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第四章 たたかうやつら
四ノ九 平穏
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家の玄関から戸をしきりに叩く音が、聞こえてきた。
「おおい、おおい」
続いて、熊八の呼ぶ声。
「おい、こっちだ熊八」
縁側から朱天が返事をすると、熊八が庭へとまわってきた。
「帰ったか」
と朱天は熊八の背におわれた茨木を見、
「おお、茨木、どうだ、大丈夫か」
「ああ、大丈夫だ。死んだように眠っちゃいるが、死んじゃあいねえだよ」
「そうか、そうか。よしあがってくれ、すぐに寝床を用意するでな」
そうして茨木を寝かせると、振動でふと目を覚ましてしまった。
「しゅ、朱天……、ダンナ」
「起こしてしまったか。もう大丈夫だ、ゆっくり休め」
「すまねえ、すまねえ」
「何をあやまる。誰も詫びて欲しいなんて思っちゃいない。とにかく、眠れ、茨木よ」
茨木は小さくうなずいたようだった。
そしてまた、深い眠りに落ちた。
そうして五日の時が流れる。
茨木は、最初の一日は泥のように眠っていたが、その後は、本調子ではないながらも、自分で立って用をたせたし、食事もしている。
腹をくだしているのだけは、まだ続いていて、いましばらくの治療が必要なようだった。
しかし、左腕を斬り落とされた時にくらべれば、元気なものであった。
今日もふたりで晩飯を食う。
雑穀の粗末な粥であった。
「なあ、厄介になってる身で言えたことじゃないが、そろそろ、山菜くらい混ぜてくれてもいいんだぜ、朱天のダンナ」
「いや、茨木よ。別にケチで言うわけじゃないが、お前の腹はまだ充分に回復していないんだから、ダメだ。山菜は消化に悪い。俺も以前腹の調子が悪かった時、食った野菜が糞にそのまま残っていた」
「いや、山菜でなくてもいいんだ、肉はどうだ」
「肉だって腹に良くない」
「こないだ熊を捕まえて縛ってあるって言ってたじゃないか。それを食わせてくれ」
「あれは、村人みんなの熊だ。生かして森に帰すか、さばいて食うかは、村人みんなで決める」
「ああ、腹が減った」
「食いながら言うな」
「だって、粥なんて、食ってもすぐ腹がすくんだぜ」
「ああ、出る糞が固くなってきたら、食わせてやるよ」
「今日の糞はずいぶんよかった。昨日おとといは、しゃびしゃびだったからなあ」
と、
「飯を食いながら、クソクソと、おぬしら品性というものがまるでないのう」
まだわずかに残る日の明かりのなかに、女がひとりたっている。
どこかそのへんの百姓女のように見えるが……、
「お、あやめ殿か」
「私とわかってくれてうれしいぞ、婿殿」
「無事だったか、姐さん」茨木が立ちあがってあやめを出迎えた。
「おぬしも、無事でなによりじゃ。ずいぶんやつれたようじゃな」
そう言ってあやめは縁側からあがり込んで来て、囲炉裏ばたに座った。
「あやめ殿はずいぶん小ぎれいな。百姓女のようではあるが」
「婿殿に久しぶりに再会するでのう。身だしなみを整えてきたのじゃ」あやめは囲炉裏の鍋を覗き込んで、「ずいぶんあっさりした粥じゃのう。まあよい、茶碗をくれ」
「ずいぶん余裕だな。戦に負けたわりには」言いながらも朱天は台所から茶碗を持ってきた。
「ああ、負けた負けた、大負けじゃ。京の隠れ家は、頼光たちにほとんど潰された。手下もずいぶん討ち死にした。生き残った者も散り散り。土蜘蛛は壊滅じゃ。この村がなかったら、ほんとうに路頭に迷うところであった」
「こういう場合を想定して、この村を俺達に作らせたんじゃあないのかい」
「勘繰りすぎじゃ。さすがの私も、ここまで手ひどくやられるとは、考えてもおらなんだ」
あやめは粥をすすりこんだ。そして、満足そうに吐息をついた。
「これからどうするね」
「どうしようかのう。いっそ、本当におぬしと夫婦になって、田畑を耕して暮らそうかのう。土蜘蛛というしがらみがなくなれば、私をひとりの女として見てくれるじゃろう」
「う、うん、まあ、そうかな」
「そういう話は、俺のいないところでやってくれ」
茨木があきれて言って、三人はどっと笑った。
久しぶりに声をだして皆笑った。
「おおい、おおい」
続いて、熊八の呼ぶ声。
「おい、こっちだ熊八」
縁側から朱天が返事をすると、熊八が庭へとまわってきた。
「帰ったか」
と朱天は熊八の背におわれた茨木を見、
「おお、茨木、どうだ、大丈夫か」
「ああ、大丈夫だ。死んだように眠っちゃいるが、死んじゃあいねえだよ」
「そうか、そうか。よしあがってくれ、すぐに寝床を用意するでな」
そうして茨木を寝かせると、振動でふと目を覚ましてしまった。
「しゅ、朱天……、ダンナ」
「起こしてしまったか。もう大丈夫だ、ゆっくり休め」
「すまねえ、すまねえ」
「何をあやまる。誰も詫びて欲しいなんて思っちゃいない。とにかく、眠れ、茨木よ」
茨木は小さくうなずいたようだった。
そしてまた、深い眠りに落ちた。
そうして五日の時が流れる。
茨木は、最初の一日は泥のように眠っていたが、その後は、本調子ではないながらも、自分で立って用をたせたし、食事もしている。
腹をくだしているのだけは、まだ続いていて、いましばらくの治療が必要なようだった。
しかし、左腕を斬り落とされた時にくらべれば、元気なものであった。
今日もふたりで晩飯を食う。
雑穀の粗末な粥であった。
「なあ、厄介になってる身で言えたことじゃないが、そろそろ、山菜くらい混ぜてくれてもいいんだぜ、朱天のダンナ」
「いや、茨木よ。別にケチで言うわけじゃないが、お前の腹はまだ充分に回復していないんだから、ダメだ。山菜は消化に悪い。俺も以前腹の調子が悪かった時、食った野菜が糞にそのまま残っていた」
「いや、山菜でなくてもいいんだ、肉はどうだ」
「肉だって腹に良くない」
「こないだ熊を捕まえて縛ってあるって言ってたじゃないか。それを食わせてくれ」
「あれは、村人みんなの熊だ。生かして森に帰すか、さばいて食うかは、村人みんなで決める」
「ああ、腹が減った」
「食いながら言うな」
「だって、粥なんて、食ってもすぐ腹がすくんだぜ」
「ああ、出る糞が固くなってきたら、食わせてやるよ」
「今日の糞はずいぶんよかった。昨日おとといは、しゃびしゃびだったからなあ」
と、
「飯を食いながら、クソクソと、おぬしら品性というものがまるでないのう」
まだわずかに残る日の明かりのなかに、女がひとりたっている。
どこかそのへんの百姓女のように見えるが……、
「お、あやめ殿か」
「私とわかってくれてうれしいぞ、婿殿」
「無事だったか、姐さん」茨木が立ちあがってあやめを出迎えた。
「おぬしも、無事でなによりじゃ。ずいぶんやつれたようじゃな」
そう言ってあやめは縁側からあがり込んで来て、囲炉裏ばたに座った。
「あやめ殿はずいぶん小ぎれいな。百姓女のようではあるが」
「婿殿に久しぶりに再会するでのう。身だしなみを整えてきたのじゃ」あやめは囲炉裏の鍋を覗き込んで、「ずいぶんあっさりした粥じゃのう。まあよい、茶碗をくれ」
「ずいぶん余裕だな。戦に負けたわりには」言いながらも朱天は台所から茶碗を持ってきた。
「ああ、負けた負けた、大負けじゃ。京の隠れ家は、頼光たちにほとんど潰された。手下もずいぶん討ち死にした。生き残った者も散り散り。土蜘蛛は壊滅じゃ。この村がなかったら、ほんとうに路頭に迷うところであった」
「こういう場合を想定して、この村を俺達に作らせたんじゃあないのかい」
「勘繰りすぎじゃ。さすがの私も、ここまで手ひどくやられるとは、考えてもおらなんだ」
あやめは粥をすすりこんだ。そして、満足そうに吐息をついた。
「これからどうするね」
「どうしようかのう。いっそ、本当におぬしと夫婦になって、田畑を耕して暮らそうかのう。土蜘蛛というしがらみがなくなれば、私をひとりの女として見てくれるじゃろう」
「う、うん、まあ、そうかな」
「そういう話は、俺のいないところでやってくれ」
茨木があきれて言って、三人はどっと笑った。
久しぶりに声をだして皆笑った。
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