婚約者の浮気現場を目撃したら、魔力が暴走した結果……

四馬㋟

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こんなの……ひどすぎる……

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 翌日の昼休み、私は中庭へ向かった。



 指定された場所には既にジョシュアがいて、私はそこから少し離れた場所で足を止めた。近くにある別棟の壁に身を隠す。まもなくゾフィーが現れて、私は後ろめたさのあまり、胃をきりきりさせていた。



 ――こんなこと、本当にしていいのかしら。



 止めるべきか迷っていると、ゾフィーは肩で風を切って、まっすぐジョシュアの元へ歩いていく。



「てっきり、誰かのいたずらだと思っていました」



 ゾフィーは腰に手を当てると、挑戦的にジョシュアを睨みつけた。



「……殿下お一人ですか?」

「もちろん」

「あたしを呼び出して、何を企んでいるの?」



 早々に敬語をやめて、喧嘩腰に訊ねる。



「今さらあたしに告白でもするつもり?」

「そうだと言ったら?」

「……バカみたいっ。誰が信じるもんですかっ」



 頬を赤くして、怒鳴るように返す。



「そう? 僕は君みたいな子、嫌いじゃないよ」

「貴方にはエメリンがいるじゃないっ」

「でも君に惹かれてる」



 ジョシュアの言葉に、ゾフィーは動揺しているようだった。



「あたしは貴方のことなんて、ちっとも好きじゃない」

「かまわないよ。いずれ本気にしてみせるから」

「……大した自信ね」



 ゾフィーは吐き捨てるように言い、改めてジョシュアを見上げた。

 それから眩しそうに目を細めると、



「もしもあたしたちが付き合うようになったら、エメリンをどうするつもり?」



 蚊の鳴くような声で問う。



「婚約破棄すればいい」

「……彼女が傷ついてもいいの?」

「君のためなら」



 ゾフィーは視線をそらさず、じっとジョシュアを見つめている。

 ジョシュアもまた、ゾフィーをまっすぐ見下ろしていた。



 ゾフィーが口を開く前に、私は声を上げていた。



「ジョシュっ」



 ゾフィーが弾かれたように私を見た。

 ただでさえ大きな瞳が、溢れ落ちんばかりに見開かれている。



「こんなの……ひどすぎる……」



 最後まで見届ける勇気は、私にはなかった。こんな形で友人の本音を暴くなんて、初めから気が進まなかったのだ。何より、ゾフィーを傷つけたくないという気持ちがあった。けれど、何と言って説明していいのか分からず、唇を噛みしめていると、



「ち、違うの、エメリン。これは誤解よ」



 なぜかゾフィーのほうが激しくうろたえた様子で、私に近づいてくる。



「あんな奴、好きでもなんでもないの。ただ、利用してやろうって思っただけで……」



 ――利用?



「ベルナンド伯爵に復讐するために?」



 咄嗟に口をついて出てきた言葉に、ゾフィーは顔を強ばらせる。



「そうなんでしょ? ゾフィー。だからマーガレット先輩にあんなことを……」

「ええ、そうよ」



 開き直ったようにゾフィーは笑った。

 頬を歪ませて、自嘲するように返す。



「それのどこが悪いの?」

「ゾフィー……」

「ごめんなさい、エメリン。でも、あたしはこういう女なの。だからもう――」



 それ以上は何も言わず、ゾフィーは逃げるように走り去ってしまった。咄嗟に追いかけようとしたものの、「ダメだよ、エマ」とジョシュアに引き止められてしまう。 



「君に彼女は止められない」

「……でも」

「君も見ていただろ? 彼女は君との友情よりも僕をとった。僕に利用価値があると思ったからだ」



 ジョシュアの言う通りだ。

 きっとゾフィーの頭には、ベルナンド伯への憎しみしかないのだろう。



「おいで、エマ」



 私を強く抱きしめて「今は何も考えないで」とジョシュアが耳元で囁く。

 僕だけを見て、と甘い声で。



 けれど私は怖かった。



 眩しげな顔でジョシュアを見上げていていたゾフィー。



 彼女に、ジョシュアを奪われるかもしれない。

 そんな予感がした。



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