36 / 72
第三章 まもるやつら
三ノ三 朱天組、動く
しおりを挟む
「実は先に、渡辺綱様にお願いしたのですが、にべなく拒絶されました」
居間の床に座ると、さかえはそう話しはじめた。
「ひでえな、あの綱ってやつは、心ってもんがないんだ」茨木がなぜかしたりげな口振りで言うのだった。
「その時、こちらの朱天様ならなにかしらの手立てをこうじてくださると教えてくださる人がいらっしゃいまして」
さかえは、藁にもすがりたい、というぐらいの顔つきであった。
「誰だそいつは」
茨木が訊くと、公家の家臣のようであったと教えてくれた。
「俺達もずいぶん有名になったもんだな」
「それで、お受けくださりますでしょうか?」
「まあ、内容にもよりますがね。では、お困りごとの中身をうかがいましょう」朱天がうながす。
「先ほども申しましたとおり、私の兄は大蔵省につとめております。ですが、ここ三日ほど消息を絶ってしまったのです」
「役所につめっきりということは?」
「ありません。家に帰れない場合は、かならず従者を使ってその旨をしらせてくるはずです。兄の、何人かの知人にもおたずねしたのですが、役所にはいないということで、そのかたがたも心配してくださっておりました」
「女性のところに居続けているという可能性は?」
「ありません。あの真面目な兄にかぎってそのような」
「あそうそう、従者のかたは、なにかご存じで?」
「従者は、役所で兄の上役である山田助広大丞の使いのかたから、しばらく多忙が続くので、先に帰れと言われて帰って来たのでした」
「仕事が多忙と言われたのに、役所にはいない、か」
「その山田大丞にはお会いになられたので?」
「それが、お家にうかがっても、忙しくてほとんど家にも帰ってこないということでした」
「う~ん、その山田氏が何か知ってそうな雰囲気なんだがな」
「どうする」
と訊く茨木に、朱天はちょっとの間考えをめぐらす顔つきをして、
「もちろん、情報収集が先決だ。虎丸、お願いできるか」
虎丸が無言でうなずいて応じた。
「私もやろう。女のほうが聞き出しやすいということもある」星も手をあげた。
「よし、星も頼んだ。くれぐれも気をつけてな」
「では、ご依頼はお引き受けしましたので、さかえ殿はいったんお帰りください」
「では、よろしくお願いいたします」と言ってふところから巾着をとりだして、「これは些少ですが、どうか探索の資金にでもおあてください」
「あ、いやそんなお気づかいは……。そうですか、では遠慮なく」
朱天はずっしりとしたその巾着を押し頂くようしして受け取った。
それから、一日、虎丸と星がもどってきた。
「この木枯らしがふくなか、大変だったろう。まずは白湯でも飲んで落ち着いてくれ」
朱天が差し出した椀の白湯をふたりは、ふうふうしながら飲んで、しばらくすると人心地がついたようすで、
「ひととおり当たってみたけど、たいした収穫はなかった」星が首をふりながら報告した。「やはり、さかえ殿が聞いたこと以上の情報はえられなかった」
虎丸もうなずいて、同様であったようすだ。
「ううむ。山田大丞はつかまったか」
「山田は民部省に移動になるとかで、その手続きや申し送りで忙しいらしく、まったく役所から出て来んのだ。まったくつかまりそうもない」虎丸は無念そうであった。
「う~ん、その山田さんが一番なにか知ってそうなんだがな」
「普通にやったならつかまらないのなら、つかまえる工夫をすればいい」星がぽつりという。
「なにか案があるのか、星」
「ない。それを考えるのはあなた」
「まるなげかよ。まあいいや、俺が考えるよ」
居間の床に座ると、さかえはそう話しはじめた。
「ひでえな、あの綱ってやつは、心ってもんがないんだ」茨木がなぜかしたりげな口振りで言うのだった。
「その時、こちらの朱天様ならなにかしらの手立てをこうじてくださると教えてくださる人がいらっしゃいまして」
さかえは、藁にもすがりたい、というぐらいの顔つきであった。
「誰だそいつは」
茨木が訊くと、公家の家臣のようであったと教えてくれた。
「俺達もずいぶん有名になったもんだな」
「それで、お受けくださりますでしょうか?」
「まあ、内容にもよりますがね。では、お困りごとの中身をうかがいましょう」朱天がうながす。
「先ほども申しましたとおり、私の兄は大蔵省につとめております。ですが、ここ三日ほど消息を絶ってしまったのです」
「役所につめっきりということは?」
「ありません。家に帰れない場合は、かならず従者を使ってその旨をしらせてくるはずです。兄の、何人かの知人にもおたずねしたのですが、役所にはいないということで、そのかたがたも心配してくださっておりました」
「女性のところに居続けているという可能性は?」
「ありません。あの真面目な兄にかぎってそのような」
「あそうそう、従者のかたは、なにかご存じで?」
「従者は、役所で兄の上役である山田助広大丞の使いのかたから、しばらく多忙が続くので、先に帰れと言われて帰って来たのでした」
「仕事が多忙と言われたのに、役所にはいない、か」
「その山田大丞にはお会いになられたので?」
「それが、お家にうかがっても、忙しくてほとんど家にも帰ってこないということでした」
「う~ん、その山田氏が何か知ってそうな雰囲気なんだがな」
「どうする」
と訊く茨木に、朱天はちょっとの間考えをめぐらす顔つきをして、
「もちろん、情報収集が先決だ。虎丸、お願いできるか」
虎丸が無言でうなずいて応じた。
「私もやろう。女のほうが聞き出しやすいということもある」星も手をあげた。
「よし、星も頼んだ。くれぐれも気をつけてな」
「では、ご依頼はお引き受けしましたので、さかえ殿はいったんお帰りください」
「では、よろしくお願いいたします」と言ってふところから巾着をとりだして、「これは些少ですが、どうか探索の資金にでもおあてください」
「あ、いやそんなお気づかいは……。そうですか、では遠慮なく」
朱天はずっしりとしたその巾着を押し頂くようしして受け取った。
それから、一日、虎丸と星がもどってきた。
「この木枯らしがふくなか、大変だったろう。まずは白湯でも飲んで落ち着いてくれ」
朱天が差し出した椀の白湯をふたりは、ふうふうしながら飲んで、しばらくすると人心地がついたようすで、
「ひととおり当たってみたけど、たいした収穫はなかった」星が首をふりながら報告した。「やはり、さかえ殿が聞いたこと以上の情報はえられなかった」
虎丸もうなずいて、同様であったようすだ。
「ううむ。山田大丞はつかまったか」
「山田は民部省に移動になるとかで、その手続きや申し送りで忙しいらしく、まったく役所から出て来んのだ。まったくつかまりそうもない」虎丸は無念そうであった。
「う~ん、その山田さんが一番なにか知ってそうなんだがな」
「普通にやったならつかまらないのなら、つかまえる工夫をすればいい」星がぽつりという。
「なにか案があるのか、星」
「ない。それを考えるのはあなた」
「まるなげかよ。まあいいや、俺が考えるよ」
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

金蝶の武者
ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。
関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。
小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。
御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。
「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」
春虎は嘆いた。
金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
空蝉
横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。
二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。
戦国三法師伝
kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。
異世界転生物を見る気分で読んでみてください。
本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。
信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
柿ノ木川話譚4・悠介の巻
如月芳美
歴史・時代
女郎宿で生まれ、廓の中の世界しか知らずに育った少年。
母の死をきっかけに外の世界に飛び出してみるが、世の中のことを何も知らない。
これから住む家は? おまんまは? 着物は?
何も知らない彼が出会ったのは大名主のお嬢様。
天と地ほどの身分の差ながら、同じ目的を持つ二人は『同志』としての将来を約束する。
クールで大人びた少年と、熱い行動派のお嬢様が、とある絵師のために立ち上がる。
『柿ノ木川話譚』第4弾。
『柿ノ木川話譚1・狐杜の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/905878827
『柿ノ木川話譚2・凍夜の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/50879806
『柿ノ木川話譚3・栄吉の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/398880017
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる