平安ROCK FES!

優木悠

文字の大きさ
上 下
34 / 72
第三章 まもるやつら

三ノ一 綱の憂悶

しおりを挟む
「もうゆるさんっ。朱天一味め、我らを愚弄しおって!」

 渡辺綱わたなべの つなはイライラとしながら、自分の部屋を行ったり来たりしている。
 今日だけではない。
 感情がたかぶると、ところかまわず、床を踏み鳴らし部屋や廊下を端から端まで往復しはじめる。
 そんなことがもう、十日あまりも続いていて、そうして決まって口にだすセリフが、「もうゆるさんっ。朱天一味め、我らを愚弄しおって!」である。

「まあ、そうイライラしなさんな、聞いてるこっちまでイライラしてくるよ」
 卜部季武うらべの すえたけ碓井貞光うすいの さだみつと差し向かいにすわって囲碁を打ちながら、たしなめた。

「あ、ちょっと待った」季武が手を突き出す。

「待ったはなしですよ」貞光があきれたように首を振る。

「そんないけず言わんでもええやん」季武は突き出した手をひらひらさせる。

「ふたりとも、能天気なものだな」

「そう言ったところで、綱さんよ、何をどうしたら、お前さんのそのイライラはおさまるのかね」季武が、黒い石をぴしりと置いた。

「朱天組の奴らを一網打尽にしてやれば、気も晴れる」

「と言って、釈迦如来像の掛け軸が盗まれてから、もう十日以上もたっているのに動かないのは、あんた自身、証拠がないことが引っ掛かっているんじゃないのかい」

「朱天と交わりのある、金時と虎丸がこの屋敷にいる時に掛け軸が消えた。充分な証拠に思えるが」

「お前さんはそれで納得できるのかい」

「とっ捕まえて、拷問にかけてやろろうか」

「それはお前さんの矜持に反するから、やらないだろ?」

「じゃあ、どうしろと言うんだ」

「あ、貞光、そいつは汚い」綱の言葉を聞き流して季武は貞光に言った。

「汚いも何も、ここの並びの断点をずっと放っておいたのは季武さんでしょう」

「とにかくだ」と季武はこの局面の打開策を練りながらも綱にむかって、「うちの忍衆しのびしゅうががんばって証拠を集めているんだ。もうちょっと待ちな」

「もう十日も待ってるんだ」

「だったら、待ってる間に何か策を練ったらどうだい。お前さんは、頭がいいくせに愚直でいけない。策と言えば攻めることばっかり考えるだろう。頭がカッチカチなんだよ。もうちょっと柔らかくしてさ。たとえばさ、敵がボロを出すのを待つんじゃなくって、出させる工夫をすればいいじゃないの」

「策、策、策……。そう簡単に思い浮かべば苦労はせん」

「あ、いい策思いついた」

「なんだ季武、言ってみろ」

「ここだ」と季武が綱を無視して黒石を打った。

「あ、そこの隅、すてるんですか。思いきりましたね」

「貞光よ、教えてやろう、大をつかむには、小を捨てねばならぬ時もある」

「いや違う、最初っから陽動として、断点を放っておいたんでしょう」

「さあてねえ」

 不快な気分でその短い会話を聞いていた綱は、

「小を捨て大をつかむ……。陽動……」

 ひとりごちて遠くをみつめるような目をした。

「待った」手を伸ばした貞光に、

「待ったはなしだ」季武が満足そうに言うのだった。



 三日たった。

 綱は常日頃の日課の京の巡邏じゅんら(パトロール)をしていた。
 従卒を引き連れ白馬にまたがり、悠然と京の町を進む。

 そうして堀川三条あたりに来た頃であった。

 ふっと家の影から飛び出してきた女が、はらりと市女笠をとばし、すがりつくようにして綱の袴のすそを握りしめた。

 怒号を放ちながら寄って来る兵たちを手で制して、綱は、

「なにようじゃ、女。渡辺綱と知ってのふるまいか」

「なにとぞ、なにとぞお聞き願いたい儀があり、このような無作法におよんだしだい。なにとぞおゆるしください」

 顔をあげた女は、見た所十七、八。
 着ているうちきもけっして粗末なものではなく、それなりの身分の家の女とみえた。

「見た所、はずかしからぬ身分の女であろう。それがなぜそのような無礼を働いてまで、私に助力をもとめるか」

「渡辺様は、品行方正、ことにのぞんで清廉潔白とおききしております。あなた様なら、必ず我が兄の禍難をおみすごしにならず、お助けくださると思いました」

「続けよ」

「私の兄は、大蔵省おおくらしょう史生ししょうをつとめております。その兄が、ここ数日行方をくらませてしまいました。それは、どうも上役のご命令により監禁させられているようなのでございます。なにとぞこの件をお調べいただき、どうにか御解決いただきたいのです」

「残念であったな」綱は太刀で切り捨てるように言った。「私は京の治安を維持するのがつとめ。仕事の対象は庶民である。宮中の問題には介入できぬ」

「そこを、なにとぞ」

「できぬものはできぬ」

 そう言うと、綱は馬腹を蹴って歩かせはじめた。

 その耳に、女の引きつるようなすすり泣きが、いつまでも聞こえ続けたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

空蝉

横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。 二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

けもの

夢人
歴史・時代
この時代子供が間引きされるのは当たり前だ。捨てる場所から拾ってくるものもいる。この子らはけものとして育てられる。けものが脱皮して忍者となる。さあけものの人生が始まる。

柿ノ木川話譚4・悠介の巻

如月芳美
歴史・時代
女郎宿で生まれ、廓の中の世界しか知らずに育った少年。 母の死をきっかけに外の世界に飛び出してみるが、世の中のことを何も知らない。 これから住む家は? おまんまは? 着物は? 何も知らない彼が出会ったのは大名主のお嬢様。 天と地ほどの身分の差ながら、同じ目的を持つ二人は『同志』としての将来を約束する。 クールで大人びた少年と、熱い行動派のお嬢様が、とある絵師のために立ち上がる。 『柿ノ木川話譚』第4弾。 『柿ノ木川話譚1・狐杜の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/905878827 『柿ノ木川話譚2・凍夜の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/50879806 『柿ノ木川話譚3・栄吉の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/398880017

処理中です...