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ようやく彼に振り向いてもらえた
しおりを挟む「待ってよ、エマ」
校舎を出て、しばらく歩いたところで呼び止められ、ドキッとした。
追いかけてきたのがジョシュアだったからだ。
「医務室の扉が少し開いてたから、誰か来たのかと思って……」
振り返るとゾフィーの姿はなく、ジョシュア一人だった。
慌てた様子で、息を切らせている。
「やっぱりエマだったか」
嘘をつくのは苦手なので、正直に認めた。
「……お二人の邪魔をしては悪いと思いまして」
「その、僕たちの話、聞いてた?」
嘘が付けないので黙っていると、沈黙を肯定と受け取ったのか、
「そうか、聞いてしまったんだね」
がっくりと肩を落として、ジョシュアは途方に暮れたような顔をする。
それからこわごわと私の顔を見つつ、
「怒ってるよね?」
私は少し考えて口を開いた。
「貴方のことが分からなくなりました」
「分からないって?」
「なぜゾフィーに辛く当たるのですか? 彼女をいじめの被害から救った貴方が」
「僕は何もゾフィーを庇っていたわけじゃないよ。むしろ救ったのは、ゾフィーをいじめる学生らのほうさ」
意味がわからないと首を傾げる私に、ジョシュアは苦笑いを浮かべている。
「エマは気づいていないようだけど、ゾフィーはただ黙っていじめられるような、ひ弱な生徒じゃない。執念深くて、やられたら倍にしてやり返す性質だ。現に彼女をいじめた学生たちは、それぞれ報復を受けている。大切な物を壊されたり、足を滑らせて怪我をしたり――」
「で、でも、ゾフィーがやったという証拠は……」
「無いよ。だから彼女は恐ろしいんだ」
私はなおも反論した。
「偶然という可能性も……」
「ゾフィーを校舎裏に呼び出して、水をかけた女子生徒は、数日後、誤って川に落ちて溺れかけた。また、ゾフィーを気絶させて服を脱がせた女子生徒は、後日、泣きながら全裸でうろついているところを教師に見つかり、保護された」
思わず絶句した私に、先ほどの二人の会話が脳裏に蘇る。
『彼女たちを締め上げて、吐かせたの。貴方の差金だと白状したわ』
『平民の分際で、貴族のご令嬢に手を上げたの?』
『大丈夫よ、記憶は消しておいたから』
「生徒会でも彼女のことはマークしていたんだけど、なにせ証拠がない。それでゾフィーのことを嫌っている三人組を利用させてもらった。君がゾフィーのことを避けるように仕向けて欲しいとお願いしたんだ。できることなら、ゾフィーを君に近づけたくなかったし。親密になって欲しくなかった……まあ、これは僕の勝手な願望だけど……」
「だったらさっきのは――」
「彼女は自白した。これから会長にそのことを報告するつもりだよ」
――それでジョシュアは、わざとあんなひどい言い方をしたのね。
「……けれど、ゾフィーは悪い子ではありません」
「エマ……」
「元はといえば、ゾフィーをいじめた人たちが悪いのだし」
「とはいえ過剰防衛はよくない、エマだって分かってるだろ」
ジョシュアの言うことは正しい。
それでも私は頑なに言い張った。
「ゾフィーは気性が激しいだけで、いい子ですわ。わたくしの友人ですもの」
「……会長には報告するなって言いたいの?」
黙って彼の目を見つめると、「わかったよ」とふてくされたような声を出す。
「会長には黙ってる」
「ありがとうございます、ジョシュ」
「婚約者の頼みだからね」
その言葉を聞いて、少しくらい自惚れてもいいのだろうかと思った。
そんな私を見て、ジョシュアは意地悪な表情を浮かべる。
「その代わり、エマも僕の頼みをきいてくれないと」
「わたくしにできることでしたら……」
「抱きしめていい?」
んん? と聞き返すと、
「今すぐ、ここで」
ぽかんとしていると、次の瞬間には彼の腕の中にいた。
あまりの近さに、私はうろたえ、震えてしまう。
「大好きだ……大好きだよ、エマ」
掠れたような、小さな小さな声。
少しでも離れていたら、聞き取れなかっただろう言葉は、私の耳に確かに届いていた。
――告白するなら、今しかない。
ジョシュアの行動に後押しされるように、私は口を開いた。
勇気を奮って、声を絞り出す。
「わ、わたくしも……」
ジョシュアに負けじと劣らず、小声だったけれど、
「も? 何?」
こういう時だけ通常トーンで促されて、「ううっ」と羞恥心をこらえる。
「言ってよ、エマ」
「だ、だ、大好き……です」
「誰を?」
――言わなくても分かるでしょう。
「誰のことが大好きなの?」
ジョシュアもしつこい。
「貴方の……ジョシュのことが」
「嬉しいよ、エマ」
後半は無理やり言わせたくせに、とろけるような笑みを浮かべている。
息が苦しくなるほどぎゅうぎゅうに抱きしめられて、今にも気絶してしまいそうだ。
――でも幸せ、だわ。
ようやく彼に振り向いてもらえた。
これまでの努力が報われたのだと思い、私は涙をこらえて笑った。
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