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第一章 たそがれの女助け人

一の四

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 香流は、小源太を一瞥して、おための用意したすげで編んだ円座の上に座ると、ふっと吐息をついた。
 小源太を見たその目には、あきらかな、女のくせに男の着物を着やがって、という侮蔑の色がにじんでいた。
気障きざな男だ、と小源太は思った。香流隼人などと役者のような名前も気障なら、まばたきひとつ吐息ひとつが気障だ。

「これは、香流様、わざわざご足労いただきまして」玉木屋が慇懃に頭をさげた。
 ひととおりのあらましを聞き終わって、
「素直に推し量ればつきまとっていた男の仕業だが、家出という線もあるな。どうですかい、玉木屋さん」
 と訊いてきたのは、御用聞き卯之助であった。

 彼も、まだ二十代の前半だろうか、十手をまかされるにはずいぶん若い。あとで聞いた話であるが、彼は親分などと町の者達から持ちあげられてはいるが、この辺りを縄張りとしている、土地の御用聞き平助へいすけ親分の手下なのであった。昨今平助親分が腰を痛めて御用に支障をきたすこともあり、(特例的に)卯之助のような手下が代わりに肩をそびやかしているような具合なのであった。

 彼は香流とは対照的に小柄ではあったが、俊敏そうな体つきをしていて、若若しい顔に油断なさそうに良く動く大きな目を持っていた。

「ええ、今こちらの栗栖様……、用心棒をしていただいているかたなのですが、栗栖様ともお話ししていたのですが、家出するような理由がまるで見当たりませんで」
 香流と卯之助が同時に小源太をみた。

 その視線に答えるように、
「見失ってすぐに、周囲を見まわったし、そこにいた人達に聞き込んでみたりもしたんですが、誰も不審な者はみていないというんです」小源太が話した。
「誰も見ていないというのが、ひっかかるな」とここで初めて香流が口を開いた。見ためどおり、心のこもっていないような冷たい調子で喋るのだった。
「そうですね」と卯之助が続けた。「人通りの多い場所です。お了さんを、無理に連れ去ったり、駕籠に押し込んだりすれば人目につかないわけがない。抱え込んだりかついだりすればなおさらだ。男女おとこおんなの牢人さん、お了さんがいなくなる時、叫び声などは聞こえなかったんですかい?」
「うん、まったく。物音ひとつたてず忽然と消えた、という具合だ」
「昼ひなかに人がひとり、ぱっと消えてなくなるわけがねえ。煙だって匂いくらいは残すもんだ」とまた香流がつぶやいた。
「かどわかしだと決まったわけじゃあねえが」と卯之助が言った。「下手人が、なにか言ってよこすとすれば、日が暮れてからかもしれねえなあ」
「卯之助」
「へえ、旦那」
「お前、ひとっぱしり日本橋まで行って、もう一度聞き込んでこい。ど素人のおとこおんなが聞きいてまわったくらいじゃあ出てこなかった目撃情報も出てくるかもしれねえ」
「へえ、わかりました」
 卯之助は素早く立ち上がって出て行った。
「じゃあ、俺はここで待機していよう。何かあれば、独り決めで動かず、逐一俺に報告しろ、いいな」
 若いに見合わず、てきぱきと的確に指示をして香流同心は出された茶をすすった。

 ――失態だ。まったくとんだ失態だ。
 玉木屋の店の隅に座って、小源太は虚空を見つめひとりごちていた。
 ――どうして、私が護衛をしていた時にかぎって、こんな事態に陥るんだ。
  玉木屋が嫌味半分で言ったように、女中のおためが供をしていたなら、かどわかされなかったのだろうか。
 いや、ほんとうは逆でなければなるまい。
 女とはいえ、侍の身なりをしている者が近くにいる時に、下手人はなぜお了をさらったのか。おためが付き添っている時のほうがさらいやすいのではなかろうか。
 そして、かどわかされる様子を誰ひとり目撃していなかった。
 香流同心でなくても、どうもひっかかるものがあった。

「なにをしておいでです」
 いてもたってもいられないのだろう、家の中をいったりきたりしている玉木屋が、小源太を見とがめて嫌味たらしく言った。
「は?」
「は、じゃあありません、栗栖様。卯之助親分だって骨を折ってくださっているんです。落ち度のあったあなた様が何もせずに座っている道理がありますか。私が必ず捜し出してみせますとおっしゃった先ほどのお言葉は、冗談か何かだったんですかな」
 小源太は何も言い返せず、立ちあがった。
 とりあえず、店の周りを見まわってみようと考えていた。
 香流は何もするなと言ったが、下手人が接触してきたなら、捕まえるのはまずいにしても、後をつけて隠れ家なりを見つけるくらいはできるかもしれない。
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