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冬に咲く花

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「それで考えたんだけど、先に俺が一人で様子を見に行こうと思う。皆は待ってて」


「どうして!?」


 カダンの提案にルイが反発の声を上げた。一刻でも早く両親の無事を確認したいのは、誰だってそうだろう。

 カダンもそれは十分に承知していた。しかし先にも言ったとおり、情緒が不安定な状態で魔術を使うのは自殺行為だ。何か起こってからでは遅いのだ。

 カウルは椅子から立ち上がリ、身を乗り出してテーブルに両手を付いた。


「なら、街の魔術師に頼めばいいじゃないか!ルイが魔法を使わなければいいんだろう?」


「それでもダメだよ。受け手側の精神も、多少なりとも魔法に影響するから。カウル、ルイ。今お前たちに何かあったら、俺は叔父さんと叔母さんに合わせる顔がない。二人の心配するなら、まずは自分たちの安全も考えて……お願いだから」


 冷静になってと、カダンが二人の肩に手を置いた、彼の手が小刻みに震えていた。


「ルイ、お前なら俺の言っている意味、解るよな?」


「………わかるよ。僕が魔術師の資格をとったから、相手の魔法に引きづられて、共鳴する可能性がある。そうだよね?」


 魔術師の証は自身の体に刻み込まれる。

 それは魔力の上限を解放する為の印だ。自分の魔力が増大する反面、通常の人よりも周りに影響されやすくなる。

 魔術師は常に理性という壁で、魔力を抑制しなければならない。逆をいえば、それができない者は、魔術師の証を身に宿す資格はないといえる。

 ルイはうなだれた。


「今の僕は理性的じゃぁない。そんなことも忘れてた」


「じゃあ、俺は出る準備をしてくる」


 カダンが自分の部屋がある二階への階段を上った、その直後だった。


 孝宏はルイとカウルが向けてくる、厳しい雰囲気に身をすくめた。助けを求め視線をすべらせると、マリーと鈴木とも目が合う。

 皆の視線が孝宏に集まっていた。視線にこもる感情は孝宏にも伝わり、一歩後ずさり首を横に振った。


「どうして……兆しが出てた事を黙ってたんだ!?もっと早く分かっていれば、こんな事回避出来たかも知れないんだぞ!」


 カウルの目から涙がこぼれた。彼が隠そうとしない涙を、代わりにルイが胸に抱きしめた。


「どうして隠してたんだよ!?そのせいで、こんなことになったんだぞ!」


 彼らが言っていることは事実ではないが、少なからず当たっている部分もある。孝宏には画一に彼らに対してがあった。だからと言って、自分はどうしたら良かったのか。

 孝宏は一方的に責められるのは、理不尽だと思っていた。漏れる泣き声が、孝宏の心の負荷を大きくさせていく。

 一歩、一歩後ろに下がると、踵がトンっと壁に突き当たった。


「なんだよ、それ………俺のせいで、死人が出たって言いたいのか?」


 一度口を開けば、もう止まらなかった。


「それとも何か?俺がこの蝶の力を使って、村を襲ったって……皆を殺したって、そう言いたいのか?」


「タカヒロ、いくら何でも言い過ぎよ。ルイも一度話をちゃんと聞こうよ」


 マリーが声を潜めて言った。マリーはどちらの味方をするわけでもないが、彼らに対する同情とルイの話を信じている分、孝宏に有利に動く事はなさそうだ。


「あの、いや、どう……しましょう……落ち着いて……」


 鈴木が顔を引きつらせて、視線をキョロキョロとさせた。

 おそらく今一番状況を把握しているであろうが、それをフォローするだけの器量が彼にはなかった。静止の声もどもって聞き取りづらい。


 今日はなんて日なんだろう。


 孝宏は朝から気分が悪かった。胃がもたれるような、お腹がしくしく泣くような、妙な具合が今は一段と酷くなっている。


(ああ、吐きそうだ。胃薬飲んで休みたい)



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