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第一章 たそがれの女助け人

一の六

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 お了は絶対に助けださなくてはならない、と小源太は思う。
 自分もかつて同じような経験をした。
 見知らぬ人間にさらわれた時の不安と怖ろしさは口ではとうてい表現しきれぬほど、心細くつらいものだ。

 小源太は備前岡山で生まれた。

 岡山という藩は複雑であった。
 かつては備前宰相と呼ばれたほどの大身宇喜多秀家が治めていた。彼が関ケ原で負けると、小早川秀秋が移封されてきたのだが、二年も経たずに死去したため改易となり、今度は池田輝政の次男忠継が入封した。
 小源太の栗栖家は納戸方の下級武士で宇喜多の時からの家系であった。言ってみれば敗者の家系で、(小源太にははっきりとした記憶はないが)ずいぶん侮蔑的な扱いを受けていたようである。

 ある日椿事が起きた。

 今から十三年も前の話である。
 小源太はまだ五つで、心象もあやふやで強烈だった場面場面の印象しか残っていないし、のちに兄から聞かされたときの想像と様様入り混じってしまっているのだが、その頃のことを何かの拍子に思い出すと、胸が締め付けられるような悲しみと打ち震えるような憤りが湧いてくる。

 その日、父が不正を働き切腹した。
 それも発覚し詰問されたその場で腹を切らされたなどというのは、前代未聞の出来事であった。
 それを同僚の者が報せてくれた。
 母はすでに他界しており、家には兄と紅穂と呼ばれていた小源太と下男の辰平だけがいた。

 兄はまだ十三歳であったが、唐の科挙のような制度があれば岡山だけにとどまらない、幕閣でも活躍することができただろう、と噂されるほどの秀才であった。だから、先行きを察するのも機敏だった。
 我が家は取り潰されるだろう。家財も没収される可能性は高い。そうなると、兄妹ふたり路頭にまようことになる。ならば、そうなる前に財産を集めるだけ集めて、出奔してしまおう。

 ずいぶん思い切った発想ではあったが、まだ年端もいかぬ兄妹がこの先も生きていくにはそれ以外の方法がなかっただろう。
 さいわい京のはずれで大叔父が剣術の道場を営んでいた。
 関ケ原の敗北後、勝者のもとで禄を食むのをいさぎよしとせず、また新たな主が小早川という西軍敗北の一因を作った者ということもあったであろう、二十そこそこで家を出て、諸国を放浪したすえに京のはずれで剣術の道場を営んでいる、頑固で偏屈で人嫌いな老人で、数年前に祖父が亡くなった時に兄と面識があっただけだが、ともかく他に寄る辺などはありはせず、その大叔父を頼るより道はなかった。

 夜に紛れての逃避行であった。
 すでに眠っていた小源太は叩き起こされ、兄の背におぶわれて行った。
 何が起きたのか理解もできず、ただ不安で泣くのをこらえるのが精一杯で、三人は暗い道を逃げた。
 かき集めた財産はたいしたものはなく、いくばくかの現金と掛け軸が一幅ぐらいなもので、まとめて辰平がかついだ。

 岡山を抜けた頃、三人を案内してくれる人があらわれた。
 わずかな間に辰平が手配してくれていたのだが、道案内人に思われたその男は実は人買いであった。
 辰平はそうと知っていて、その男に冬至郎と小源太を売ったのだ。
 それに気づいたのは、どことも知れぬ山中の小屋に閉じ込められ辰平が姿を消した後で、冬至郎と小源太は途方に暮れるやら、くやしさで叫びだしたいやら、であったが、ここでも冬至郎が機転を利かせ、人買いが子供ふたりだとあなどり、わずかに油断した隙をのがさず、人買いを叩きのめして脱走した。

 小源太は、その後、何日経っても人買いが捕まえに追いかけてくるのではないかと、恐怖を抱え込んでいたのをおぼえている。

 それから、京に到着するまでは、無惨この上ないものであった。
 畑の野菜を盗んで腹を満たし、関所を避けて山中をさまよい、苦心惨憺、物乞いのような身なりにまでなって、大叔父のもとに転がり込んだのだった。

 ――私のようなつらい思いはさせない。お了は必ず救い出してみせる。
 投げ文が届けられてから、三日間、玉木屋が金を工面するまでの間、小源太は思い続けるのだった。
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