婚約者の浮気現場を目撃したら、魔力が暴走した結果……

四馬㋟

文字の大きさ
上 下
8 / 23

顔色が先ほどよりも悪くなっていますわ

しおりを挟む




 魔法戦のルールはいたって簡単だ。



 制限時間内に魔法を使って相手の王冠を奪えば勝利。

 その時間が早ければ早いほど加点されるが、敗者は無得点となる。



 結果はジョシュアの勝利に終わった。



 ゾフィーは持ち前の負けん気の強さで、ぎりぎりまで粘っていたが、ジョシュアのほうが上手だった。得意の光魔法で目くらまし効果を狙ったゾフィーを、ジョシュアは雷鳴で牽制しつつ、最後には上級魔法を使って熱風を起こし、王冠ごと彼女を上空に巻き上げてしまった。



 ゾフィーは無傷だったが、受身をとるので精一杯だったようだ。彼女の頭上にあった王冠は輝きを放ちながら地面に落ちて転がり、ジョシュアの足元で動きを止めた。



 彼が王冠を手にした瞬間、わあっと周囲から歓声があがった。

 気づけば私も試合に見入ってしまい、拍手していた。



「あの馬鹿。魔力の使いすぎだ」



 呆れたようなオリバー先輩の言葉を聞いて、はっとする。



「まだ仕事が残ってるっつうのに……今にぶっ倒れるぞ」



 慌ててジョシュアに視線を戻すと、彼はちょうど人垣をかき分けて、私たちのいる方向へ歩いてくるところだった。笑顔ではあったものの、足取りに力はなく、顔色も悪い。



「エマ、勝ったよ」

「情けねぇな、それが優勝者の顔か?」

「……会長、まだいたんですか」

「露骨に嫌そうな顔をするな。地味に傷つく」



 オリバー先輩はちらりと私を見ると、



「エメリン嬢、こいつを医務室に連れて行ってくれ。少し休んだほうがいい」

「その必要はありません」

「いいえ、ダメです。行きましょう」



 最初は抵抗していたジョシュアだったが、しびれを切らした私が強引に彼の手を引いて歩き出すと、大人しくついてきた。口数も少なくなり、ちらちらと私を見る。



「僕の試合、どうだった?」

「殿下もゾフィーも素晴らしくて、自分の未熟さを思い知りました」

「……ゾフィー・ドロテア嬢の話は聞きたくない」



 彼女のことを意識してしまうから?

 上位魔法をマスターしたのも、ゾフィーにいいところを見せたかったからでしょ?



 そんな卑屈なことを考えてしまう自分が嫌いだ。



「エマ」



 ぎゅっと強く手を握り返されて、のろのろと顔を向ける。



「僕を見てよ」



 言われた通り、じっと見つめて、あることに気づいた。



「顔色が先ほどよりも悪くなっていますわ」

「……そういうことじゃなくて」

「医務室に急ぎましょう」




 ***




 よほど疲れていたのか、医務室のベッドに横になるなり、ジョシュアは眠りに落ちてしまった。養護教諭の見立てでは、魔力の消費が激しいため、しばらくは安静にするように、とのこと。



 完全に告白するタイミングを失い、私は泣く泣く医務室を後にした。



 魔法祭が終わっても、生徒会の仕事は終わらない。天幕や大道具の解体作業、ゴミの回収に小道具の後片付け――他の生徒たちと協力して行い、それが終わったら反省会と打ち上げの準備。もちろん報告書の作成も残っている。



 打ち上げの参加は自由なので、私は辞退させてもらった。競技にはほとんど参加していないとはいえ、既に疲労困憊だったし、迎えの馬車を長く待たせるわけにもいかない。



 帰る前に医務室に立ち寄るとそこには先客がいて、



 ――ゾフィー……?



「あれであたしに勝ったと思わないでくださいね」

「負け犬の遠吠えは見苦しいな」

「正直、殿下の本性を知った時は幻滅しましたけど……」

「エマの前で猫を被っている君に言われたくない」



 二人とも話に夢中で、私の存在に気づいていないみたい。

 中途半端に扉を開けたまま、動けずにいる私をよそに、二人の会話はなおも続いた。



「そのセリフ、そのままお返しします。あたしは殿下ほど腹黒くありませんから」

「……彼女を独占しようとしたくせに」

「だからあんな汚い手を使ったの?」



 ゾフィーは興奮したように声を荒らげた。

 丁寧な言葉遣いもやめて、ジョシュアに食ってかかる。



「下手な小細工をして、あたしから彼女を遠ざけるつもりだったのね」

「何の話?」

「とぼけないで。全部知ってるんだから」



 ふうと一息ついて、ゾフィーは続ける。



「彼女たちを締め上げて、吐かせたの。貴方の差金だと白状したわ」

「平民の分際で、貴族のご令嬢に手を上げたの?」



 嘲笑を含んだ声に、本当に彼はジョシュアなの? と不安になった。



「大丈夫よ、記憶は消しておいたから」

「いじめられっ子が、たくましくなったものだね」

「上級魔法を使えるのは、何も貴方だけではないのよ」

「副会長が僕を狙ってるなんて馬鹿な噂を広めた張本人が、よく言う」



 ジョシュアの口からマーガレット先輩の話題が出てきて、思わず聞き耳をたててしまう。



「会長以外の男なんて眼中にないよ、副会長は。主に仕事の面だけど」



 マーガレット先輩がオリバー先輩のことを……?

 衝撃の事実を知って、噂がデマだったことなんてどうでもよくなってしまう。



 ――あのお二人なら完璧だわ。



「これでおあいこでしょ」

「それで、君は何がしたいの? エマに近づかせないよう、僕を脅すつもり?」

「あたしたちの友情を壊そうとしないで」



 ゾフィーの声は凛としていて、美しかった。



「エメリンは大切な友達なの。生まれて初めて、友達になろうって言ってくれた人なの。だから……」



 私は黙って、その場から立ち去った。

 純粋に私のことを慕ってくれたゾフィー、大切な友達だと言ってくれた。



 ――それなのに私は……。



 内心、自己嫌悪の嵐だった。

 そして訳が分からないのが、ゾフィーに対する、ジョシュアのあの辛辣な態度。



 ――らしくないわ。平民の分際で、なんて言葉。 



 あまりにも攻撃的すぎる。

 それとも私が知らないだけで、あれこそが彼の本当の姿なのだろうか。



 ――いいえ、ジョシュは優しい人よ。



 もう誰のことも疑わない――疑いたくないと強く思った。


しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。

王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。 友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。 仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。 書きながらなので、亀更新です。 どうにか完結に持って行きたい。 ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

処理中です...