15 / 180
冬に咲く花
13
しおりを挟むそれから特にする事もなく、孝宏が家の正面に回ると、ちょうどルイが帰って来る所だった。
林の中で一緒に魔術の訓練をした後は、彼らは大抵において一緒に帰ってくる。それがどうしてか今日は一人だ。
「あれ、マリーは?一緒じゃねぇの?」
孝宏の悪気のない疑問がルイの癪に障った。突然ルイが孝宏の肩を掴んだ。肩を掴む手に力が入り、指先が肩に食い込む。
(あれぇ?こっちも機嫌が悪い?)
ルイは真顔のまま、やや口を引きつらせた。
「自分の武器が欲しいんだって、マリーはカウルと町に行った。言っておくけど、置いて行かれたのはタカヒロのせいだからね?僕はタカヒロがなかなか帰ってこないから探しに来たの」
なるほど、孝宏は納得した。
いつも孝宏がいなくなった後は二人っきりで練習していたのに、今日はカウルがいた上に、二人で町に出かけたのだから、マリーに想いを寄せる彼としては、面白くなかったに違いない。
「マリーとカウルは買い物デートか。素直に見送ったのか。ちょっと意外っていうか……あの二人の邪魔するイメージだった」
「はあぁ?」
孝宏の何気ない一言が、ルイの心にさらなるダメージを負わした。ルイは明らかにますます不機嫌になった。
「だから、タカヒロのせいだって。中々帰ってこないから、タカヒロを探してこいって言われたの。一応?僕が一人で練習してて言ったんだし。じゃなきゃ二人で行かせるわけないじゃないか」
孝宏の肩にさらなる圧が掛かる。
孝宏にとってはいつものやり取りのつもりだったが、いつもより明らかに機嫌が悪い。孝宏がいない間に何かあったに違いない。
孝宏は痛みに歪む顔に、無理やり笑顔を貼り付けルイを見上げた
「俺が悪かったって。大事な用事ほってまで来てくれて感謝してるよ。ホント」
「僕のこと馬鹿にしてる?」
ようやく肩からルイの手が離れた。
孝宏はホッと息を吐いた。服の襟をめくって見ると、ルイの爪の痕がくっきりと付いている。
ルイの目に気づかいの色が浮かんだ。やり過ぎたと思っているようだ。
「いや、別にこれは良いよ……あっと、それよりさ。これ、見てよ。わかる?」
もとはと言えば、あからさまに挑発した自分にも非はある。話を変えようと、孝宏がズボンを少し下にずらし、シャツをめくってルイに見せつけた。
さっき発見された≪凶鳥の兆し≫だ。
痣を目にしてすぐにルイが口を開いた。
「痣?……これマルッコォイドリに見えるけど………まさかねえ、これ凶鳥の兆しってやつじゃないよね?」
(うっそ。すぐに言い当てた。マジで?俺、言われた記憶すらないんだけど)
ルイは自分に同調してくれるのではないかと、孝宏は淡い期待を抱いていたが、一瞬にして打ち砕かれ、苦く思う。
「これ、火事のあった日からあるんだ」
なので、これはただの八つ当たりだ。
さっき存在に気が付いたのだが、あえて伏せて、あくまでも推測でしかない火事を口にした。
痣に気づかず、凶鳥の兆しの存在すらも忘れていた、自分のことは棚にあげて。
あの時皆が信じてくれれば痣にも気が付いて、カダンに怒られずに済んだのにと。
(俺、しばらくはカダンとまともに顔を追わせられる自信ないや)
孝宏が怒ったカダンを見るのはあれが初めてだった。普段から気遣い優しくしてくれる彼だからこそ、反動は大きく、ショックも大きかった。
「そこで何してるの?」
背後から声がして、孝宏はぎくりとした。
家の扉を背にしている孝宏からは、声の主は見えないはずなのに、なぜだろうか、声の主がどんな顔をしているのか想像に容易い。
「ルイに話があるんだけど………良いかな?」
尋ねているのに、有無を言わさない威圧感。返事をしたルイの笑顔が、ピクピクと引きつっている。
「僕何かしたかな?」
口からこぼれた声を、孝宏は聞き逃さなかった。
(仲良くなれるかもなんて、やっぱり俺の気のせいだ。カダン怖い)
ルイとカダンが家に入ってから、孝宏は居ても立ってもいられなった。何かしていないと、精神が参ってしまいそうだ。
「うしっ、やるか」
孝宏は両手で拳を握り自分に気合いを入れ、失敗を繰り返す度に減っていった、やる気を呼び起こす。目を閉じて魔術の訓練を思い出した。
――想像力を働かせて――
ルイに教わった、一つ一つを思い出そうとしたのに、記憶の中で囁いたのはカダンだった。
結局は、孝宏は全身を巡る、魔力の流れがあるなんて、本当は信じていなかったのかもしれない。
―どう、感じる?―
思い出すだけで恥ずかしくなる、そんな甘い響きとは裏腹に、駆け巡った熱は、身を焼く火のようだった。それが自分の中にもあると、今なら信じられる。
ジャケットの内ポケットから、棒を一本取り出した。目を凝らさないと気がつかない、細かな文字が、一文刻まれている。
特別なものではない、林に落ちていた棒に呪文を刻み込んだだけの即席の杖。ルイが棒に刻んだのは水が沸きだす魔術だ、練習用の杖だが、魔力を込めれば、奇跡が起こる本物だ。
「想像力を働かせて、流れる魔力を信じて……」
孝宏は棒に魔力を込めたつもりで、草の生えていないむき出しの地面を三回叩いた。
「………………」
だが地面をいくら凝視しても変化は訪れない。孝宏はガクッと肩を落とした。
「…………何がダメなのか、さっぱりわからん」
本当なら水が湧くはずだった。数秒間チョロチョロと。
鈴木は三秒間、マリーは十秒も続いた。ちなみに、手本だと言って見せつけたルイの魔術は、十分間も湧き続けた。
「いきなり成功するはずないか。小説の中の主人公は羨ましいよな。俺もあんな風に魔法使ってみたい」
憧れは眼鏡の魔法使い。生きた伝説で、皆の希望。期待という重圧にも負けず、強い敵を蹴散らす。あんな風にはなれたらどれだけ良いだろう。
孝宏はもう一度、今度は気持ちだけは十二分に魔力を込め地面を三回叩いたが、やはり、一滴の水も湧きはしなかった。
目を凝らし、土の色が変わっていないか間を目を凝らしても、乾いた土は薄い茶色のまま、一点たりとも色に変化はない。
「なんで……」
これまでと同じ、どれだけやっても孝宏の魔術は成功しない。沸々湧き上がる怒りに反比例し、入れなおした気合も早々に果ててしまった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ひだまりを求めて
空野セピ
ファンタジー
惑星「フォルン」
星の誕生と共に精霊が宿り、精霊が世界を創り上げたと言い伝えられている。
精霊達は、世界中の万物に宿り、人間を見守っていると言われている。
しかし、その人間達が長年争い、精霊達は傷付いていき、世界は天変地異と異常気象に包まれていく──。
平凡で長閑な村でいつも通りの生活をするマッドとティミー。
ある日、謎の男「レン」により村が襲撃され、村は甚大な被害が出てしまう。
その男は、ティミーの持つ「あるもの」を狙っていた。
このままだと再びレンが村を襲ってくると考えたマッドとティミーは、レンを追う為に旅に出る決意をする。
世界が天変地異によって、崩壊していく事を知らずに───。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜
月城 亜希人
ファンタジー
二〇二一年初夏六月末早朝。
蝉の声で目覚めたカガミ・ユーゴは加齢で衰えた体の痛みに苦しみながら瞼を上げる。待っていたのは虚構のような現実。
呼吸をする度にコポコポとまるで水中にいるかのような泡が生じ、天井へと向かっていく。
泡を追って視線を上げた先には水面らしきものがあった。
ユーゴは逡巡しながらも水面に手を伸ばすのだが――。
おっさん若返り異世界ファンタジーです。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅
聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる