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二章 音無しの夢
二
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あの腹立たしい電話から数日後。
学校が終わり、最寄り駅から歩いて帰っている途中、悠から電話がかかってきた。
「もしもし」
そう冷たく言うと気まずそうに悠が返す。
「学校終わりで疲れてるとこ申し訳ない。どうか話だけでも聞いちゃくれないか?」
"話だけでも…"と最初はそう言っていたのに半ば強引にバンドに加入させられた事を忘れてはいなかった。
そのおかげで叶多さんと出会えたので今では感謝しているが、悠はこうなったらトントン拍子に話を進めてしまう人だ。
「前もそう言って強制的にバンド始めさせたの誰だと思ってるんですか?」
「うっ…それは」
少しは罪悪感を感じていたのだろうか。俺は口早に返答する。
「俺はやりません。どうせまだ立ち直ってないんでしょ?宙ぶらりんの状態で、何していいか分からないからとりあえずやらなきゃって思ってるだけなんですよね?そんな中途半端な気持ちならまたああなりますよ。途中で挫折して、終わり。
もうそんなのごめんですから」
「神楽には了承得られたんだ!後は隼人だけなんだよ!隼人がいないと始められないんだ。
とりあえずボーカルの子に会って話を聞いてやって欲しいんだ。趣味とか遊びとは訳が違うんだよ」
全く説得力のない返事に呆れてしまう。
長い溜息をつく。自分が苛立った口調になってしまっているのを感じずには居られなかったが、それでもそのまま言い返した。
「そりゃ神楽さんはなんでも了承してしまう人ですからね。うちが今大変なのも知ってますよね?これからバイトですし、失礼します」
「頼むって…!本当に会ってくれるだけでいいんだ!………その後、隼人が無理なら諦めるから」
諦める、という言葉を悠が発するのは珍しい。
少しは大人になったのかな、と思いつつまた溜息をつきながら言った。
「わかりましたよ。会うだけですからね。
俺は絶対にやりたくないですから。
後悔しないでくださいね」
「……よかった…ありがとう、隼人。
また連絡するよ」
安堵したような声が聞こえてくる。
25歳、大の大人がこんな子供に感情を露わにして恥ずかしくないのだろうか。
そう心の中で毒づくも、なんだかんだ絆されてしまった自分が情けなく感じて、すぐに電話を切った。
自分の言葉一つで安心しきって、今頃喜んでいるのだろう。
それを憎く感じているのに、どこか自分も安心している。
音楽を、バンドをやめてしばらく経つ。
悠はあの時のメンバーの事などどうでも良く感じているのだろう、なんて思った日もあったが
今の今まで覚えていてくれて、俺を必要だと言ってくれる。
本当に憎いけど憎めない、腹立たしい。
自分の中に真っ向から対立する2つの感情がせめぎ合っているのを気持ち悪く感じて、慣れた風景を尻目に、全速力で家まで走った。
学校が終わり、最寄り駅から歩いて帰っている途中、悠から電話がかかってきた。
「もしもし」
そう冷たく言うと気まずそうに悠が返す。
「学校終わりで疲れてるとこ申し訳ない。どうか話だけでも聞いちゃくれないか?」
"話だけでも…"と最初はそう言っていたのに半ば強引にバンドに加入させられた事を忘れてはいなかった。
そのおかげで叶多さんと出会えたので今では感謝しているが、悠はこうなったらトントン拍子に話を進めてしまう人だ。
「前もそう言って強制的にバンド始めさせたの誰だと思ってるんですか?」
「うっ…それは」
少しは罪悪感を感じていたのだろうか。俺は口早に返答する。
「俺はやりません。どうせまだ立ち直ってないんでしょ?宙ぶらりんの状態で、何していいか分からないからとりあえずやらなきゃって思ってるだけなんですよね?そんな中途半端な気持ちならまたああなりますよ。途中で挫折して、終わり。
もうそんなのごめんですから」
「神楽には了承得られたんだ!後は隼人だけなんだよ!隼人がいないと始められないんだ。
とりあえずボーカルの子に会って話を聞いてやって欲しいんだ。趣味とか遊びとは訳が違うんだよ」
全く説得力のない返事に呆れてしまう。
長い溜息をつく。自分が苛立った口調になってしまっているのを感じずには居られなかったが、それでもそのまま言い返した。
「そりゃ神楽さんはなんでも了承してしまう人ですからね。うちが今大変なのも知ってますよね?これからバイトですし、失礼します」
「頼むって…!本当に会ってくれるだけでいいんだ!………その後、隼人が無理なら諦めるから」
諦める、という言葉を悠が発するのは珍しい。
少しは大人になったのかな、と思いつつまた溜息をつきながら言った。
「わかりましたよ。会うだけですからね。
俺は絶対にやりたくないですから。
後悔しないでくださいね」
「……よかった…ありがとう、隼人。
また連絡するよ」
安堵したような声が聞こえてくる。
25歳、大の大人がこんな子供に感情を露わにして恥ずかしくないのだろうか。
そう心の中で毒づくも、なんだかんだ絆されてしまった自分が情けなく感じて、すぐに電話を切った。
自分の言葉一つで安心しきって、今頃喜んでいるのだろう。
それを憎く感じているのに、どこか自分も安心している。
音楽を、バンドをやめてしばらく経つ。
悠はあの時のメンバーの事などどうでも良く感じているのだろう、なんて思った日もあったが
今の今まで覚えていてくれて、俺を必要だと言ってくれる。
本当に憎いけど憎めない、腹立たしい。
自分の中に真っ向から対立する2つの感情がせめぎ合っているのを気持ち悪く感じて、慣れた風景を尻目に、全速力で家まで走った。
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