上 下
36 / 180
冬に咲く花

34

しおりを挟む

「も、も、も、もーえーてーるー!」


 このままでは火事になりかねない、というか、すでに火事だ。


「早く消せ!」


「やってるが、魔法が発動しない!」


「クッソ、どうなってる!?」


「これもあの化け物の仕業か!?」


 数人が火を消そうと躍起になっているが、竜人のユーに追い詰められた時同様、凶鳥の兆しの火は魔術では消えてくれないようだ。


「まずい、どうしよう……」


 戸惑う孝宏の背中に、獣の放つ殺気が突き刺さる。マリーが剣を振り回し肉を切り裂く音が、見えない分恐怖をかきたてた。


(消えろ、消えろ、火は燃えていない、消えている、消えろ、消怖くない、大丈夫、怖くないから消えろ、消えろ……)


 いくら消えろと念じても火の勢いは衰えない。それどころか孝宏の願いとは裏腹に、上昇気流にのって火の粉が高く舞い上がった。


 初めて炎が吹き出した時は、一瞬のうちに消えてしまったので参考にならないし、ヨーの助けがあった前回はすんなりと火を消せただけに、これ以上何をしたらいいのかさっぱりわからない。


「どうしよう!?」


「いいから、あんたは少し落ち着きなさいよ!でないと、火は消えないんでしょ!?」


「わかってるけど…………………………どうしよう!?」


 孝宏の動揺をよそに、マリー、カウル、ルイの三人は連携をとりつつ獣を追い詰めていった。

 僅かずつでもそれまでの攻撃で体力を奪われていた獣は、確実に動きを鈍らせていた。


 獣がバランスを崩し、すかさずマリーが前足に切り込んだ。

 ルイの短剣が鈍く光り、紐状の長い弦が地面から何本も現れ、それらは獣の足を取り、首に巻き付き、胴に食い込んで、地面に無理矢理伏せさせた。

 もう獣にそれを解く気力は残っていないように見えた。

 一度はそれで済まそうとした。兵士たちが研究の為城に連れて帰るといったからだ。

 だが気を取り戻した獣が暴れだし、結局は止めを刺さざる得なかった。


 マリーのたたみかける攻撃は、鬼神のごとく獣だけでなく兵士をもあっとうした。そして孝宏の作り出した炎は魔術師たちには消すことができなかった。


 その事実が皆を何よりも驚かせ、厄介な事に疑惑を持たせる結果となってしまった。


「君たちのおかげで助かった、というべきなんだろうな。恩人に対して、このような事を訊ねるのも心苦しいのだが…………魔法の効かない獣が表れたかと思えば、その獣に難なく傷を負わせる人物まで現れた。理由をそんな幸運に恵まれた我々に教えてくれないか?」


 魔術師たちの追及は最もだった。

 孝宏とマリーは異世界に来てから日も浅く、難なく理解者に恵まれていたのもあり、事の重大性を今一つ理解していなかった。

 黙っている理由もないと考えた二人が素直に話そうとしたのをカウルが遮った。孝宏の頭に手を置く。


「彼はカラスなんです。しかも飛び切りの。ですから魔法は操れないし、良く暴走する」


「あれには僕らも驚きました。まさか、魔術師様たちが彼の火を魔法を打ち消す傍から、新たな火が燃えだしていたんですから。暴走した力を一所に集中させる。出来るだけ被害を広めなための苦肉策だったのですが、今回は完全に裏目に出てしまいました」


「そんな話は初めて聞いた」


「もちろん相当考え抜いての編み出した方法ですし、かなり訓練しましたよ。一生閉じ込めるか、それとも訓練をするかの二択でしたのでそれはそれは必死に。これでもコントロールを出来るようになったんですよ」


 示し合わせていたとも思えないが、ルイとカウルの息の合った言い訳に、魔術師もいつしか丸め込まれ、二人の話に同調し始めた。

 孝宏とマリーが取り調べられれば、身分の保障のない二人は圧倒的に不利だ。

 このままでは連れて行かれかねない二人を庇ったのは、何度も聞かされた夢物語が真実になってしまい、カダンの言う勇者をすっかり一緒に信じて込んでいたからだ。

 それに一ヶ月以上も一緒に暮らしていれば情もわく。

 
 検問所の左右に伸びる壁の一部や詰所の七割、森の木々数本が、孝宏の火で燃えてしまい、それだけ見ると損害は少なくないが、兵士を含め怪我人は出たものの、死んだものはいなかったのだから上出来だったといえた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いじめられて死のうとしていた俺が大魔導士の力を継承し、異世界と日本を行き来する

タジリユウ
ファンタジー
 学校でのいじめを苦に自殺を図ろうとする高校生の立原正義。だが、偶然に助かり部屋の天井に異世界への扉が開いた。どうせ死んだ命だからと得体の知れない扉へ飛び込むと、そこは異世界で大魔導士が生前使っていた家だった。  大魔導士からの手紙を読むと勝手に継承魔法が発動し、多大な苦痛と引き換えに大魔導士の魔法、スキル、レベルを全て継承した。元の世界と異世界を自由に行き来できるようになり、大魔導士の力を継承した正義は異世界と日本をどちらもその圧倒的な力で無双する。

骸骨殿下の婚約者

白乃いちじく
ファンタジー
私が彼に会ったのは、九才の時。雨の降る町中だった。 魔術師の家系に生まれて、魔力を持たない私はいらない子として、家族として扱われたことは一度もない。  ――ね、君、僕の助手になる気ある? 彼はそう言って、私に家と食事を与えてくれた。 この時の私はまだ知らない。 骸骨の姿をしたこの魔術師が、この国の王太子、稀代の魔術師と言われるその人だったとは。 ***各章ごとに話は完結しています。お気軽にどうぞ♪***

白紙にする約束だった婚約を破棄されました

あお
恋愛
幼い頃に王族の婚約者となり、人生を捧げされていたアマーリエは、白紙にすると約束されていた婚約が、婚姻予定の半年前になっても白紙にならないことに焦りを覚えていた。 その矢先、学園の卒業パーティで婚約者である第一王子から婚約破棄を宣言される。 破棄だの解消だの白紙だのは後の話し合いでどうにでもなる。まずは婚約がなくなることが先だと婚約破棄を了承したら、王子の浮気相手を虐めた罪で捕まりそうになるところを華麗に躱すアマーリエ。 恩を仇で返した第一王子には、自分の立場をよおく分かって貰わないといけないわね。

王子様を放送します

竹 美津
ファンタジー
竜樹は32歳、家事が得意な事務職。異世界に転移してギフトの御方という地位を得て、王宮住みの自由業となった。異世界に、元の世界の色々なやり方を伝えるだけでいいんだって。皆が、参考にして、色々やってくれるよ。 異世界でもスマホが使えるのは便利。家族とも連絡とれたよ。スマホを参考に、色々な魔道具を作ってくれるって? 母が亡くなり、放置された平民側妃の子、ニリヤ王子(5歳)と出会い、貴族側妃からのイジメをやめさせる。 よし、魔道具で、TVを作ろう。そしてニリヤ王子を放送して、国民のアイドルにしちゃおう。 何だって?ニリヤ王子にオランネージュ王子とネクター王子の異母兄弟、2人もいるって?まとめて面倒みたろうじゃん。仲良く力を合わせてな! 放送事業と日常のごちゃごちゃしたふれあい。出会い。旅もする予定ですが、まだなかなかそこまで話が到達しません。 ニリヤ王子と兄弟王子、3王子でわちゃわちゃ仲良し。孤児の子供達や、獣人の国ワイルドウルフのアルディ王子、車椅子の貴族エフォール君、視力の弱い貴族のピティエ、プレイヤードなど、友達いっぱいできたよ! 教会の孤児達をテレビ電話で繋いだし、なんと転移魔法陣も!皆と会ってお話できるよ! 優しく見守る神様たちに、スマホで使えるいいねをもらいながら、竜樹は異世界で、みんなの頼れるお父さんやししょうになっていく。 小説家になろうでも投稿しています。 なろうが先行していましたが、追いつきました。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

処理中です...