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オーロラをみつけたら
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ある小さな村にコウという、まだ幼い子供がいました。
コウの住んでいる村は暖かく、冬でも雪は降りません。
ある時、コウはお母さんに訊ねました。
「ねえ、お母さん。どうして雪は降るの?」
お母さんは首を傾げます
「雪は寒くなると降るんだ。この辺りじゃ、雪が降るほど寒くならないからねぇ」
次にコウは、お父さんに尋ねました。
「どうして寒くなると雪が降るの?」
お父さんは困ってしましいました。お父さんもお母さんも、どうして雪が降るのか、知らなかったからです。
そこでお母さんは、村に物売りに来ていた商人に、雪のことを教えてもらいに行きました。
「雪が降るのは、空の上で雨の子供が遊んでいるからさ。冬になると、風の神様が大袋の中から風を吹かせて、雲を吹き飛ばしてしまう。だから水の神様は、どんどん雲を作らなきゃならない。そうやって大きくなった雲の上で、雨の子供たちが、大喜びで遊び回るんだがな、遊んでいる内に、雨の子供からこぼれた水が、冷えて雪になるんだよ」
「えぇ?水が冷えて固まったら、氷になるんじゃないの?」
氷屋さんでは、水を固めて氷を作っていました。コウは氷が降ってくるところを想像して、当たったら痛そうだと思いました。
「雪ってのは、小さな小さな氷の粒なんだよ。いつか見れれば良いなぁ」
「どうして風の神様は冬になると、雲を吹き飛ばしちゃうの?」
「風の神様は雲じゃなくて、本当は、悪い悪魔を吹き飛ばすために、風を吹かすのさ」
「それはどんな悪魔なの?」
「病気を流行らす嫌な奴さ。氷の羽を持っていて…………」
商人の話は面白くて、コウは家に帰ってからも、ワクワクした気持ちが、止まりませんでした。
コウが、雪が降るところを見に行きたいと言うと、お父さんとお母さんはコウが大きくなったらね、と言いました。
その日から雪を見ることがコウの夢になりました。
それから幾ばくかの年月が流れました。
お父さんもお母さんも、雪のことなど、その内忘れるだろうと思っていましたが、コウは大きくなっても、雪を見るという夢は忘れませんでした。
「お父さん、お母さん、もう大きくなったよ。雪を見に行っても良い?」
コウがそう言うと、お父さんとお母さんは
「コウの夢だから」
「ああ、行っておいで」
と言いました。
お父さんもお母さんも、本当は寂しかったのですが、コウの為に旅に出る支度を、整えてあげました。
お父さんは物売りの商人に、コウを途中まで連れて行ってもらえるよう、頼みに行きました。
お母さんはコウが寒くないよう、暖かな服をいっぱい用意しました。コウはその中から、少しだけカバンに入れました。
そして、もうじき冬が来るある秋の日、コウは村を旅立ちました。商人と一緒に、イリの町までの、初めての旅です。
旅の途中、コウは商人の手伝いを、一生懸命しました。商人もコウの為に、いろんな話をしてあげました。
月に愛された蝶がお星様になる話、幸運の料理が作れる大魔女の大鍋の話、夜空で揺れるカーテンの話。
どれも面白くて、コウは商人の話に聞き入りました。
イリの町に着いても、コウは雪を見る事が、できませんでした。商人はこれからまた、別の暖かな町へと、行かなくてはなりません。
「村に帰るなら、送って行ってあげよう」
商人はそう言ってくれましたが、コウは旅を続けることにしました。
一人で雪を探す旅です。
ですが、行けども行けども、待てども待てども、雪は降りませんでしたし、どこに行けば雪が見れるのか、さっぱりわかりませんでした。
「あの、雪ってどこで振ってますか?」
コウは、道行く人に尋ねました。
「雪、ねぇ。そういえば、今年はまだ降ってないわね。もっと寒くなれば、降ると思うわ」
立ち止まってくれた、女の人が教えてくれました。
コウは驚きしました。もうこんなに寒いのに、まだ降らないなんて。
「フフフッ 雪が降るのは、もっと寒くなってからよ」
これ以上寒くなったら、きっとになってしまう、とコウは思いました。
コウは、もうどうしたら良いのか、分からなくなりました。
いくら探しても、雪は見つからないし、寒くてカチコチになるのも嫌だったし、何だか、とっても嫌な気分になりました。
「もう、村に帰ろうかな……」
コウは空を見上げました。ですが、やはり雪は見えてきません。
青空に、輝く太陽を隠すように、白い雲が流れていきます。
コウはパッと閃きました。
「そうだ!いっそのこと、空の上を見に行こう!雪じゃなくて、雨の子供を探しに行こう!」
コウは町よりさらに北へ、五百年は生きていると言われる、大魔女を訪ねに行きました。
「おやまあ、こんなところまでよく来ましたね。どうぞお入りなさい」
大魔女はコウを、家の中に招き入れてくれました。
「寒かったでしょう?どうぞスープをお上がりなさい」
そういうと、大魔女は暖炉で煮える、小さな鍋から、美味しいスープを取り分け、ご馳走してくれました。
それはクリーム色した、小さな野菜がたくさん入った、とても美味しいスープでした。
スープを食べて、すっかり暖まったコウは、大魔女に、空へ行くには、どうしたら良いのかを尋ねました。
大魔女はコウが持っている、一番暖かな服と交換に、空に行く方法を教えてくれました。
「月の蝶を探すと良い。蝶から零れる星屑を食べれば、空を飛べるようになるでしょう。夜に探しに行きなさい」
「ありがとうございます!」
コウは大魔女にお礼を言うと、さっそく蝶を探しに行きました。
しかし、夜の森は、昼間よりも冷えました。
一番暖かな服を、大魔女に上げてしまったので、コウは寒くて寒くて、仕方がありません。
そこでコウは、持っていた服をすべて縫い合わせ、大きなマントを作りました。
暗い森の中を、コウは月明かりを頼りに進みます。
どのくらい森を歩いたでしょうか。コウが空を見上げると、明るく光る柱が、地上からまっすぐ月に向かって、伸びているではありませんか。
コウは走り出しました。
何度も転けて、息が苦しくなりましたが、それでも走りました。
そして、ついに、光る柱の根元を、探し当てたのです。
何と美しい光景でしょう。
光る柱の中を、空へ舞い上る、無数の蝶たち。
一羽として、同じ蝶はいません。
翅の形も、色も、模様も、大きさも、皆違っています。
コウは蝶たちを驚かさないよう、ゆっくりと近づきました。
時間が経つのも、寒さも忘れ、美しい光景に見入っていると、一羽の蝶が、コウの所へ飛んできました。
銀色の羽の蝶です。
「こんなところで、何をしているの?人間さん」
「星屑を貰いに来たの。空に行くために必要だから」
「どうして空に行きたいの?」
コウは子供の頃からの夢を、蝶に語って聞かせました。
「雨の子供だって?」
雨の子供が気になった蝶は、飛びながらクルンと縦にひと回りしました。
「一緒に連れて行ってくれるなら、僕のを一つだけ、分けてあげるよ」
「本当に!? ありがとう!」
蝶が羽をバタつかせると、羽から零れた光が、コウの元へ落ちてきました。
掌で包み込むように取ったそれは、銀色に輝く星の欠片でした。
食べてみると、砂糖菓子のようにとても甘く、体の中がポカポカしてきます。
そして不思議なことに、体がふわりと浮きました。
「さあ、雲の上を見に行こう!」
蝶が真っ先に、飛び出しました。
「あぁ、待って」
コウも手足をバタつかせ、蝶の後を追いかけます。
コウと蝶は、ぐんぐん空へ昇っていきました。
空へ上がるほど、景色もずんずん変わっていきます。
森の木々は小さくなり、遠くに町の明かりが見てきました。
雨が降って、ぼんやりとしています。
「あれ?」
コウは空の上から、何かが飛んで来るのが見えました。
大きな黒い鳥なのですが、猫の頭をしています。
氷の翼を広げ、蝶を目掛け、まっすぐ襲い掛かってきました。
「悪魔だ!」
悪魔は蝶を捕まえようと、飛びかかって来ました。
コウは勇気を出して、悪魔に掴みかかりました。
「ナァァァァゴ!」
悪魔がコウに噛みつこうとした、その時です。
びゅうっと、強い風が吹きました。
悪魔が氷の羽を散らしながら、吹き飛んでいきます。
氷の羽が降ってくると、辺りはとても寒くなり、コウは体が、ぶるぶる震え出しました。
「こんな所に、人間と月の蝶とは珍しい」
悪魔を吹き飛ばしたのは、風の神様でした。
頭には鹿の角、ヒョロリとして背が高く、赤い服を着て、肩には大きな袋を担いでいます。
コウはここまで来た訳を、風の神様に話しました。
「でも雪はどこにも振っていなくて……」
コウが残念そうに言うと、風の神様はニコニコしながら、雲を指さしました。
雲から雪が、ハラハラ降っています。
「えぇ!?さっきまで雨が降っていたのに!」
コウは雲の上まで、一気に飛んでいきました。
ですが、どこにも雨の子供の姿は、見当たりません。
「雨の子供なんて、どこにもいないじゃないか」
蝶はがっかりした様子で、雲の上を飛び回りました。
「あれ?おかしいな、雨の子供がいないのに雪が降ってる」
風の神様が、雨の子供は雲の中だよ、と教えてくれました。
コウと蝶が雲の中を覗き込むと、雲の中では、雨の子供たちの運動会の真っ最中でした。
かけっこしたり、玉入れしたり、雨の子供が走る度、跳ねる度に、体から水が弾け飛び、それが雪へと変わっていきます。
コウは両手を広げ、空中でクルンと一回転しました。
「わーい!雪を見たぞ!雨の子供を見たぞ!」
はしゃいで飛び回るコウに、蝶が言いました。
「ついに夢が叶ったんだね。おめでとう!」
「ありがとう!」
「じゃあ、夢とやらは、これで終わりなんだね」
「えぇ!?」
コウは驚いて言いました。
「これからじゃないか! まだまだ! もっともっと! ずぅっとずっと! これからも! どんな時だって! 夢はね、いつだって、始まっているんだよ!」
どこに行こうか、何をしようか。コウは考えるだけで、ワクワクして、ドキドキしました。
こんな気持ちは、雪を見に行きたいと言った、あの日以来です。
「あぁ!楽しみだなぁ!」
いてもたってもいられず、コウは空を飛び回りました。
ですが、あまりにもめちゃくちゃに飛び回ったので、風の神様にぶつかってしまいました。
「まるで風の子供のようだね」
コウがぶつかっても、風の神様はちっとも怒りませんでした。それどころかニコニコ笑っています。
「風の子供?」
雨の子供がいるのなら、風の子供がいても、不思議はありません。
「ああ、ここよりもずっと北、もっと寒いところに住んでいるんだ。元気すぎて、よくインク壺をひっくり返してしまうんだよ」
まったく困った子らだ。
風の神様はそう言いながらも、ニコニコ笑っています。
蝶がヒラヒラ飛んできました。
「僕それ知ってる!夜の空で光るんだよね?前にお月様から聞いたんだ!人間はオーロラって呼ぶんだって」
蝶はそう言いますが、コウはオーロラなんて知りません。
コウはオーロラを見てみたいと思いました。
どんな色をしているんだろう。インクなら溢れると、やっぱり雨みたいに降るのかな?それともシーツのシミのようになるかな。
「ねえねえ、コウ」
考え込んでいたコウに、蝶が話しかけました。
「さっき、夢は始まっていると言ったけど、コウの新しい夢は何?もう始まったの?」
コウは満面の笑みで、元気よく答えました。
「オーロラを見つけたら!それから考えるよ!」
コウは風の神様に手を振って、さよならを言いました。
「さようなら風の神様!神様のインクを見に行きます!」
風の神様も手を振り返しました。
北へと飛んでいく、コウと蝶に、風が吹きます。
後ろを振り返ると、風の神様が大袋から、風を送り出していました。
コウはもう一度、大きく手を振り、蝶と一緒に風に乗り、北へと飛んでいきました。
コウの住んでいる村は暖かく、冬でも雪は降りません。
ある時、コウはお母さんに訊ねました。
「ねえ、お母さん。どうして雪は降るの?」
お母さんは首を傾げます
「雪は寒くなると降るんだ。この辺りじゃ、雪が降るほど寒くならないからねぇ」
次にコウは、お父さんに尋ねました。
「どうして寒くなると雪が降るの?」
お父さんは困ってしましいました。お父さんもお母さんも、どうして雪が降るのか、知らなかったからです。
そこでお母さんは、村に物売りに来ていた商人に、雪のことを教えてもらいに行きました。
「雪が降るのは、空の上で雨の子供が遊んでいるからさ。冬になると、風の神様が大袋の中から風を吹かせて、雲を吹き飛ばしてしまう。だから水の神様は、どんどん雲を作らなきゃならない。そうやって大きくなった雲の上で、雨の子供たちが、大喜びで遊び回るんだがな、遊んでいる内に、雨の子供からこぼれた水が、冷えて雪になるんだよ」
「えぇ?水が冷えて固まったら、氷になるんじゃないの?」
氷屋さんでは、水を固めて氷を作っていました。コウは氷が降ってくるところを想像して、当たったら痛そうだと思いました。
「雪ってのは、小さな小さな氷の粒なんだよ。いつか見れれば良いなぁ」
「どうして風の神様は冬になると、雲を吹き飛ばしちゃうの?」
「風の神様は雲じゃなくて、本当は、悪い悪魔を吹き飛ばすために、風を吹かすのさ」
「それはどんな悪魔なの?」
「病気を流行らす嫌な奴さ。氷の羽を持っていて…………」
商人の話は面白くて、コウは家に帰ってからも、ワクワクした気持ちが、止まりませんでした。
コウが、雪が降るところを見に行きたいと言うと、お父さんとお母さんはコウが大きくなったらね、と言いました。
その日から雪を見ることがコウの夢になりました。
それから幾ばくかの年月が流れました。
お父さんもお母さんも、雪のことなど、その内忘れるだろうと思っていましたが、コウは大きくなっても、雪を見るという夢は忘れませんでした。
「お父さん、お母さん、もう大きくなったよ。雪を見に行っても良い?」
コウがそう言うと、お父さんとお母さんは
「コウの夢だから」
「ああ、行っておいで」
と言いました。
お父さんもお母さんも、本当は寂しかったのですが、コウの為に旅に出る支度を、整えてあげました。
お父さんは物売りの商人に、コウを途中まで連れて行ってもらえるよう、頼みに行きました。
お母さんはコウが寒くないよう、暖かな服をいっぱい用意しました。コウはその中から、少しだけカバンに入れました。
そして、もうじき冬が来るある秋の日、コウは村を旅立ちました。商人と一緒に、イリの町までの、初めての旅です。
旅の途中、コウは商人の手伝いを、一生懸命しました。商人もコウの為に、いろんな話をしてあげました。
月に愛された蝶がお星様になる話、幸運の料理が作れる大魔女の大鍋の話、夜空で揺れるカーテンの話。
どれも面白くて、コウは商人の話に聞き入りました。
イリの町に着いても、コウは雪を見る事が、できませんでした。商人はこれからまた、別の暖かな町へと、行かなくてはなりません。
「村に帰るなら、送って行ってあげよう」
商人はそう言ってくれましたが、コウは旅を続けることにしました。
一人で雪を探す旅です。
ですが、行けども行けども、待てども待てども、雪は降りませんでしたし、どこに行けば雪が見れるのか、さっぱりわかりませんでした。
「あの、雪ってどこで振ってますか?」
コウは、道行く人に尋ねました。
「雪、ねぇ。そういえば、今年はまだ降ってないわね。もっと寒くなれば、降ると思うわ」
立ち止まってくれた、女の人が教えてくれました。
コウは驚きしました。もうこんなに寒いのに、まだ降らないなんて。
「フフフッ 雪が降るのは、もっと寒くなってからよ」
これ以上寒くなったら、きっとになってしまう、とコウは思いました。
コウは、もうどうしたら良いのか、分からなくなりました。
いくら探しても、雪は見つからないし、寒くてカチコチになるのも嫌だったし、何だか、とっても嫌な気分になりました。
「もう、村に帰ろうかな……」
コウは空を見上げました。ですが、やはり雪は見えてきません。
青空に、輝く太陽を隠すように、白い雲が流れていきます。
コウはパッと閃きました。
「そうだ!いっそのこと、空の上を見に行こう!雪じゃなくて、雨の子供を探しに行こう!」
コウは町よりさらに北へ、五百年は生きていると言われる、大魔女を訪ねに行きました。
「おやまあ、こんなところまでよく来ましたね。どうぞお入りなさい」
大魔女はコウを、家の中に招き入れてくれました。
「寒かったでしょう?どうぞスープをお上がりなさい」
そういうと、大魔女は暖炉で煮える、小さな鍋から、美味しいスープを取り分け、ご馳走してくれました。
それはクリーム色した、小さな野菜がたくさん入った、とても美味しいスープでした。
スープを食べて、すっかり暖まったコウは、大魔女に、空へ行くには、どうしたら良いのかを尋ねました。
大魔女はコウが持っている、一番暖かな服と交換に、空に行く方法を教えてくれました。
「月の蝶を探すと良い。蝶から零れる星屑を食べれば、空を飛べるようになるでしょう。夜に探しに行きなさい」
「ありがとうございます!」
コウは大魔女にお礼を言うと、さっそく蝶を探しに行きました。
しかし、夜の森は、昼間よりも冷えました。
一番暖かな服を、大魔女に上げてしまったので、コウは寒くて寒くて、仕方がありません。
そこでコウは、持っていた服をすべて縫い合わせ、大きなマントを作りました。
暗い森の中を、コウは月明かりを頼りに進みます。
どのくらい森を歩いたでしょうか。コウが空を見上げると、明るく光る柱が、地上からまっすぐ月に向かって、伸びているではありませんか。
コウは走り出しました。
何度も転けて、息が苦しくなりましたが、それでも走りました。
そして、ついに、光る柱の根元を、探し当てたのです。
何と美しい光景でしょう。
光る柱の中を、空へ舞い上る、無数の蝶たち。
一羽として、同じ蝶はいません。
翅の形も、色も、模様も、大きさも、皆違っています。
コウは蝶たちを驚かさないよう、ゆっくりと近づきました。
時間が経つのも、寒さも忘れ、美しい光景に見入っていると、一羽の蝶が、コウの所へ飛んできました。
銀色の羽の蝶です。
「こんなところで、何をしているの?人間さん」
「星屑を貰いに来たの。空に行くために必要だから」
「どうして空に行きたいの?」
コウは子供の頃からの夢を、蝶に語って聞かせました。
「雨の子供だって?」
雨の子供が気になった蝶は、飛びながらクルンと縦にひと回りしました。
「一緒に連れて行ってくれるなら、僕のを一つだけ、分けてあげるよ」
「本当に!? ありがとう!」
蝶が羽をバタつかせると、羽から零れた光が、コウの元へ落ちてきました。
掌で包み込むように取ったそれは、銀色に輝く星の欠片でした。
食べてみると、砂糖菓子のようにとても甘く、体の中がポカポカしてきます。
そして不思議なことに、体がふわりと浮きました。
「さあ、雲の上を見に行こう!」
蝶が真っ先に、飛び出しました。
「あぁ、待って」
コウも手足をバタつかせ、蝶の後を追いかけます。
コウと蝶は、ぐんぐん空へ昇っていきました。
空へ上がるほど、景色もずんずん変わっていきます。
森の木々は小さくなり、遠くに町の明かりが見てきました。
雨が降って、ぼんやりとしています。
「あれ?」
コウは空の上から、何かが飛んで来るのが見えました。
大きな黒い鳥なのですが、猫の頭をしています。
氷の翼を広げ、蝶を目掛け、まっすぐ襲い掛かってきました。
「悪魔だ!」
悪魔は蝶を捕まえようと、飛びかかって来ました。
コウは勇気を出して、悪魔に掴みかかりました。
「ナァァァァゴ!」
悪魔がコウに噛みつこうとした、その時です。
びゅうっと、強い風が吹きました。
悪魔が氷の羽を散らしながら、吹き飛んでいきます。
氷の羽が降ってくると、辺りはとても寒くなり、コウは体が、ぶるぶる震え出しました。
「こんな所に、人間と月の蝶とは珍しい」
悪魔を吹き飛ばしたのは、風の神様でした。
頭には鹿の角、ヒョロリとして背が高く、赤い服を着て、肩には大きな袋を担いでいます。
コウはここまで来た訳を、風の神様に話しました。
「でも雪はどこにも振っていなくて……」
コウが残念そうに言うと、風の神様はニコニコしながら、雲を指さしました。
雲から雪が、ハラハラ降っています。
「えぇ!?さっきまで雨が降っていたのに!」
コウは雲の上まで、一気に飛んでいきました。
ですが、どこにも雨の子供の姿は、見当たりません。
「雨の子供なんて、どこにもいないじゃないか」
蝶はがっかりした様子で、雲の上を飛び回りました。
「あれ?おかしいな、雨の子供がいないのに雪が降ってる」
風の神様が、雨の子供は雲の中だよ、と教えてくれました。
コウと蝶が雲の中を覗き込むと、雲の中では、雨の子供たちの運動会の真っ最中でした。
かけっこしたり、玉入れしたり、雨の子供が走る度、跳ねる度に、体から水が弾け飛び、それが雪へと変わっていきます。
コウは両手を広げ、空中でクルンと一回転しました。
「わーい!雪を見たぞ!雨の子供を見たぞ!」
はしゃいで飛び回るコウに、蝶が言いました。
「ついに夢が叶ったんだね。おめでとう!」
「ありがとう!」
「じゃあ、夢とやらは、これで終わりなんだね」
「えぇ!?」
コウは驚いて言いました。
「これからじゃないか! まだまだ! もっともっと! ずぅっとずっと! これからも! どんな時だって! 夢はね、いつだって、始まっているんだよ!」
どこに行こうか、何をしようか。コウは考えるだけで、ワクワクして、ドキドキしました。
こんな気持ちは、雪を見に行きたいと言った、あの日以来です。
「あぁ!楽しみだなぁ!」
いてもたってもいられず、コウは空を飛び回りました。
ですが、あまりにもめちゃくちゃに飛び回ったので、風の神様にぶつかってしまいました。
「まるで風の子供のようだね」
コウがぶつかっても、風の神様はちっとも怒りませんでした。それどころかニコニコ笑っています。
「風の子供?」
雨の子供がいるのなら、風の子供がいても、不思議はありません。
「ああ、ここよりもずっと北、もっと寒いところに住んでいるんだ。元気すぎて、よくインク壺をひっくり返してしまうんだよ」
まったく困った子らだ。
風の神様はそう言いながらも、ニコニコ笑っています。
蝶がヒラヒラ飛んできました。
「僕それ知ってる!夜の空で光るんだよね?前にお月様から聞いたんだ!人間はオーロラって呼ぶんだって」
蝶はそう言いますが、コウはオーロラなんて知りません。
コウはオーロラを見てみたいと思いました。
どんな色をしているんだろう。インクなら溢れると、やっぱり雨みたいに降るのかな?それともシーツのシミのようになるかな。
「ねえねえ、コウ」
考え込んでいたコウに、蝶が話しかけました。
「さっき、夢は始まっていると言ったけど、コウの新しい夢は何?もう始まったの?」
コウは満面の笑みで、元気よく答えました。
「オーロラを見つけたら!それから考えるよ!」
コウは風の神様に手を振って、さよならを言いました。
「さようなら風の神様!神様のインクを見に行きます!」
風の神様も手を振り返しました。
北へと飛んでいく、コウと蝶に、風が吹きます。
後ろを振り返ると、風の神様が大袋から、風を送り出していました。
コウはもう一度、大きく手を振り、蝶と一緒に風に乗り、北へと飛んでいきました。
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