青と虚と憂い事

鳴沢 梓

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一章 遥か彼方

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叶多かなたの荷物はすぐに片付いた。
同棲してからというもの、彼女の私物は元々少なくてほとんど僕のもので部屋を埋めつくしていた。
断捨離が苦手な為、次々と溢れる僕の荷物を見て、叶多は「また散らかして」と苛立ちながらも整頓してくれていた。

そんな愛しい彼女はもういない。

数少ない彼女の荷物をダンボールに詰める。
遺品として彼女の実家に送らねばならない。

早々に片付けなければいけないのに、ひとつひとつに思い出があってつい手が止まってしまう。

そしていちいち涙ぐむ。零れてしまう前に手で拭う。

それを繰り返しているうちに三時間程経ってしまっていた。
やっと終わったと同時にため息がこぼれる。

余裕で抱えられる程の小さなダンボールに収まった彼女の遺品を丁寧に梱包する。

スマホと財布とキーケースを雑にポケットに突っ込み、ダンボールを持ちながら足で玄関のドアを開ける。

鍵を閉めると、近くの小学校から下校しているであろう、ランドセルを背負った小さな子供たちの笑い声が聞こえてきた。


「かけるくんはももちゃんのことが好きなんでしょー?」

「ちげーし!」

「ももちゃんは好きって言ってるのにー!いつもなかよくあそんでるのにひどーい!」

「うるせえな!」


声が聞こえた方を見ると、かけるくん、と呼ばれた男の子は真っ赤になった顔を隠していた。
微笑ましい。無意識に口角が上がってしまったのに気づいてスっと口を押さえた。

子供たちを尻目にダンボールを抱えたまま、車に乗り込む。助手席にダンボールを置いた。

近くのコンビニまで走らせ、車を停める。

気だるげな金髪のお兄さんが「いらっしゃっせー」と出迎えてくれた。呑気にあくびをしている。

「お願いします」とカウンターにダンボールを置く。
お兄さんは少し面倒くさそうに「はーい」と返した。
発送手続きを済ませてコンビニを後にする。

近くのスーパーの花屋まで足早に駆けて、花束を買った。
それをまた助手席に置いて車を走らせる。

窓を開けると涼しくて乾いた風が入り込んできて、すっかり傷んだ茶髪を撫で回した。
少し髪が乱れたが、元々くせっ毛なので目覚めた時と大差ない。

20分ほど経って、目的地に着いた。

花束を片手に車から降りる。

平日の日暮れという時間帯のせいか、僕以外誰もいない。

新緑の匂いと、線香の香りが鼻を突く。
道を進んで、少し小さくこじんまりとした墓石が見えてくる。

叶多のお墓だ。


目を凝らす。
叶多の墓の前に見慣れない人物がしゃがんでいた。

夕焼けに照らされた、長くて青い綺麗な髪。

白くて細い、触れたら折れてしまいそうな手は、叶多の墓石の前で合わせられていた。

齢20ほどか…?若い、知らない少女がそこにいた。
僕は静かに近づき声をかける。

「叶多さんの…ご友人ですか?」

少女は瞑っていたその目を開き、合わせていた手を引っ込めて立ちながらこちらを見る。

「はい。同じ病室で良くしてもらいました。」

その一言、小さな声だけで、とても綺麗な声だと思った。

「もしかしてあおいさん…?」

目の前の人物に思い当たる節があったので、思わず名前を出してしまった。


「そうです。王の白と石と書いてあおいです。」


ああ!と、目の前の人物と記憶が繋がった感動で声が漏れる。

「叶多から同じ病室の "碧ちゃん" が可愛くって仕方ないって、お見舞いに行く度に惚気られてて…話は聞いてます。」

「そうなんですね。…貴方は彼氏さんですか?」

「そうです、はるかって言います。」

よろしく、と軽く会釈をする。


碧さんは僕の片手に抱えられた花束を見て墓石の前を空ける。どうぞ、と手を添えて。


「ありがとう」

一声お礼を言い、花束を供えて手を合わす。


「叶多、こんな可愛い友達がいてよかったな
…楽しかったろう」

寂しげに聞こえたのだろうか。

碧さんは心配そうに顔を覗き込んできた。

「あ、あの…」

「ん?あ、ごめんなさい、どうしました?」

「敬語じゃなくて大丈夫ですよ。私まだ子供なので。名前も呼び捨てで」

そう言うと碧さんは不器用にニコッと微笑む。

作り笑いが苦手なのだろうか。違和感のある笑顔で思わずふふっと笑ってしまった。

「わかった。いきなり呼び捨てはできないから碧ちゃんでいいかな?」

「いいですよ。それで、あの…」

「どうしたの?」

碧さん、もとい碧ちゃんは小さなバックから文庫本を取りだした。

「叶多さんに借りていたんです。元々は悠さんからの借り物だと言っていたので、返します」

「どうも、わざわざありがとう」

文庫本を受け取る。
かなり前に病室が暇だという彼女に貸したものだった。
存在自体忘れていた。

ふと気になったことを彼女に聞く。

「叶多とは…仲が良かったんだよね?」

少女は小さく頷き、返答する。

「はい、何ヶ月か一緒の病室になって…
叶多さんが具合悪くして別室に移るまでは毎日お話してました」

どこかたどたどしい、子供っぽい言葉遣いに癒される。

「彼氏がお見舞いに来てくれないってたくさん文句を言ってましたけどそれでも好きなんだ、って思い出話を聞かせてくれました」

「そうか」

「はい。それでバンドをやっていたって言う話を聞いて音楽というものを教えてもらいました」

「碧ちゃんは…あまり音楽に興味がなかった、のかな?」

「あ、えっと…」


碧ちゃんはそこで言葉が詰まった。
なにか聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。


「ごめん、変な事聞いちゃったね。忘れてもらって構わないよ」

「あ!いや…!」


碧ちゃんは少し困ったように否定する。
少し間が空いた所で、彼女は口を開いた。


「私、記憶を無くしてるんです」
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