61 / 72
第四章 たたかうやつら
四ノ十四 詰問
しおりを挟む
金時が村から南へと山をくだっていくと、頼光軍は南北に三キロほどで幅二百メートルの細長い土地の北端に、千人もの兵たちが陣を張っていた。
森から百メートルほどの所に、すでに柵がたてられ逆茂木が並べられていた。
「こりゃあ、本気の戦をしかけるつもりだな」
金時は総毛だつものがあった。
――なに、俺が使者になれば奴らも無体なことはすまい。逃げ出すことは決してないが、帰ってこなかったら、命つきたものと思ってくれ。
そう朱天に言い置いて金時はやってきたのだが、この威容を見ると、逃げ出さないまでも、さすがに威圧されてしまいそうになる。
ちょうど夕飯時で、炊煙がそこかしこから立ちのぼっているのが見えた。
柵の出入り口に立つと、金時の顔を見知っていた見張りの者が、奥へと引っ込んですぐに、渡辺綱を連れてもどってきた。
「なんのつもりだ、金時!我らのもとを去って行ったものが、何をいまさら舞い戻ったか!?」綱が怒りに満ちた叫び声を発した。
「このものものしい軍勢の意味を問いただしに来た!」
「後足で砂をかけるようなマネをしておいて、よくもおめおめと顔をさらせたものよ!」
そこへ、綱の後ろから、源頼光が駈け出てきた。
「おお、金時、よう戻った。さあ、こちらへ来い、さあ」
「お懐かしゅうございます、親父殿。されど金時、親父殿のもとへ戻ってきたわけではありません。詰問に参りました」
「なに、詰問じゃと?」
「そう、我らは村で、田畑を耕し、鳥獣を狩り、身を寄せ合って、ただただ細細と暮らしているにすぎません。戦うつもりもありませんし、ましてや、朝廷に弓引くつもりもありません。その平穏な村に、この軍勢で攻め寄せるなど、正気の沙汰とは思えません」
「それは、我が答えよう」綱が割って入ってきた。「朝廷に隠れて里を作り、盗賊の残党をかくまって、罪がないとは言わせんぞ!」
「それならそれで、問責の使者を送れば済むことであろう!」
「朱天はここで討伐しておかねばならぬ。彼は数人の徒党を形成するところから始まり、やがて小さな集落を築き、今は数百人もの村の長となっている。これを放っておけば、数千、数万の者が慕い集い朝廷さえも脅かすような一大勢力に成長しかねない。朱天は必ず討たねばならぬ!」
「朱天は朝廷にさからう気など毛頭ない!」
「当人になくとも取り巻きはどうか。朱天を指導者にかつぎあげ朝廷に反逆をくわだてるものがおらぬか。あやめという土蜘蛛首領はどうか、茨木という赤毛の男はどうか!」
「すべては綱さんの妄想にすぎぬ。いたずらに朱天を恐れて、過大視し、あらぬ妄想をふくらませて、ただの人間を鬼と見あやまっている!」
「いや、すべてはありえる可能性だ!反逆の芽は芽のうちに摘みとっておかねばなるまいに!」
「罪を犯していない者を、罪人にするつもりか!」
「朱天という男を洞察し、奴の暗黒に染まる内面を看破しているのだ。お前こそ、善良ぶった人間にたぶらかされているにすぎんのだと気づけ、金時!」
「あんたの目は曇っている、綱!どうしても朱天を潰し、村を潰さねば気がすまんのか!?過ちを認めて、このまま京へ帰ってくれ!」
「朱天の本性は鬼だ。是が非でも反逆の芽を、完膚なきまでに潰しておかねばならん!」
「親父様!親父様も綱と同じ考えですか!?」
「う、ううむ……」苦渋に満ちた声で頼光がうなって、「ともかく、こっちへこい、金時。今夜ゆっくり語りあって、お互いの誤解を解きほぐそうぞ」
「それは、できん。できんのです、親父様!」
「なぜじゃ!?」
「朱天達は友達です。友達を裏切ることは俺にはできません」
「わしらを捨ててもか?」
「ゆえに、俺は戦いません。それが、あなたに対する義理です!」
金時は未練を断ち切るように、くるりと振り返ると、村のほうへと去って行った。
「おお、金時、まて、待ってくれ!」
とどめんとする頼光の声が、金時の耳にこだまするのであった。
森から百メートルほどの所に、すでに柵がたてられ逆茂木が並べられていた。
「こりゃあ、本気の戦をしかけるつもりだな」
金時は総毛だつものがあった。
――なに、俺が使者になれば奴らも無体なことはすまい。逃げ出すことは決してないが、帰ってこなかったら、命つきたものと思ってくれ。
そう朱天に言い置いて金時はやってきたのだが、この威容を見ると、逃げ出さないまでも、さすがに威圧されてしまいそうになる。
ちょうど夕飯時で、炊煙がそこかしこから立ちのぼっているのが見えた。
柵の出入り口に立つと、金時の顔を見知っていた見張りの者が、奥へと引っ込んですぐに、渡辺綱を連れてもどってきた。
「なんのつもりだ、金時!我らのもとを去って行ったものが、何をいまさら舞い戻ったか!?」綱が怒りに満ちた叫び声を発した。
「このものものしい軍勢の意味を問いただしに来た!」
「後足で砂をかけるようなマネをしておいて、よくもおめおめと顔をさらせたものよ!」
そこへ、綱の後ろから、源頼光が駈け出てきた。
「おお、金時、よう戻った。さあ、こちらへ来い、さあ」
「お懐かしゅうございます、親父殿。されど金時、親父殿のもとへ戻ってきたわけではありません。詰問に参りました」
「なに、詰問じゃと?」
「そう、我らは村で、田畑を耕し、鳥獣を狩り、身を寄せ合って、ただただ細細と暮らしているにすぎません。戦うつもりもありませんし、ましてや、朝廷に弓引くつもりもありません。その平穏な村に、この軍勢で攻め寄せるなど、正気の沙汰とは思えません」
「それは、我が答えよう」綱が割って入ってきた。「朝廷に隠れて里を作り、盗賊の残党をかくまって、罪がないとは言わせんぞ!」
「それならそれで、問責の使者を送れば済むことであろう!」
「朱天はここで討伐しておかねばならぬ。彼は数人の徒党を形成するところから始まり、やがて小さな集落を築き、今は数百人もの村の長となっている。これを放っておけば、数千、数万の者が慕い集い朝廷さえも脅かすような一大勢力に成長しかねない。朱天は必ず討たねばならぬ!」
「朱天は朝廷にさからう気など毛頭ない!」
「当人になくとも取り巻きはどうか。朱天を指導者にかつぎあげ朝廷に反逆をくわだてるものがおらぬか。あやめという土蜘蛛首領はどうか、茨木という赤毛の男はどうか!」
「すべては綱さんの妄想にすぎぬ。いたずらに朱天を恐れて、過大視し、あらぬ妄想をふくらませて、ただの人間を鬼と見あやまっている!」
「いや、すべてはありえる可能性だ!反逆の芽は芽のうちに摘みとっておかねばなるまいに!」
「罪を犯していない者を、罪人にするつもりか!」
「朱天という男を洞察し、奴の暗黒に染まる内面を看破しているのだ。お前こそ、善良ぶった人間にたぶらかされているにすぎんのだと気づけ、金時!」
「あんたの目は曇っている、綱!どうしても朱天を潰し、村を潰さねば気がすまんのか!?過ちを認めて、このまま京へ帰ってくれ!」
「朱天の本性は鬼だ。是が非でも反逆の芽を、完膚なきまでに潰しておかねばならん!」
「親父様!親父様も綱と同じ考えですか!?」
「う、ううむ……」苦渋に満ちた声で頼光がうなって、「ともかく、こっちへこい、金時。今夜ゆっくり語りあって、お互いの誤解を解きほぐそうぞ」
「それは、できん。できんのです、親父様!」
「なぜじゃ!?」
「朱天達は友達です。友達を裏切ることは俺にはできません」
「わしらを捨ててもか?」
「ゆえに、俺は戦いません。それが、あなたに対する義理です!」
金時は未練を断ち切るように、くるりと振り返ると、村のほうへと去って行った。
「おお、金時、まて、待ってくれ!」
とどめんとする頼光の声が、金時の耳にこだまするのであった。
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

金蝶の武者
ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。
関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。
小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。
御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。
「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」
春虎は嘆いた。
金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
空蝉
横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。
二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。
戦国三法師伝
kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。
異世界転生物を見る気分で読んでみてください。
本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。
信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
柿ノ木川話譚4・悠介の巻
如月芳美
歴史・時代
女郎宿で生まれ、廓の中の世界しか知らずに育った少年。
母の死をきっかけに外の世界に飛び出してみるが、世の中のことを何も知らない。
これから住む家は? おまんまは? 着物は?
何も知らない彼が出会ったのは大名主のお嬢様。
天と地ほどの身分の差ながら、同じ目的を持つ二人は『同志』としての将来を約束する。
クールで大人びた少年と、熱い行動派のお嬢様が、とある絵師のために立ち上がる。
『柿ノ木川話譚』第4弾。
『柿ノ木川話譚1・狐杜の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/905878827
『柿ノ木川話譚2・凍夜の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/50879806
『柿ノ木川話譚3・栄吉の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/398880017
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる