平安ROCK FES!

優木悠

文字の大きさ
上 下
38 / 72
第三章 まもるやつら

三ノ五 種まき

しおりを挟む
 季武が山田屋敷の門をくぐってずかずかいくと、突如庭にあらわれた闖入者ちんにゅうしゃに、縁側にいた女房とみえる女が目を丸くして、ひっと小さな悲鳴をあげた。

 季武は得意の、京のすべての女をとろけさせると豪語する流し目をつっと送って、

「ご心配無用です、お内儀。旦那様にいいつかってまいりました。なに、すぐに帰りますよ。離れはどちら?あっち?はいどうも」

 と女房が指さした建物に向かっていった。

 見張りとみえる男が縁側に座っていたが、山田に教えてもらった合言葉を伝えると、疑いもせずに通してくれた。
 そのまま上にあがり込んですだれをあげると、男が書類の山に埋もれるようにして座って、書き物をしている。
 その背中にむけて、

「いやはやご精がでますな、新庄うじ

 と声をかけると、はじめて人がいることに気づいたらしい、新庄は驚いた顔で後ろを振り返った。

「ど、どなたですか」

「山田大丞の使いです。あいや、妹御のさかえ殿の使いでもあります」

「はあ、すみませんが手短にお願いします。あと三日のうちにこの膨大な書類の書き写しをしあげてしまわないといけませんので」

「帳簿の改ざんですな」

「いやそんな」

「あなた、この帳簿の改ざんを終えたら口を封じられる、ということに気づかれていないのですか?」

「口を?」

「ひらたく言えば殺されるんですよ」

「いやまさか。山田さんは、この帳簿をうつし終えたら、家に帰してくれると約束してくれています」

「その言葉を鵜呑みになさっているのですか。こういっちゃあなんですが、あなた、よっぽどお人よしですな」

「そう申されまして、これも仕事のうちですし」

「ははは、そうお思いならそれでけっこう。こちらはこちらで話を進めさせてもらいます」

「はあ」

「それでですね、ちょっと帳簿のほうはわきに置いておいてですね、二通ばかり書簡をしたためていただきたい。両方とも妹のさかえさんに当てて書いてください。一通は、仕事の用事で京を離れているというような内容で。もう一通は、ここに監禁されて帳簿の改ざんをさせられている。仕事が終わったら殺されるからどうにかして欲しい、というような内容です」

「はあ」

「最初の方は、山田氏に見せるものです。いわば山田氏をたぶらかすためのニセ手紙ですな。もう一通はそのまま妹さんにお渡しします」

「はあ」

 と新庄はまったく危機意識が欠如しているようである。
 山田が新庄を口封じに始末するというのは、季武の創作ではあるが、あながち嘘というわけでもない。
 山田のような気の小さな男は、思いつめると何をしでかすかわかったものではない。
 あの小人物に、自分の隠悪のすべてを知っている人間を、放っておけるほどの豪胆さはないだろう。

「ちなみに、脱出するなら、仕事が終わった直後がよろしい。その時にあなたは命を奪われるおそれがありますが、逆に山田氏の油断も隙も生じやすい時点でもあります。仕事を終えるのは三日でしたな。三日目の夜に助けに来て欲しい、と手紙に書いてください」

 そうして、まだ納得しきれない顔の新庄をあおりにあおって手紙を書かせると、山田屋敷を出た。

 すぐに路地の影から現れた飄に、一通の手紙をわたし、

「それは助けを求める手紙だ。さかえ殿にうまく手渡してくれ」

「間違いなく」

 飄は建物の陰に、すっと消えていった。

 そして、季武は大蔵省の役所にもどって、ニセの手紙を山田に見せて安心させた。

「こここ、これで新庄の妹はあきらめてくれるでしょうな」

「さよう。あとはあの新庄という男の口を封じるだけですな」

「あ、そんなことはこれっぽっちも」

「ははは、ま、お好きなように」

 そう言って、目の前の心底安堵したような顔をしている小悪党を、季武は冷ややかにほほ笑みながら思うのだった。

 ――さてさて、種はばらまいた。あとは実がなるのを待つだけだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

空蝉

横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。 二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

けもの

夢人
歴史・時代
この時代子供が間引きされるのは当たり前だ。捨てる場所から拾ってくるものもいる。この子らはけものとして育てられる。けものが脱皮して忍者となる。さあけものの人生が始まる。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

処理中です...