこぼれ公爵令息ともふもふ竜の絆の物語
さとう
ファンタジー
旧題:手乗りドラゴンと行く追放公爵令息の冒険譚
〇書籍化決定しました!!
竜使い一族であるドラグネイズ公爵家に生まれたレクス。彼は生まれながらにして前世の記憶を持ち、両親や兄、妹にも隠して生きてきた。
十六歳になったある日、妹と共に『竜誕の儀』という一族の秘伝儀式を受け、天から『ドラゴン』を授かるのだが……レクスが授かったドラゴンは、真っ白でフワフワした手乗りサイズの小さなドラゴン。
特に何かできるわけでもない。ただ小さくて可愛いだけのドラゴン。一族の恥と言われ、レクスはついに実家から追放されてしまう。
レクスは少しだけ悲しんだが……偶然出会った『婚約破棄され実家を追放された少女』と気が合い、共に世界を旅することに。
手乗りドラゴンに前世で飼っていた犬と同じ『ムサシ』と名付け、二人と一匹で広い世界を冒険する!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる