63 / 72
第四章 たたかうやつら
四ノ十六 開戦
しおりを挟む
朝霧がまだそこかしこでたゆたうなか、白いとばりをかきわけるように男がひとり、中ノ原で隊伍を組む朱天達のもとへとあらわれた。
斥候にやっていた男であった。
「頼光軍が、下ノ原まで出てきて布陣したぞ!」
そう報告した。
朱天は村人隊の中ほどに、台に乗っていて、そこから手をふった。
南西の柵の前にいた何人かが手をふりかえした。
檻に入れられていた熊を、柵の向こうへと放した。
熊は、こちらを敵意のこもった目でにらんだが、何人かの村人が柵を叩いて脅すと、しぶしぶといった態で、森のなかへと消えていった。
村人達は、緊張の糸がはちきれそうなほど緊張し、じっと敵があらわれるのを待った。
最前列は、木の板を持った盾役が二十人ほど。
その後ろに、弓を扱えるものが三十人ほど。
弓兵の隙間には、弓をあつかえない投石兵が控えている。
さらに、その後ろに第二陣がひかえる。
村人達は息を殺し、固唾を飲み、吐き気をこらえて待つ。
と。
黒い影が、川と森に挟まれた道をやってくる。
その影が森の道から野原へ踏み出した瞬間。
「放てぇい!」
朱天の号令がとどろいた。
一斉に弓矢が射放される。
「ぎゃあっ!」
鋭い悲鳴とともに、敵が数人崩れ落ちた。
「なんだ、どうした?」
突如倒れた前衛数人を、かがんで確かめた後続の数人を、さらに矢が襲う。
「敵だ、とまれ!進軍停止!」
そんな声が頼光軍の中で飛び交ったが、その後ろから、兵がどんどんと前進してくる。
それにおされて、兵が野原へと飛び出し、さらに矢の餌食になる。
「ひきかえせ!ひきかえせ!」
後続に呼びかける侍のひとりの首元に、矢が突き刺さる。
敵の部隊はたちまち混乱をきたした。
あわてて川に飛び込む者、森に逃げ入る者。
「敵に当てようと思うな、とにかく放て!」
朱天の命令で、弓矢と投石の追撃を浴びせるのだった。
「どうした、何が起きた!?」
下ノ原の、北へ向かう道の入り口で、綱が叫んだ。
「敵ですっ、敵が森の出口で待ちかまえて、矢を放ってきます!」
「何、矢だとっ?そんなものを用意していたとは……。ひるむな、第二陣は、西の森を抜けていけ!」
綱の後方に布陣していた部隊数十人が、森の中へと踏み込んでいく。
だが。
「ぎゃーっ、助けてくれ!」
「熊だ、熊がいる!」
「弓だ、弓で射よ!」
「ダメだ、木が邪魔でまったく当たらん!」
兵たちが、ほうほうのていで森から走り戻ってきた。
「熊、熊だと?なぜ熊がここにいるんだっ?」
と、綱は下唇を噛んで、兵たちの無様な有様を見つめるのだった。
さらに。
軍の最後方が、ざわざわとざわついている。
「いかがしたかっ?」
兵のひとりが駆け寄ってきて、
「後方に敵があらわれ、石を投げて来ます!」
「ええい、そんな部隊をひそませていたのか?うろたえるなと伝えよ。おちついて対処しろ」
「それが、攻撃するだけすると、すぐにどこかに消えて姿が見えなくなりました」
「ぬ、ぬうう、おのれ、朱天め!」
綱は手にした乗馬鞭を、いらだちまぎれにぶんぶん振り回す。
「ええい、東の森を抜けよ!」
「こっちは崖があって進軍は無理です!」
「崖のひとつやふたつ、乗り越えよ!」
「無茶言わんでください!」
中ノ原の出口では。
木の盾を持った兵十人ほどが、横一列に並んで、矢をふせぎながら、朱天たちへと向けて進軍していた。
その後ろには、大勢の兵が、盾の影に隠れて、腰をかがめて前進してくる。
「落ち着け!盾の向こう側へ向けて矢を放て!」
弓兵が矢を斜め上に向けて射はじめた。
その矢は、盾を越えて、隠れていた兵たちを射抜いていく。
「だめだ、引き返せ!」
敵軍からそんな声がして、盾兵が後退して行った。
「よし、太刀隊、追撃せよ!」
太刀を持った三十人ばかりの村人が飛び出して、逃げていく敵に追い打ちをかけた。
斬られた兵が十数人、ばたばたと倒れ伏していく。
「いいか、深追いはするなよ、無理に追わなくていい!」
朱天の声に、村人達はぴたりと前進をとめた。
そして、道の奥へと引っ込んでいく敵に、村人達の威嚇の声があびせあられたのだった。
斥候にやっていた男であった。
「頼光軍が、下ノ原まで出てきて布陣したぞ!」
そう報告した。
朱天は村人隊の中ほどに、台に乗っていて、そこから手をふった。
南西の柵の前にいた何人かが手をふりかえした。
檻に入れられていた熊を、柵の向こうへと放した。
熊は、こちらを敵意のこもった目でにらんだが、何人かの村人が柵を叩いて脅すと、しぶしぶといった態で、森のなかへと消えていった。
村人達は、緊張の糸がはちきれそうなほど緊張し、じっと敵があらわれるのを待った。
最前列は、木の板を持った盾役が二十人ほど。
その後ろに、弓を扱えるものが三十人ほど。
弓兵の隙間には、弓をあつかえない投石兵が控えている。
さらに、その後ろに第二陣がひかえる。
村人達は息を殺し、固唾を飲み、吐き気をこらえて待つ。
と。
黒い影が、川と森に挟まれた道をやってくる。
その影が森の道から野原へ踏み出した瞬間。
「放てぇい!」
朱天の号令がとどろいた。
一斉に弓矢が射放される。
「ぎゃあっ!」
鋭い悲鳴とともに、敵が数人崩れ落ちた。
「なんだ、どうした?」
突如倒れた前衛数人を、かがんで確かめた後続の数人を、さらに矢が襲う。
「敵だ、とまれ!進軍停止!」
そんな声が頼光軍の中で飛び交ったが、その後ろから、兵がどんどんと前進してくる。
それにおされて、兵が野原へと飛び出し、さらに矢の餌食になる。
「ひきかえせ!ひきかえせ!」
後続に呼びかける侍のひとりの首元に、矢が突き刺さる。
敵の部隊はたちまち混乱をきたした。
あわてて川に飛び込む者、森に逃げ入る者。
「敵に当てようと思うな、とにかく放て!」
朱天の命令で、弓矢と投石の追撃を浴びせるのだった。
「どうした、何が起きた!?」
下ノ原の、北へ向かう道の入り口で、綱が叫んだ。
「敵ですっ、敵が森の出口で待ちかまえて、矢を放ってきます!」
「何、矢だとっ?そんなものを用意していたとは……。ひるむな、第二陣は、西の森を抜けていけ!」
綱の後方に布陣していた部隊数十人が、森の中へと踏み込んでいく。
だが。
「ぎゃーっ、助けてくれ!」
「熊だ、熊がいる!」
「弓だ、弓で射よ!」
「ダメだ、木が邪魔でまったく当たらん!」
兵たちが、ほうほうのていで森から走り戻ってきた。
「熊、熊だと?なぜ熊がここにいるんだっ?」
と、綱は下唇を噛んで、兵たちの無様な有様を見つめるのだった。
さらに。
軍の最後方が、ざわざわとざわついている。
「いかがしたかっ?」
兵のひとりが駆け寄ってきて、
「後方に敵があらわれ、石を投げて来ます!」
「ええい、そんな部隊をひそませていたのか?うろたえるなと伝えよ。おちついて対処しろ」
「それが、攻撃するだけすると、すぐにどこかに消えて姿が見えなくなりました」
「ぬ、ぬうう、おのれ、朱天め!」
綱は手にした乗馬鞭を、いらだちまぎれにぶんぶん振り回す。
「ええい、東の森を抜けよ!」
「こっちは崖があって進軍は無理です!」
「崖のひとつやふたつ、乗り越えよ!」
「無茶言わんでください!」
中ノ原の出口では。
木の盾を持った兵十人ほどが、横一列に並んで、矢をふせぎながら、朱天たちへと向けて進軍していた。
その後ろには、大勢の兵が、盾の影に隠れて、腰をかがめて前進してくる。
「落ち着け!盾の向こう側へ向けて矢を放て!」
弓兵が矢を斜め上に向けて射はじめた。
その矢は、盾を越えて、隠れていた兵たちを射抜いていく。
「だめだ、引き返せ!」
敵軍からそんな声がして、盾兵が後退して行った。
「よし、太刀隊、追撃せよ!」
太刀を持った三十人ばかりの村人が飛び出して、逃げていく敵に追い打ちをかけた。
斬られた兵が十数人、ばたばたと倒れ伏していく。
「いいか、深追いはするなよ、無理に追わなくていい!」
朱天の声に、村人達はぴたりと前進をとめた。
そして、道の奥へと引っ込んでいく敵に、村人達の威嚇の声があびせあられたのだった。
1
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
雪のしずく
優木悠
歴史・時代
――雪が降る。しんしんと。――
平井新左衛門は、逐電した村人蓮次を追う任務を命じられる。蓮次は幕閣に直訴するための訴状を持っており、それを手に入れなくてはならない。新左衛門は中山道を進み、蓮次を探し出す。が、訴状が手に入らないまま、江戸へと道行きを共にするのであったが……。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
明治仕舞屋顛末記
祐*
歴史・時代
大政奉還から十余年。年号が明治に変わってしばらく過ぎて、人々の移ろいとともに、動乱の傷跡まで忘れられようとしていた。
東京府と名を変えた江戸の片隅に、騒動を求めて動乱に留まる輩の吹き溜まり、寄場長屋が在る。
そこで、『仕舞屋』と呼ばれる裏稼業を営む一人の青年がいた。
彼の名は、手島隆二。またの名を、《鬼手》の隆二。
金払いさえ良ければ、鬼神のごとき強さで何にでも『仕舞』をつけてきた仕舞屋《鬼手》の元に舞い込んだ、やくざ者からの依頼。
破格の報酬に胸躍らせたのも束の間、調べを進めるにしたがって、その背景には旧時代の因縁が絡み合い、出会った志士《影虎》とともに、やがて《鬼手》は、己の過去に向き合いながら、新時代に生きる道を切り開いていく。
*明治初期、史実・実在した歴史上の人物を交えて描かれる 創 作 時代小説です
*登場する実在の人物、出来事などは、筆者の見解や解釈も交えており、フィクションとしてお楽しみください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる