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冬に咲く花

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 それから特にする事もなく、孝宏が家の正面に回ると、ちょうどルイが帰って来る所だった。

 林の中で一緒に魔術の訓練をした後は、彼らは大抵において一緒に帰ってくる。それがどうしてか今日は一人だ。


「あれ、マリーは?一緒じゃねぇの?」


 孝宏の悪気のない疑問がルイの癪に障った。突然ルイが孝宏の肩を掴んだ。肩を掴む手に力が入り、指先が肩に食い込む。


(あれぇ?こっちも機嫌が悪い?)


 ルイは真顔のまま、やや口を引きつらせた。


「自分の武器が欲しいんだって、マリーはカウルと町に行った。言っておくけど、置いて行かれたのはタカヒロのせいだからね?僕はタカヒロがなかなか帰ってこないから探しに来たの」

 なるほど、孝宏は納得した。

 いつも孝宏がいなくなった後は二人っきりで練習していたのに、今日はカウルがいた上に、二人で町に出かけたのだから、マリーに想いを寄せる彼としては、面白くなかったに違いない。


「マリーとカウルは買い物デートか。素直に見送ったのか。ちょっと意外っていうか……あの二人の邪魔するイメージだった」


「はあぁ?」


 孝宏の何気ない一言が、ルイの心にさらなるダメージを負わした。ルイは明らかにますます不機嫌になった。


「だから、タカヒロのせいだって。中々帰ってこないから、タカヒロを探してこいって言われたの。一応?僕が一人で練習してて言ったんだし。じゃなきゃ二人で行かせるわけないじゃないか」


 孝宏の肩にさらなる圧が掛かる。

 孝宏にとってはいつものやり取りのつもりだったが、いつもより明らかに機嫌が悪い。孝宏がいない間に何かあったに違いない。

 孝宏は痛みに歪む顔に、無理やり笑顔を貼り付けルイを見上げた


「俺が悪かったって。大事な用事ほってまで来てくれて感謝してるよ。ホント」


「僕のこと馬鹿にしてる?」


 ようやく肩からルイの手が離れた。

 孝宏はホッと息を吐いた。服の襟をめくって見ると、ルイの爪の痕がくっきりと付いている。

 ルイの目に気づかいの色が浮かんだ。やり過ぎたと思っているようだ。


「いや、別にこれは良いよ……あっと、それよりさ。これ、見てよ。わかる?」


 もとはと言えば、あからさまに挑発した自分にも非はある。話を変えようと、孝宏がズボンを少し下にずらし、シャツをめくってルイに見せつけた。

 さっき発見された≪凶鳥の兆し≫だ。

 痣を目にしてすぐにルイが口を開いた。


「痣?……これマルッコォイドリに見えるけど………まさかねえ、これ凶鳥の兆しってやつじゃないよね?」


(うっそ。すぐに言い当てた。マジで?俺、言われた記憶すらないんだけど)


 ルイは自分に同調してくれるのではないかと、孝宏は淡い期待を抱いていたが、一瞬にして打ち砕かれ、苦く思う。


「これ、火事のあった日からあるんだ」


 なので、これはただの八つ当たりだ。

 さっき存在に気が付いたのだが、あえて伏せて、あくまでも推測でしかない火事を口にした。

 痣に気づかず、凶鳥の兆しの存在すらも忘れていた、自分のことは棚にあげて。

 あの時皆が信じてくれれば痣にも気が付いて、カダンに怒られずに済んだのにと。


(俺、しばらくはカダンとまともに顔を追わせられる自信ないや)


 孝宏が怒ったカダンを見るのはあれが初めてだった。普段から気遣い優しくしてくれる彼だからこそ、反動は大きく、ショックも大きかった。


「そこで何してるの?」


 背後から声がして、孝宏はぎくりとした。

 家の扉を背にしている孝宏からは、声の主は見えないはずなのに、なぜだろうか、声の主がどんな顔をしているのか想像に容易い。


「ルイに話があるんだけど………良いかな?」


 尋ねているのに、有無を言わさない威圧感。返事をしたルイの笑顔が、ピクピクと引きつっている。


「僕何かしたかな?」


 口からこぼれた声を、孝宏は聞き逃さなかった。


(仲良くなれるかもなんて、やっぱり俺の気のせいだ。カダン怖い)


 ルイとカダンが家に入ってから、孝宏は居ても立ってもいられなった。何かしていないと、精神が参ってしまいそうだ。


「うしっ、やるか」


 孝宏は両手で拳を握り自分に気合いを入れ、失敗を繰り返す度に減っていった、やる気を呼び起こす。目を閉じて魔術の訓練を思い出した。


――想像力を働かせて――


 ルイに教わった、一つ一つを思い出そうとしたのに、記憶の中で囁いたのはカダンだった。

 結局は、孝宏は全身を巡る、魔力の流れがあるなんて、本当は信じていなかったのかもしれない。


―どう、感じる?―


 思い出すだけで恥ずかしくなる、そんな甘い響きとは裏腹に、駆け巡った熱は、身を焼く火のようだった。それが自分の中にもあると、今なら信じられる。


 ジャケットの内ポケットから、棒を一本取り出した。目を凝らさないと気がつかない、細かな文字が、一文刻まれている。

 特別なものではない、林に落ちていた棒に呪文を刻み込んだだけの即席の杖。ルイが棒に刻んだのは水が沸きだす魔術だ、練習用の杖だが、魔力を込めれば、奇跡が起こる本物だ。


「想像力を働かせて、流れる魔力を信じて……」


 孝宏は棒に魔力を込めたつもりで、草の生えていないむき出しの地面を三回叩いた。


「………………」


 だが地面をいくら凝視しても変化は訪れない。孝宏はガクッと肩を落とした。


「…………何がダメなのか、さっぱりわからん」


 本当なら水が湧くはずだった。数秒間チョロチョロと。

 鈴木は三秒間、マリーは十秒も続いた。ちなみに、手本だと言って見せつけたルイの魔術は、十分間も湧き続けた。


「いきなり成功するはずないか。小説の中の主人公は羨ましいよな。俺もあんな風に魔法使ってみたい」


 憧れは眼鏡の魔法使い。生きた伝説で、皆の希望。期待という重圧にも負けず、強い敵を蹴散らす。あんな風にはなれたらどれだけ良いだろう。


 孝宏はもう一度、今度は気持ちだけは十二分に魔力を込め地面を三回叩いたが、やはり、一滴の水も湧きはしなかった。
 目を凝らし、土の色が変わっていないか間を目を凝らしても、乾いた土は薄い茶色のまま、一点たりとも色に変化はない。


「なんで……」


 これまでと同じ、どれだけやっても孝宏の魔術は成功しない。沸々湧き上がる怒りに反比例し、入れなおした気合も早々に果ててしまった。


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