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冬に咲く花
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しおりを挟む「あんたちは火を消せないのか!?タカヒロが死ぬなんて……絶対にダメだ!」
「私がやってみよう」
赤い小人がカウルの肩から飛び降りた。小さな歩みで孝宏に近づくのを、他の小人たちが口々に静止したが、赤い小人は止まらなかった。
「この中では私が一番の適任だと思う」
赤い小人は歩きながら言った。
「私は制限を解除する。魔力の開放、吸収。鳥から剥ぐれた力よ、私の元に集まりなさい」
赤い小人を中心に、大きな火柱が上がった。公園内にある木程も大きい、大きな火柱だ。
火柱は内側に巻き込むようにして、ちょっとずつ小さくなっていった。それに比例するように、周囲の炎の勢いが落ちていく。
火柱が人間程の大きさになった頃、中から赤いウロコに覆われた両肩と腕が現れた。
夕日色に染まった立髪が、逆だって揺れる。ユーより大柄だろうか。背丈は孝宏が見上げる程度に高い。服もマントも消え、全身を真っ赤なウロコに覆われている。
がっしりとしているものの、洋梨型の体型と、豊満な胸の膨らみ。体に不釣合いな大きな手に、太く節ばった指。しかし爪は丸く短く、誰かを傷つけるものではなかった。
火柱がヨ―のすぼめた口に吸い込まれていく。トグロを巻いて、やがて完全に消えると、ヨーは唇を舐める。
ヨーはそっと孝宏に触れた。すると、今度は孝宏の火がヨーに燃え移り、一気に彼女を包んだ。
孝宏は身を引いて逃げようとしたが、ヨーの手が一層強く腕を掴み離さなかった。
「私は竜人のヨー。あなたを助けたい。大丈夫、もうあなたを傷つけるモノはもういないの。だから安心して」
孝宏は首を横に振った。
彼女たちが、自分をどうするつもりかまだわからないが、確かに孝宏は身の危険が去ったのかもしれないと考え始めていた。
ヨーは優しく微笑んでくれるし、向こうには今にも泣きそうに、孝宏の名を呼ぶカウルもいる。ユーの手に鋭い爪の見当たらず、火を消すため、魔術で火に雨を集中させている。
それらはしっかり見えているのに、どうしたら溢れる炎を止められるのかわからないのだ。
孝宏は再度首を横に振った。
孝宏は掴まれていた手を引かれ、ヨーに抱きしめられた。苦しくなく、逃がすまいとする圧迫感もない。ただ胸の柔らかさが、温もりが、優しく孝宏を受け止める。
「鳥の火は君を守ろうとしているだけ。鳥はあなたの見方よ」
孝宏を抱きしめるヨーの腕に僅かに力がこもり、圧迫感が増した。
孝宏はヨーの顔を見ようと、腕の中で身をよじり上を向いた。ヨーの方も顔を近づけて、口元を耳に寄せて小声で言った。
「鳥は君の感情で動いている。恐怖を忘れられないのなら、理性で感情を殺すの。まさか理性を忘れたわけではないのでしょう?」
「でも……」
「忘れたと言うのなら、私が思い出させてあげようか」
ヨーの潜めた低い声に、孝宏はハッとした。確かにこの火は、孝宏の恐怖が極限に達した時、溢れるように現れた。
冷静に考えれば可能性に気が付きそうな物を、いつの間にか自分で考える事を止め、幼い子供のように、ただ怖いと、喚き散らすだけになっていた。
(俺のせいじゃない。俺は何もしていないのに………くっそ)
一度に多くの事が起こり過ぎた。
いつも通りの嫌な一日かと思ったが、ちょっとだけ良い事があった。それなのに最悪の出来事で全てが帳消しになり、罪悪感にナイフをねじ込まれるような思いをした上に、理不尽な攻めを負う。
(今日は本当についていない)
孝宏は苦しくなるまで息を吐いて、胸が痛みを感じるまで息を吸った。
そうやっていくらか自身を落ちつけた後に、目の前にある現実だけを頭の中に置いていった。絵の書かれた一枚の大きな紙に、別の小さな紙を広げるように、何枚も何枚も重ねる。
頭の中なんて大して広くない。強固な意志があれば、理性は保てるのだ。
そうしている内に死への恐怖が、現実に上塗りされて、見えない底へ沈んていった。耳障りだった、ゴーッという音が消え、代わりに聞こえてきたのは、規則的に脈打つヨーの鼓動だった。
視界にチラつくオレンジの炎は消えたのに、抱きしめるヨーが異様に熱い。
「火は消えた。よく頑張ったね。本当にがんばっ………」
言い終わる前に、突然ヨーが消えた。孝宏は支えを失い前に倒れんだが、黒く焼けた芝の上に、小さな赤い影を見つけ、寸での所で地面に肘を付いた。
「おい、どうした?」
声をかけてもヨーは目を開けず、息も荒い。孝宏は雨粒からヨーを守る為手をかざした。小人に戻った彼女に、今の雨粒は身の危険なはずだ。
「タカヒロ!大丈夫か!?」
カウルが駆け寄ってきた。
孝宏の黒く焦げた服の端を遠慮がちに摘み、怪我の具合を伺う。だがやけた服の下はいくつかの傷と白い肌があるばかりだ。
周りの惨事と違って、孝宏自身は軽い火傷すらもなく、体の無数の傷は小人たちがつけたものだ。
「俺は全く焼けてないから大丈夫だ。けど、ヨーが………」
「本当に大丈夫か?痛いところはないのか?傷の手当てをしないと……」
カウルは何度もしつこく聞いてきた。孝宏がその都度大丈夫だと答えると、持っていた雨具を孝宏に着せ、きつく抱きしめ震えた。
小人たちに刻まれた傷が痛んだが、今彼を突き放す真似はできない。
替わりに孝宏は、手をヨーにかざしたままカウルの頭を撫でた。カダンが彼らにしたように優しく、カウルが落ち着くまで何度も。
(あそこに落ちてるのは………写真?)
ふと目に入った、カウルの足元に落ちているのは、新聞屋が鈴木に渡したあの写真だった。
家で落としたのかもしれない。カウルがあれを見たのなら、さぞかし動揺しただろう。
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