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私にも譲れないものがある
しおりを挟む女性用更衣室から出たところで、
「会長、そんなところで何をしておられるのですか」
一年生の階で不審な動きをしているオリバー先輩に出くわした。
壁にべったり張り付いて、身を隠しているようにも見えるが、
「エメリン嬢、独りか?」
彼はきょろきょろと辺りを見回し、声を潜めるようにして訊いてくる。
もしかしてマーガレット先輩から逃げているのかなと思いつつ、
「ええ、まあ」
「ジョシュアと例の特待生は?」
「彼なら生徒会室にいるはずです」
休み時間や放課後も、できる限り、誰かが生徒会室に滞在していなければならない。生徒が相談に来ることがあるからだ。生徒会長はたいてい何かの用事で外へ出ているので、先輩たちが忙しい時は、ジョシュアと私で留守番していた。
「ゾフィーは、古い書物を借りに図書室へ……」
言い終える前に、
「ちょうど良かった。話したいことがあるんだ。来てくれ」
こそこそした様子で、私を連れて中庭のほうへ向かう。
「どちらへ?」
「そうだな、温室にしようか。あそこなら話を聞かれにくい」
温室に着くと、オリバー先輩は困ったように切り出した。
「率直に言うと、この学園では、記憶操作の魔法や人心に干渉する魔法――例えば、魅了系魔法の使用は一切禁止されている。使用した時点で退学だ。理由は……説明したほうがいいか?」
その必要はないと、私は口を開いた。
「モラルに反する行為だから」
「内容次第では人権侵害、最悪、犯罪行為に当たる。この手の魔法は本来、国から許可を与えられた魔法使いが、主に犯罪者に対して行使する。生徒が生徒に対して行うなんてことは許されない」
毅然としたオリバー先輩の言葉に、胃の辺りがキリキリと痛んだ。
「わざわざ生徒たち一人一人に言い聞かせないのは、この手の魔法が非常に高度で、容易に扱えるものではないからだ。習得したいと思っても、普通は習得できない。才能があれば別だが。なぜ俺が君にこんな話をするのか、賢い君なら分かると思う」
――私がゾフィーのことをかばっていると、会長は気づいておられるんだわ。
「仮に君が、好きでもない男を好きになるような魔法をかけられたら、どう思う? 魔法が解けた時には、君はすでにその男のもので、取り返しのつかない状況になっていたら?」
――ゾフィーはそんなことしないわ。
言い返したい気持ちをぐっと堪えて、会長の言葉に耳を傾ける。
「俺だって、こんな説教臭いことは言いたくない」
オリバー先輩は、自身の髪の毛をぐしゃぐしゃに乱しながら言った。
「だがそういった事態が、過去、この学園で起きているんだ。だから見過ごせない」
先輩の言うことは正しい。
けれど私にも譲れないものがあった。
口を固く閉ざしたままの私に、オリバー先輩はため息をつく。
「先輩として忠告はしておいたからな。頼むからこれ以上、面倒事は起こさないでくれよ。マーガレットは君のことを気に入ってるんだ。どうかあいつをがっかりさせないでくれ」
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