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冬に咲く花
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しおりを挟む「何も……切らなくても良いじゃないか」
実のところ、孝宏は信じてもらえると思っていた。
他のクラスメイトならともかく彼女なら、少なくとも真っ向から否定しないと信じていた。
奇跡が起きても、それが幸福だとは限らない。それを今痛感した。
ただ奇跡はまだ終わっていないらしく、待ち受けの電波は、まだ三本とも立っている。
けれども孝宏は携帯を操作する気にならなかった。電話して、また信じてもらえなかったらと思うと、怖かった。
今でさえ、泣きたいのを我慢しているのだ。次はもう耐えられないかもしれない。
孝宏が無駄に考え込んでいる内に、ドアが開いた。風呂上がりの鈴木は寝間着姿で、髪を拭きながら、静かに入ってきた。
「あれ?孝宏君、起きてたんですね」
朝は日の出と共に起きる生活は、必然的に夜寝るのも早くなる。日が沈み大分経った。いつもならもう寝ているはずなのだ。
孝宏も鈴木には先に寝ていると言って部屋に戻って来ており、鈴木も同然、孝宏はもう寝ているものだと思っていた。
「鈴木さん、これ俺の携帯、何か理由はよく分からないけど、今電話できるみたいなんです。俺はもう電話したから、よかったら鈴木さん電話しますか?」
孝宏の申し出に、鈴木は意外にも悩んだ。
孝宏はやはり信じてもらえていないのだと思い、証明する為、鈴木に電話を手渡した。鈴木は一瞬苦悶の表情を浮かべる。
「ほら。電波立ってますよ」
「そう、見たいですね。不思議、です、ね」
「もしかして番号を忘れたとかですか?」
「いえ、自宅の番号は覚えてます。そうですよね。こんな事、次もあるとは限らないんですから……」
緊張しているのか、鈴木は指が震え、何度も番号を入力し直している。
(鈴木さん、変だ。特別な事情でもあるんだろうか)
孝宏は色々考えた末、部屋の外に出て待つことにした。
ドアの前で、体育座りをして丸くなる。一度座ると立つのも面倒で、壁の向こうから、ポツポツ声は聞こえて来ても移動はしなかった。
(怒鳴ってるな、鈴木さん。あの人でも怒鳴る事あるんだ)
声が聞こえてきて、一分も経ってなかったと思う。部屋のドアが開いて、怒ったような表情の鈴木が出てきた。
携帯電話を握り締める手が白い。
(あ、違う。泣きそうなんだ)
数分前の自分の姿と重なった。鈴木から携帯を返してもらった時も、孝宏は顔色ばかり伺っていた。
二人は何事もなかったように部屋に戻り、いつも通りにベッドに入った。枕元の明かりを消せば、部屋の中は外の闇と一つに溶け込んだ。
孝宏は悪寒がしてベッドの中で、背中を丸めた。
ベッドの端が、奈落にでも通じているように思え、動機が速まる。
時々襲われる、足元が崩れ落ちる感覚が、何度でも孝宏を恐怖で包んだ。
闇が濃くなればなるほど、いつあったかもわからない『あの瞬間』の、感覚だけが蘇る。
(俺は生きてる。大丈夫生きてる)
「娘と話をしたいと思ったんです」
不意に、鈴木が話し始めた。
「でも、拒否されました。娘はまだ幼いから、私がいなければ、自分になつくだろうって、その邪魔をするなと言われました。ショックでしたが、でも、これでようやく吹っ切れました。孝宏君のおかげです。ありがとうございます」
寝て、朝が来れば、非日常的な生活が始まる。これまでの人生の中で、欠片もなかった、非常識な出来事が、今まで以上に起こるだろう。
危険なことだってあるだろうし、無事ですまないかも知れない。
(俺も覚悟をしなきゃいけないんだ)
孝宏は目を閉じて、夢の世界に落ちていった。
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