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四章 悠久の雨音
八
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そして迎えた当日。
天気はあいにくの雨で、相変わらずまとわりつくような湿気が、高揚する気分を抑え込んでくれた。
久しぶりのライブハウスの空気は、緊張感に包まれていて少し気が重かった。
しかしそんな僕らを、満員のフロアで歓迎してくれているお客さん達がいる。
パッと、ステージが光に包まれる。
今日の僕らは、いつものゴシック調とは打って変わって白を基調とした煌びやかな衣装だ。
袖が宙を舞い、それはライトの光でキラキラとフロアを照らす。
碧が位置に着く。それを合図とし、弦に触れた。
数ヶ月前までの記憶が甦ってくる。
皆の演奏は飛躍的に上手くなっていて、それに合わせて碧の歌声も格段に美しくなっていた。
初めての併せとは別人のように、妖艶で、時折皆の様子を伺うように振り返る。
恍惚とした表情を浮かべ、滲む汗すら、天使のように綺麗で異質だった。
そのまま3曲程終え、一気に演出が変容する。
青のスポットライトが、微かに肩を震わす碧を照らした。
「_____白雨 」
碧の力強い声が聞こえた。
それはタイトルコール。叶多との、思い出の曲。
ギターソロから始まる、切なげなメロディは場の空気を一変させた。
♬︎ ___ ありきたり 何度も吐き散らし
閉じ込めたよね それは 寂しいって
似通ったストーリー こんな僕にさ 愛情なんて
わかりっこないよ 言わないでよ
もうどんなに正しても
ずっと折り目がついたまま_____
物静かで、それでいて物悲しくて
掠れた声で、そんな歌詞を吐く。
その次のフレーズで、碧を照らしていたライトが消え、隣の隼人にバトンタッチをする。
♬︎___ 覚えてる? 僕の願い
存在したい それだけだって
叶わないのなら 穢してしまおうか
救われないのなら 壊してしまおうか____
碧は、そこに居た。
隼人の隣で、ベタベタの髪をひっつかせながら。
碧は、そこに存在した。
しているのに、違うんだ。
碧のその歌声は叶多そっくりだった。
歌い方、息遣い、立ち振る舞い、仕草、癖、全て。
あの時、EGOISMのLIVEで、目を潤ませて歌っていた叶多がそこには居た。
碧と隼人の歌声は驚く程に親和性が高く、耳に馴染んだ。
あの時あの頃のLIVEが、鮮明に今、目の前に生きていた。
♬︎__天国も地獄もないのなら
いっそ息を止めてしまおうか___
心臓が脈打つ。動悸がして、弦を鳴らす手を止めそうになる。
頬に伝う生暖かい感触。汗か涙かそんなものはどうでもいい。
僕はずっと叶多に会いたかった。あの柔らかくて強い歌声をもう一度聞きたかった。
CDから聞こえる叶多の声は、僕の心を癒してはくれなくて、代わりに「もう隣にはいない事実」を突きつけてくる。見える現実全てを、僕の生きている意味を、僕の価値を、地の底に突き落とした。
顔をぐしゃぐしゃにしながら、前を見る。
そこには目を腫らしながら楽しそうな叶多と、これまでに無い幸せそうな隼人が、お互いを見つめ合いながら歌っていた。
碧は僕の願いを叶えてくれたのだ。
僕の心を染め上げて、突き放して、先に逝ってしまった叶多。
そんな彼女が遺してくれたもの。
それは切なくて苦しくて、どうしようもなく悲しいものだけれど、どうしようもなく暖かいものだった。
揺れる彼女の髪は茶色ではなく、青色で、背格好も似ても似つかない。それでも彼女は、叶多の全てを自分に取り込んで僕に見せたのだ。
気づけば、曲は一瞬だった。
懐かしい曲の披露のおかげか、隼人の歌声を初めて聞いた観客の興奮なのか、いつまで経っても拍手が鳴り止まずに、僕はそこで情けなく泣いていた。
碧が言っていた “本番でしか起こりえない奇跡“ の意味が、一切の併せが出来なかった事情も、この瞬間理解した。
少し前に突然姿を現した天使のような風貌の、青色の彼女は、この一瞬で僕を救ってくれたのだ。
碧はふと、僕の方を振り返る。
目が合う。と同時に、ニコッと朗らかな笑顔を向けて。
___その表情も “彼女“ によく似ていた。
天気はあいにくの雨で、相変わらずまとわりつくような湿気が、高揚する気分を抑え込んでくれた。
久しぶりのライブハウスの空気は、緊張感に包まれていて少し気が重かった。
しかしそんな僕らを、満員のフロアで歓迎してくれているお客さん達がいる。
パッと、ステージが光に包まれる。
今日の僕らは、いつものゴシック調とは打って変わって白を基調とした煌びやかな衣装だ。
袖が宙を舞い、それはライトの光でキラキラとフロアを照らす。
碧が位置に着く。それを合図とし、弦に触れた。
数ヶ月前までの記憶が甦ってくる。
皆の演奏は飛躍的に上手くなっていて、それに合わせて碧の歌声も格段に美しくなっていた。
初めての併せとは別人のように、妖艶で、時折皆の様子を伺うように振り返る。
恍惚とした表情を浮かべ、滲む汗すら、天使のように綺麗で異質だった。
そのまま3曲程終え、一気に演出が変容する。
青のスポットライトが、微かに肩を震わす碧を照らした。
「_____白雨 」
碧の力強い声が聞こえた。
それはタイトルコール。叶多との、思い出の曲。
ギターソロから始まる、切なげなメロディは場の空気を一変させた。
♬︎ ___ ありきたり 何度も吐き散らし
閉じ込めたよね それは 寂しいって
似通ったストーリー こんな僕にさ 愛情なんて
わかりっこないよ 言わないでよ
もうどんなに正しても
ずっと折り目がついたまま_____
物静かで、それでいて物悲しくて
掠れた声で、そんな歌詞を吐く。
その次のフレーズで、碧を照らしていたライトが消え、隣の隼人にバトンタッチをする。
♬︎___ 覚えてる? 僕の願い
存在したい それだけだって
叶わないのなら 穢してしまおうか
救われないのなら 壊してしまおうか____
碧は、そこに居た。
隼人の隣で、ベタベタの髪をひっつかせながら。
碧は、そこに存在した。
しているのに、違うんだ。
碧のその歌声は叶多そっくりだった。
歌い方、息遣い、立ち振る舞い、仕草、癖、全て。
あの時、EGOISMのLIVEで、目を潤ませて歌っていた叶多がそこには居た。
碧と隼人の歌声は驚く程に親和性が高く、耳に馴染んだ。
あの時あの頃のLIVEが、鮮明に今、目の前に生きていた。
♬︎__天国も地獄もないのなら
いっそ息を止めてしまおうか___
心臓が脈打つ。動悸がして、弦を鳴らす手を止めそうになる。
頬に伝う生暖かい感触。汗か涙かそんなものはどうでもいい。
僕はずっと叶多に会いたかった。あの柔らかくて強い歌声をもう一度聞きたかった。
CDから聞こえる叶多の声は、僕の心を癒してはくれなくて、代わりに「もう隣にはいない事実」を突きつけてくる。見える現実全てを、僕の生きている意味を、僕の価値を、地の底に突き落とした。
顔をぐしゃぐしゃにしながら、前を見る。
そこには目を腫らしながら楽しそうな叶多と、これまでに無い幸せそうな隼人が、お互いを見つめ合いながら歌っていた。
碧は僕の願いを叶えてくれたのだ。
僕の心を染め上げて、突き放して、先に逝ってしまった叶多。
そんな彼女が遺してくれたもの。
それは切なくて苦しくて、どうしようもなく悲しいものだけれど、どうしようもなく暖かいものだった。
揺れる彼女の髪は茶色ではなく、青色で、背格好も似ても似つかない。それでも彼女は、叶多の全てを自分に取り込んで僕に見せたのだ。
気づけば、曲は一瞬だった。
懐かしい曲の披露のおかげか、隼人の歌声を初めて聞いた観客の興奮なのか、いつまで経っても拍手が鳴り止まずに、僕はそこで情けなく泣いていた。
碧が言っていた “本番でしか起こりえない奇跡“ の意味が、一切の併せが出来なかった事情も、この瞬間理解した。
少し前に突然姿を現した天使のような風貌の、青色の彼女は、この一瞬で僕を救ってくれたのだ。
碧はふと、僕の方を振り返る。
目が合う。と同時に、ニコッと朗らかな笑顔を向けて。
___その表情も “彼女“ によく似ていた。
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