平安ROCK FES!

優木悠

文字の大きさ
上 下
56 / 72
第四章 たたかうやつら

四ノ九 平穏

しおりを挟む
 家の玄関から戸をしきりに叩く音が、聞こえてきた。

「おおい、おおい」

 続いて、熊八の呼ぶ声。

「おい、こっちだ熊八」

 縁側から朱天が返事をすると、熊八が庭へとまわってきた。

「帰ったか」

 と朱天は熊八の背におわれた茨木を見、

「おお、茨木、どうだ、大丈夫か」

「ああ、大丈夫だ。死んだように眠っちゃいるが、死んじゃあいねえだよ」

「そうか、そうか。よしあがってくれ、すぐに寝床を用意するでな」

 そうして茨木を寝かせると、振動でふと目を覚ましてしまった。

「しゅ、朱天……、ダンナ」

「起こしてしまったか。もう大丈夫だ、ゆっくり休め」

「すまねえ、すまねえ」

「何をあやまる。誰も詫びて欲しいなんて思っちゃいない。とにかく、眠れ、茨木よ」

 茨木は小さくうなずいたようだった。

 そしてまた、深い眠りに落ちた。



 そうして五日の時が流れる。

 茨木は、最初の一日は泥のように眠っていたが、その後は、本調子ではないながらも、自分で立って用をたせたし、食事もしている。
 腹をくだしているのだけは、まだ続いていて、いましばらくの治療が必要なようだった。
 しかし、左腕を斬り落とされた時にくらべれば、元気なものであった。

 今日もふたりで晩飯を食う。

 雑穀の粗末な粥であった。

「なあ、厄介になってる身で言えたことじゃないが、そろそろ、山菜くらい混ぜてくれてもいいんだぜ、朱天のダンナ」

「いや、茨木よ。別にケチで言うわけじゃないが、お前の腹はまだ充分に回復していないんだから、ダメだ。山菜は消化に悪い。俺も以前腹の調子が悪かった時、食った野菜が糞にそのまま残っていた」

「いや、山菜でなくてもいいんだ、肉はどうだ」

「肉だって腹に良くない」

「こないだ熊を捕まえて縛ってあるって言ってたじゃないか。それを食わせてくれ」

「あれは、村人みんなの熊だ。生かして森に帰すか、さばいて食うかは、村人みんなで決める」

「ああ、腹が減った」

「食いながら言うな」

「だって、粥なんて、食ってもすぐ腹がすくんだぜ」

「ああ、出る糞が固くなってきたら、食わせてやるよ」

「今日の糞はずいぶんよかった。昨日おとといは、しゃびしゃびだったからなあ」

 と、

「飯を食いながら、クソクソと、おぬしら品性というものがまるでないのう」

 まだわずかに残る日の明かりのなかに、女がひとりたっている。

 どこかそのへんの百姓女のように見えるが……、

「お、あやめ殿か」

「私とわかってくれてうれしいぞ、婿殿」

「無事だったか、姐さん」茨木が立ちあがってあやめを出迎えた。

「おぬしも、無事でなによりじゃ。ずいぶんやつれたようじゃな」

 そう言ってあやめは縁側からあがり込んで来て、囲炉裏ばたに座った。

「あやめ殿はずいぶん小ぎれいな。百姓女のようではあるが」

「婿殿に久しぶりに再会するでのう。身だしなみを整えてきたのじゃ」あやめは囲炉裏の鍋を覗き込んで、「ずいぶんあっさりした粥じゃのう。まあよい、茶碗をくれ」

「ずいぶん余裕だな。いくさに負けたわりには」言いながらも朱天は台所から茶碗を持ってきた。

「ああ、負けた負けた、大負けじゃ。京の隠れ家は、頼光たちにほとんど潰された。手下もずいぶん討ち死にした。生き残った者も散り散り。土蜘蛛は壊滅じゃ。この村がなかったら、ほんとうに路頭に迷うところであった」

「こういう場合を想定して、この村を俺達に作らせたんじゃあないのかい」

「勘繰りすぎじゃ。さすがの私も、ここまで手ひどくやられるとは、考えてもおらなんだ」

 あやめは粥をすすりこんだ。そして、満足そうに吐息をついた。

「これからどうするね」

「どうしようかのう。いっそ、本当におぬしと夫婦になって、田畑を耕して暮らそうかのう。土蜘蛛というしがらみがなくなれば、私をひとりの女として見てくれるじゃろう」

「う、うん、まあ、そうかな」

「そういう話は、俺のいないところでやってくれ」

 茨木があきれて言って、三人はどっと笑った。

 久しぶりに声をだして皆笑った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

空蝉

横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。 二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

けもの

夢人
歴史・時代
この時代子供が間引きされるのは当たり前だ。捨てる場所から拾ってくるものもいる。この子らはけものとして育てられる。けものが脱皮して忍者となる。さあけものの人生が始まる。

柿ノ木川話譚4・悠介の巻

如月芳美
歴史・時代
女郎宿で生まれ、廓の中の世界しか知らずに育った少年。 母の死をきっかけに外の世界に飛び出してみるが、世の中のことを何も知らない。 これから住む家は? おまんまは? 着物は? 何も知らない彼が出会ったのは大名主のお嬢様。 天と地ほどの身分の差ながら、同じ目的を持つ二人は『同志』としての将来を約束する。 クールで大人びた少年と、熱い行動派のお嬢様が、とある絵師のために立ち上がる。 『柿ノ木川話譚』第4弾。 『柿ノ木川話譚1・狐杜の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/905878827 『柿ノ木川話譚2・凍夜の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/50879806 『柿ノ木川話譚3・栄吉の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/398880017

処理中です...