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顔色が先ほどよりも悪くなっていますわ
しおりを挟む魔法戦のルールはいたって簡単だ。
制限時間内に魔法を使って相手の王冠を奪えば勝利。
その時間が早ければ早いほど加点されるが、敗者は無得点となる。
結果はジョシュアの勝利に終わった。
ゾフィーは持ち前の負けん気の強さで、ぎりぎりまで粘っていたが、ジョシュアのほうが上手だった。得意の光魔法で目くらまし効果を狙ったゾフィーを、ジョシュアは雷鳴で牽制しつつ、最後には上級魔法を使って熱風を起こし、王冠ごと彼女を上空に巻き上げてしまった。
ゾフィーは無傷だったが、受身をとるので精一杯だったようだ。彼女の頭上にあった王冠は輝きを放ちながら地面に落ちて転がり、ジョシュアの足元で動きを止めた。
彼が王冠を手にした瞬間、わあっと周囲から歓声があがった。
気づけば私も試合に見入ってしまい、拍手していた。
「あの馬鹿。魔力の使いすぎだ」
呆れたようなオリバー先輩の言葉を聞いて、はっとする。
「まだ仕事が残ってるっつうのに……今にぶっ倒れるぞ」
慌ててジョシュアに視線を戻すと、彼はちょうど人垣をかき分けて、私たちのいる方向へ歩いてくるところだった。笑顔ではあったものの、足取りに力はなく、顔色も悪い。
「エマ、勝ったよ」
「情けねぇな、それが優勝者の顔か?」
「……会長、まだいたんですか」
「露骨に嫌そうな顔をするな。地味に傷つく」
オリバー先輩はちらりと私を見ると、
「エメリン嬢、こいつを医務室に連れて行ってくれ。少し休んだほうがいい」
「その必要はありません」
「いいえ、ダメです。行きましょう」
最初は抵抗していたジョシュアだったが、しびれを切らした私が強引に彼の手を引いて歩き出すと、大人しくついてきた。口数も少なくなり、ちらちらと私を見る。
「僕の試合、どうだった?」
「殿下もゾフィーも素晴らしくて、自分の未熟さを思い知りました」
「……ゾフィー・ドロテア嬢の話は聞きたくない」
彼女のことを意識してしまうから?
上位魔法をマスターしたのも、ゾフィーにいいところを見せたかったからでしょ?
そんな卑屈なことを考えてしまう自分が嫌いだ。
「エマ」
ぎゅっと強く手を握り返されて、のろのろと顔を向ける。
「僕を見てよ」
言われた通り、じっと見つめて、あることに気づいた。
「顔色が先ほどよりも悪くなっていますわ」
「……そういうことじゃなくて」
「医務室に急ぎましょう」
***
よほど疲れていたのか、医務室のベッドに横になるなり、ジョシュアは眠りに落ちてしまった。養護教諭の見立てでは、魔力の消費が激しいため、しばらくは安静にするように、とのこと。
完全に告白するタイミングを失い、私は泣く泣く医務室を後にした。
魔法祭が終わっても、生徒会の仕事は終わらない。天幕や大道具の解体作業、ゴミの回収に小道具の後片付け――他の生徒たちと協力して行い、それが終わったら反省会と打ち上げの準備。もちろん報告書の作成も残っている。
打ち上げの参加は自由なので、私は辞退させてもらった。競技にはほとんど参加していないとはいえ、既に疲労困憊だったし、迎えの馬車を長く待たせるわけにもいかない。
帰る前に医務室に立ち寄るとそこには先客がいて、
――ゾフィー……?
「あれであたしに勝ったと思わないでくださいね」
「負け犬の遠吠えは見苦しいな」
「正直、殿下の本性を知った時は幻滅しましたけど……」
「エマの前で猫を被っている君に言われたくない」
二人とも話に夢中で、私の存在に気づいていないみたい。
中途半端に扉を開けたまま、動けずにいる私をよそに、二人の会話はなおも続いた。
「そのセリフ、そのままお返しします。あたしは殿下ほど腹黒くありませんから」
「……彼女を独占しようとしたくせに」
「だからあんな汚い手を使ったの?」
ゾフィーは興奮したように声を荒らげた。
丁寧な言葉遣いもやめて、ジョシュアに食ってかかる。
「下手な小細工をして、あたしから彼女を遠ざけるつもりだったのね」
「何の話?」
「とぼけないで。全部知ってるんだから」
ふうと一息ついて、ゾフィーは続ける。
「彼女たちを締め上げて、吐かせたの。貴方の差金だと白状したわ」
「平民の分際で、貴族のご令嬢に手を上げたの?」
嘲笑を含んだ声に、本当に彼はジョシュアなの? と不安になった。
「大丈夫よ、記憶は消しておいたから」
「いじめられっ子が、たくましくなったものだね」
「上級魔法を使えるのは、何も貴方だけではないのよ」
「副会長が僕を狙ってるなんて馬鹿な噂を広めた張本人が、よく言う」
ジョシュアの口からマーガレット先輩の話題が出てきて、思わず聞き耳をたててしまう。
「会長以外の男なんて眼中にないよ、副会長は。主に仕事の面だけど」
マーガレット先輩がオリバー先輩のことを……?
衝撃の事実を知って、噂がデマだったことなんてどうでもよくなってしまう。
――あのお二人なら完璧だわ。
「これでおあいこでしょ」
「それで、君は何がしたいの? エマに近づかせないよう、僕を脅すつもり?」
「あたしたちの友情を壊そうとしないで」
ゾフィーの声は凛としていて、美しかった。
「エメリンは大切な友達なの。生まれて初めて、友達になろうって言ってくれた人なの。だから……」
私は黙って、その場から立ち去った。
純粋に私のことを慕ってくれたゾフィー、大切な友達だと言ってくれた。
――それなのに私は……。
内心、自己嫌悪の嵐だった。
そして訳が分からないのが、ゾフィーに対する、ジョシュアのあの辛辣な態度。
――らしくないわ。平民の分際で、なんて言葉。
あまりにも攻撃的すぎる。
それとも私が知らないだけで、あれこそが彼の本当の姿なのだろうか。
――いいえ、ジョシュは優しい人よ。
もう誰のことも疑わない――疑いたくないと強く思った。
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