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冬に咲く花

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 孝宏が意地になって何度も地面を叩いていると、ルイが戻ってくるより、先にマリーとカウルが帰ってきた。

 マリーは古ぼけた剣を腰のベルトに差し、何度も柄を握っては引き抜き、刃に太陽光を反射させている。

 まるで欲しかった玩具を手に入れた子供のようだ。

 浮かれたマリーの表情を見れば、よほど満足しているのだろうが、腰に差す剣はお世辞にも上等とは言えない。


「剣にしたの?」


 孝宏が尋ねた。

 ルイが魔術を教えるなら、カウルは戦闘の基本をマリーに教えていた。

 ちなみに孝宏はスタートラインにすら立てていないので、戦闘訓練はほぼしていない。

 孝宏が見ている分には、マリーは剣が苦手に思えた。なので、彼女が剣を選んだのは、正直意外だった。


「本当は別のにしようと思ってたんだけど、気が変わって。これが欲しくなっちゃったの」


「俺は槍が良いって言ったんだ。でもこれが良いって……」


 孝宏の見立ては間違っていなかった。カウルもマリーに剣は合わないと考えていたようだ。カウルも飽きれたようにため息を吐く。


「それにしてもさ、もっと良いのなかったの?何かそれ、ボロいじゃん」


 孝宏が素直に感想を述べると、マリーは不満を露に孝宏を睨み返した。そんなことは言われなくと解っていると言わんばかりだ。

 カウルはやはりあきれ顔で、ため息交じりに店での様子を、孝宏に語って聞かせた。


「良いのは他にもあったんだ。初めはそういうの見てたんだが、どこにあったのか、マリーが自分で見つけてきてな……」


「あら、私が持ってるお金では、これしか買えなかったし丁度いいじゃない」


 このあたりから二人の間の空気が、がらりと変わった。孝宏はしまったと内心舌打ちをした。


「それくらい、俺が出してやるって言ったろ?」


「それじゃダメ。でも、気持ちは嬉しい。ありがとう」


「まったく……マリーは謙虚だな」


(こいつら、俺の事、忘れてるんじゃないか?)


 カウルとマリー、二人の間にいち早くやって来た春は実に鬱陶しく、これにルイも加われば梅雨まで一足飛びだ。


「カウルだっていつも私の事気にかけてくれて……ありがとう」


「当たり前だろ?だってマリーは……」


(でも、この感じじゃ、ルイは部が悪そうだよな)


――ダン!――


 突然、音をたてて家のドアが勢いよく開いた。

 今度は何事かと孝宏が身をすくめて振り替えると、そこには先程よりさらに機嫌の悪そうなルイが立っていた。


「なんだ。ルイか。驚かせるなよ」


「なんだ、じゃないよ」


 初め孝宏は、ルイが窓からマリーとカウルの様子を見て慌てて出てきたのだと思った。

 しかし、ルイは二人には目もくれず孝宏を見据える。

 怖いと言うよりは疲れた顔。やや猫背気味に近づき、孝宏の肩に手をのせた。


「カダンにすごく怒られた。今日のカダンすっっっごい機嫌悪い。もしかしてなんだけどさ、違ってたら悪いんだけどさ、タカヒロ、カダンと何かあった?」


    何かあったかどうかでいえばもちろんあったし、悪いもなにも、原因は間違いなく孝宏のとやり取りだ。


「あぁ……確かにあったけど……」


 どうせ、後で皆に見せるのだ。正直に気付かなかったと言えば、そんな酷いとこにはならないだろう。
     孝宏が事の次第を説明するべく、シャツをめくろうとして、ルイが慌てて止める。


「そんなことより、特訓だよ。僕カダンに約束させられたんだ。今日中に魔法使えるようにするって」


「もうすぐ昼になるんだけど……」


 すでに正午に差し掛かっている。当然だが孝宏もお腹が空いているし、ルイも同様だ。


(マジで?)


 孝宏が視線で訴えかけると、ルイもコクリと頷く。


「飯は?」


「取り敢えず後回し」


 孝宏はがっくり肩を落とした。




 マリーとカウルは昼食の準備の為、先に家に入った。

 残された孝宏とルイは魔術の特訓だ。ルイが屋敷から数メートル離れて、孝宏に向き直る。


「僕が魔法を使うから、呪文とか気にせずに、魔力を感じるんだ。いいね?」


 ルイは人差し指で空に文字を書いた。指先を追うように、何かがキラキラと輝く。

 それから、口笛を一吹きした。するとキラめいていたそれらが、地面に吸い込まれ、初めに小さなシミを作った。

 数秒後その一点から、初めに泥混じりの茶色い水が湧きだし、次第に透明な水へと変わり、数秒の内に、大きな水溜まりを作った。


 孝宏がこれまでも何度も見てきた光景だが、キラめくものに気がついたのは、今回が初めてだ。


「想像力を働かせて。誰にでも魔力はあるんだ」


 大丈夫出来るよ、と言われ、孝宏は頷き棒を構えた。


(来い!……来い!……来い!……来い!……来い!……来い!……)


 孝宏は強く強く念じた。頭の中のイメージは既に固まっており、今なら違いが分かる。


(魔力を操る感覚って、きっとこの流れの事だ)


 腹の奥底から熱が湧き出した。だが痛いくらいの熱はない。

 沸き上がる熱が心臓に達し、弾けて、一方は喉を駆け上がり、もう一方は両腕に広がった。一瞬にして体が火照る。


「来い!」


 三回地面を叩いた。一回一回叩くごとに、棒の先から魔力がこぼれる。ルイのと同じく、光に反射しキラめいた。


「やった!」


 三回目に地面を叩いた時、同時に棒先がチカっと光った。

 孝宏の水が沸きだす前に成功を確信しているかのような発言に、ルイはまだ分からないよ、と釘を差す。
    
 孝宏の期待通り、光は一瞬にして大きくなった。


(いや……今度こそ!)


    水が沸きだす。


 そう思ったのに光は光のまま、地面から噴き出す一メートル丈の火柱となった。


「え?え?なんで?あれ?水は?」


「えぇ……」


 予想外なのは孝宏だけでなくルイも同様で、遠い目で火柱を眺めていた。



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