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冬に咲く花

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 不意に階段の上から、扉の開く音が聞こえてきた。


――トントントン――


 カダンが着替え終え、足早に階段を下りてくる。皆の注目が階段へ向き、カウルもルイの胸から顔を上げた。


「ああ、準備はもう済んだのですか?」


 鈴木はあからさまにホッとして、カダンに尋ねた。


「変態用の服に着替えるだけだから」


 カダンが双子に微笑んで頭を撫でた。カダンは双子より身長は低い。結果、不自然に腕を上る格好になった。


「大丈夫。叔父さんと叔母さんは強い戦士だ。きっと無事だよ」


 そう言うとドアを開け、カダンは外に出た。


「うん、父さんは強い狼だ」


 涙を堪えてカウルが言った。


「母さんは、あの辺りでは一番の魔術師だ。大丈夫だよね」 


 そう言うルイの表情は硬い。 

 カダンの後に続いて、マリーが付いて外に、次に鈴木が続いた。

 孝宏は何か言いたそうな双子と目があったが、無言のまま視線を交わしただけだった。

 双子が外に出たのを確認して、最後に孝宏が外にでた。


「ねえ、カダンは転移魔法を使って、村まで行くの?一人で行くなんて、止めたほうがいいと思う。危険よ」


「俺は魔法は上手く使えないし走っていく。それに今は規制がかかっているらしいから、魔法を使っても、普通に道を行ったんでも、きっとソコトラには入れないだろうから、山の中を突っ切って行く。この中では俺が一番足早いし、鼻も良いから大丈夫」


 ルイたちにしたように、カダンはマリーの頭を優しく撫でた。


「危ない奴に出くわしても、一人なら逃げきれる。だから心配しないで」


 控えめの笑顔と、ゆっくりと柔らか口調。安心させたいのだろうが、笑顔が余計に皆の不安を煽る。ルイは眉間にシワを寄せ、固く結んだ口を開いた。


「本当に気を付けて。今カダンに何かあったら、僕たち……」


「うん。あちらの様子を確認したらすぐ連絡する。それまでは大人しく家にいるんだよ。良いね?」


 ルイは置いていかれる子供のようにカダンにすがり付き、先ほどとは打って変わって素直に頷いた。

 カダンの前では、一度は感情を押し殺して平静を装っていたカウルも、堪えきれず涙が零れた。


「ルイに危ない真似はさせない。ちゃんとわかってるから……だから父さんと、母さんをお願い」 


 カウルがルイの左手を握ると、マリーもルイの右手を握った。カウルとマリー互いに目を合わせ、頷き合う。


 鈴木がカダンに語りかけていたが声が小さく、離れて立つ孝宏には何を言ったのか聞こえなかった。ただ玄関の前で、励まし合う皆を眺めているだけだ。


 一通り言葉を交わして、皆がカダンから離れ壁に寄る。


 カダンは四人が離れたのを確認して、不自然に体を前に傾けた。口をいっぱいに開き、どこから響いてくるのか、地を這う地響きのごとく叫ぶ。


「ぐおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ」


 変化は一瞬だった。
 カダンが唸り声を上げたかと思えば、ほぼ同時に体が倍以上に膨れ上がった。

 体は完全に前に倒れ、地面に両手を付く。内から外に弾けるように、全身を真っ白い毛が覆い、耳がピンと尖り、眼光が鋭くなる。

 大きく裂けた口の隙間から、猛獣の牙がむき出しで唸った。


「すごい……」


 圧倒的な迫力に、孝宏は瞬きも忘れ見入った。

 大人でもその背中に優に乗れそうな程大きく、全身真っ白な姿は神々しささえ感じる。カダンが頭と長い尻尾を振った。その姿はまさに狼だ。

 カダンが孝宏に視線を投げかけた。


「カダン……俺……」


 不意に繋がる視線に孝宏は戸惑い、何かを言わなければと焦って逆に言葉がでない。

 孝宏が何も言えないまま、カダンは高らかに一声吠え、山の方角に駆けて行ってしまった。


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