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第二章 たすけるやつら
二ノ四 ばくち勝負
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――馬鹿者どもめ。
鮫九郎は内心ほくそえんでいた。
――連絡を受けてから、俺がなぜ一刻後にここに来たと思っているんだ。こんなふうに賭け勝負になることを予期して、あらかじめ仕掛けをしこんでいたのさ。そう、橋のたもとにいる三匹の猫は、すべて俺の飼い猫だ。俺の合図ひとつでやつらはここまで歩いてくる。もちろん、来させないこともできる。通行人にちょっと脅かされてもビビらないずぶとさも持っている猫たちさ。つまり、この勝負、はじめっから俺の勝ちだったのさ。くははははっ。
鮫九郎は、心の哄笑が顔にでないように、苦労して平静をよそおった。
反対に、朱天は苦悶のなかにあった。
――猫が橋を渡ってこないほうに賭けたのには理由がある。橋の両側には、人出があるし、橋も絶えず人が往来している。そんななかで、用心深い猫という生き物が橋を渡ってくる可能性はいかばかりであろうか。ほぼない。いや、ない、と断言してもいい。しかし、まったくないとも言い切れない。もし渡ってきたら、いったいどうするか。
と、虎丸が橋の西から東へと、歩いて来た。
まったく他人のような顔をして、朱天と目が合うと、わかるかわからないかくらいにうなずいて、通り過ぎて行った。
――すべて了承済み、ということだろう。
朱天は頭脳をぐるぐる回転させる。
――虎丸が状況を伝え、猫が渡ってこないように、星と熊八と力をあわせてどうにか妨害してくれるはずだ。しかし、連絡のために虎丸が東へ移動してしまったということは、西には仲間が皆無になってしまった。あの一匹が渡ってきたら、はたしてどうするか。
「おい、あれを見ろ!」
茨木が東の広場のほうを指さした。
橋のたもとを、灰色の猫がいっぴき歩いて、こちらに向かって来ている。
――なんということだぁ!
朱天は焦った。
見る限り、その猫のまわりには、妨害するような通行人もおらず、星も熊八も虎丸も姿が見えない。
――こ、これはどうする、しょっぱなから運まかせか!?
「かははははっ」鮫九郎が笑う。「おいおい、始まって早早に勝負がつきそうだぞ。朱天と言ったか、どうする、いや、なにか手出ししたらお前の負けだぞ。それと言っておくが、通行人にお前の仲間が紛れているともかぎらない。もし、あの猫に人が近づいて妙なマネをしたら、その時点でお前の負けだ、いいな?」
「ふ、ふふふふふ、かまわんよ」
朱天、内心で動揺しながらも、目いっぱい余裕を噛ました。
猫はもう、十メートルばかりもこちらに、つまり橋の中心へと向かって歩いてくる。
橋のたもとからここまでは二十五メートルくらい。
つまり、あともう十五メートルくらいしか余裕はない。
猫が何かの拍子に走り出しでもしたら、それこそおしまいだ。
と……。
猫がくるりと方向転換して河原のほうへと走り去ってしまった。
鮫九郎も、朱天も、はっとしながらも、無表情をたもっていた。
反対に、茨木と上野孝安は狂喜している。
「あれあれあれ~?どうしちゃったのかなあ、あの猫?」茨木が笑いながら言った。
じつはこの時、河原の、こちらからは見えない場所で、星が川で捕まえた魚をさばいて焼いていたのだ。
猫はその匂いにつられて走って行ったわけだ。
「ぬぬぬぬぬ」
鮫九郎がうなった。
――まあよい、まだ猫は二匹いるのだ。どちらかがここまでたどりつけばよい。
一方、その河原では。
焼いた魚を猫が食べているのを星が眺めながら、
「この猫、猫鍋にして食べてしまおうかしら」
「お、おそろしいことを言うだな、星は」熊八があきれるように返した。
「それより、もう一匹が心配。魚の匂いにつられなかった」
星が、不安そうに橋のたもとで寝そべる猫をみつめた。
その視線をさっしたわけでもあるまい、今度はその茶色い猫が歩き出した。
「困った。へたに近づくと、きっと賭けは負けになる」
「う~ん、どうしようかなあ」
ふたりの不安をよそに、猫は平然と橋の中心へ向かって歩く。
鮫九郎は内心ほくそえんでいた。
――連絡を受けてから、俺がなぜ一刻後にここに来たと思っているんだ。こんなふうに賭け勝負になることを予期して、あらかじめ仕掛けをしこんでいたのさ。そう、橋のたもとにいる三匹の猫は、すべて俺の飼い猫だ。俺の合図ひとつでやつらはここまで歩いてくる。もちろん、来させないこともできる。通行人にちょっと脅かされてもビビらないずぶとさも持っている猫たちさ。つまり、この勝負、はじめっから俺の勝ちだったのさ。くははははっ。
鮫九郎は、心の哄笑が顔にでないように、苦労して平静をよそおった。
反対に、朱天は苦悶のなかにあった。
――猫が橋を渡ってこないほうに賭けたのには理由がある。橋の両側には、人出があるし、橋も絶えず人が往来している。そんななかで、用心深い猫という生き物が橋を渡ってくる可能性はいかばかりであろうか。ほぼない。いや、ない、と断言してもいい。しかし、まったくないとも言い切れない。もし渡ってきたら、いったいどうするか。
と、虎丸が橋の西から東へと、歩いて来た。
まったく他人のような顔をして、朱天と目が合うと、わかるかわからないかくらいにうなずいて、通り過ぎて行った。
――すべて了承済み、ということだろう。
朱天は頭脳をぐるぐる回転させる。
――虎丸が状況を伝え、猫が渡ってこないように、星と熊八と力をあわせてどうにか妨害してくれるはずだ。しかし、連絡のために虎丸が東へ移動してしまったということは、西には仲間が皆無になってしまった。あの一匹が渡ってきたら、はたしてどうするか。
「おい、あれを見ろ!」
茨木が東の広場のほうを指さした。
橋のたもとを、灰色の猫がいっぴき歩いて、こちらに向かって来ている。
――なんということだぁ!
朱天は焦った。
見る限り、その猫のまわりには、妨害するような通行人もおらず、星も熊八も虎丸も姿が見えない。
――こ、これはどうする、しょっぱなから運まかせか!?
「かははははっ」鮫九郎が笑う。「おいおい、始まって早早に勝負がつきそうだぞ。朱天と言ったか、どうする、いや、なにか手出ししたらお前の負けだぞ。それと言っておくが、通行人にお前の仲間が紛れているともかぎらない。もし、あの猫に人が近づいて妙なマネをしたら、その時点でお前の負けだ、いいな?」
「ふ、ふふふふふ、かまわんよ」
朱天、内心で動揺しながらも、目いっぱい余裕を噛ました。
猫はもう、十メートルばかりもこちらに、つまり橋の中心へと向かって歩いてくる。
橋のたもとからここまでは二十五メートルくらい。
つまり、あともう十五メートルくらいしか余裕はない。
猫が何かの拍子に走り出しでもしたら、それこそおしまいだ。
と……。
猫がくるりと方向転換して河原のほうへと走り去ってしまった。
鮫九郎も、朱天も、はっとしながらも、無表情をたもっていた。
反対に、茨木と上野孝安は狂喜している。
「あれあれあれ~?どうしちゃったのかなあ、あの猫?」茨木が笑いながら言った。
じつはこの時、河原の、こちらからは見えない場所で、星が川で捕まえた魚をさばいて焼いていたのだ。
猫はその匂いにつられて走って行ったわけだ。
「ぬぬぬぬぬ」
鮫九郎がうなった。
――まあよい、まだ猫は二匹いるのだ。どちらかがここまでたどりつけばよい。
一方、その河原では。
焼いた魚を猫が食べているのを星が眺めながら、
「この猫、猫鍋にして食べてしまおうかしら」
「お、おそろしいことを言うだな、星は」熊八があきれるように返した。
「それより、もう一匹が心配。魚の匂いにつられなかった」
星が、不安そうに橋のたもとで寝そべる猫をみつめた。
その視線をさっしたわけでもあるまい、今度はその茶色い猫が歩き出した。
「困った。へたに近づくと、きっと賭けは負けになる」
「う~ん、どうしようかなあ」
ふたりの不安をよそに、猫は平然と橋の中心へ向かって歩く。
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