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珍しいこともあるものだ

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「ちょうど良かった、皆さん揃っていますね」



 その日、珍しく一番最後に生徒会室に入ってきたマーガレット先輩は、私たちをぐるりと見回すと、事務的な声で言った。



「今日は皆さんに新しい生徒会メンバーを紹介したいと思います。既にご存知だとは思いますが、入ってきてください、ゾフィー・ドロテアさん」



 この知らせに驚いたのは私だけで、ジョシュアもオリバー先輩も平然としていた。

 堂々と生徒会室に入ってきたゾフィーは、頭を下げて言った。



「本日から庶務として、皆さんと一緒に働かせて頂きます、ゾフィーです。至らないところも多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いします」



 結局その日、私は仕事に身が入らず、気づけばゾフィーにばかり意識がいっていた。



 私とジョシュアの時と同じように、マーガレット先輩が生徒会業務についてゾフィーに説明している。ゾフィーも真剣な顔で説明に聞き入り、こまめにメモをとっていた。私のことなんて見向きもしない。



 けれどジョシュアには積極的に話しかけていて、むかむかした。

 帰りの馬車の中で、ジョシュアが事情を説明してくれた。



「彼女を目の届く範囲に置いたほうが監視しやすいからね」

「……そうでしたか」

「もしかして怒ってる? エマに黙っていたこと」

「もう慣れました」

「なら、僕の目を見て言ってよ」



 焦ったように言われて視線を向けると、なぜかジョシュアは上機嫌で、面白くなかった。再びぷいと視線をそらすと、「エマ」と困ったように呼ばれる。



「何をそんなに怒ってるの?」



 黙り込む私に、ジョシュアはため息をつく。



「話してくれないと分からないよ、エマ」

「ぞ、ゾフィーは貴方にばかり話しかけて、わたくしを無視していました」

「それが気に食わない? もしかして僕に嫉妬してるの?」



 嫉妬しているとしたら、それはゾフィーに対してだ。

 けれど否定する前に、矢継ぎ早に言われる。



「僕が君から友人を取り上げたと思ってる? 君が以前のようにゾフィーと仲良くできないのは、僕のせいだと?」



 殿方が絡むと、女の友情は簡単に壊れてしまう。

 以前ティーサロンで、誰かがそんな話をしていたのを思い出す。



 ――けれどジョシュが悪いわけではないわ。



 頭では理解しているのに、気持ちが整理できない。

 結局、公爵邸に着くまで、私はジョシュアのほうを一切見なかった。




 ***




 ゾフィーが生徒会に入ってからというもの、マーガレット先輩はつきっきりで彼女に仕事を教えていた。ゾフィーはマーガレット先輩好みの、利発で優秀な生徒だったから、指導に力が入るのも頷ける。



 一方のゾフィーも、傍から見ればマーガレット先輩のことを慕っているように見えた。一緒に過ごす時間が長くなったせいもあるのか、何かにつけてマーガレット先輩に助言を求めている。



 マーガレット先輩と話している時のゾフィーは、私といる時よりも遥かに生き生きとしていて、私は所詮、マーガレット先輩の身代わりでしかなかったのだと、思い知らされた。



 ――けれど、ゾフィーにとっては良いことだわ。



 このまま、彼女がマーガレット先輩を好きになってくれれば、と願わずにはいられない。復讐など忘れて、楽しく穏やかな学園生活を送って欲しいと。



 ――私も早くジョシュと仲直りしないと。



 私が一方的にむくれているせいで、ジョシュアも気詰まりな思いをしていると思う。それでも嫌がらずに私を家まで送り届けてくれるし、機嫌を伺うように話しかけてもくれる。私よりも、彼のほうがずっと大人だ。



 今日こそは謝ろうと心に決めて、教室に向かう。いつもの癖で、無意識のうちにゾフィーを捜していると「ドロテアさんなら今日はお休みですわ」と近くにいた生徒が教えてくれた。



 風邪を引いて、寝込んでいるらしい。

 昨日は元気そうだったのに。珍しいこともあるものだ。


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