6 / 23
噂は噂よ。信じないわ
しおりを挟む翌日から、本格的に魔法祭に向けての準備が始まった。
各学年、クラスごとの出し物、対戦種目に向けての作戦会議や練習のために、夜遅くまで学園に残る生徒も少なくない。私たち生徒会も、当日のスケジュールを決めたり、各委員会に仕事を割り振ったりと、多忙な日々を送っている。当日の司会進行や開会式での挨拶等も生徒会の仕事だ。
「ねぇ、エメリン。最近、あたしのことを避けてない?」
授業が終わるやいなや、教室を出ようとした私の腕を掴んで、ゾフィーは言った。
内心ドギマギしながらも、平静を装って答える。
「生徒会の仕事が忙しいだけよ」
「それにしたって、全然かまってくれないし」
ゾフィーは可愛らしく頬を膨らませた。
長いまつげ越しに見上げられて、咄嗟に言い訳をしてしまう。
「ゾフィーだって委員会の仕事で忙しいはずでしょ」
「エメリンほどじゃないわ」
「それに貴女はうちのクラスの代表選手だし。楽しみにしてるわよ、魔法戦」
魔法戦は魔法祭で行われる競技種目の一つで、魔法を使って相手の持ち物――王冠を奪い合うゲームだ。個人戦と団体戦があって、総当りで獲得点数を競い合う。時間制限内に、いかに素早く相手の王冠を奪えるかが、勝敗の決め手となる。
「エメリンと殿下が参加しないんじゃ、楽勝よ」
「ゾフィーったら……」
味方からすれば頼もしい言葉だが、油断は禁物だ。
「そんなことより、エメリン。ちょっと来て」
ゾフィーは辺りを見回すと、私の腕を掴んだまま、教室の隅へと移動する。
「あたし、聞いちゃったの」
「聞いたって何を?」
小声で切り出されて、私もつられて声を潜めてしまう。
「マーガレット・サッシャがジョシュア殿下を狙ってるって噂……」
伯爵家令嬢のマーガレット・サッシャは一つ年上の先輩で、私もよく知っていた。おっとりとした雰囲気の優しげな女性で、下級生たちの面倒見も良い――私もずいぶんとお世話になっている生徒会副会長だ。
「噂は噂よ。信じないわ」
「……エメリンならそう言うと思った。でも殿下が女性に人気なのは事実よ」
「でしょうね」
苦笑いを浮かべる私を、ゾフィーはじっと見つめる。
「そう言うエメリンだって負けていないわよ」
「慰めてくれてありがとう」
「あら、お世辞じゃないわよ。現に……」
「こんなところにいたのか、エマ」
ゾフィーの声に覆いかぶさるようにして、ジョシュアの呼ぶ声が聞こえた。
「早く生徒会室に行かないと。ゾフィー・ドロテア嬢、エマを僕に返してもらえるかな?」
ジョシュアは、女であれば誰もがうっとりするだろう、甘い微笑みを浮かべている。
けれどどこか不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか。
ぼうっとしている間に手を握られ、気づけば教室の外へ連れ出されていた。
「ゾフィーと何を話していたの?」
「……たわいもない、世間話です」
「そう」
明らかに納得していない様子だったけれど、それ以上は聞いてこなかった。
***
最近、ジョシュアとの仲がぎくしゃくしている気がする。
彼をゾフィーに奪われたくなくて、私のことを好きになってもらいたくて、必死に努力しているはずなのに。彼と一緒にいても、会話に集中できない。生徒会室で仕事をしている時でさえ、マーガレット先輩のほうばかり見てしまう。
私はこれまで、恋敵ライバルはゾフィーだけだと思い込んでいた。
けれどもし、あの噂が本当だったら?
おっとりしているけれど芯が強くて、成績も学年ではトップクラス。
品行方正で容姿端麗、無愛想な私にも優しく接してくれる。
――……私に勝ち目なんて――。
弱気になってはダメだと、頬を叩いて喝を入れる。
今は目の前のことに集中しないと……。
「エメリン嬢、そこ、文章の綴り間違えてる。書き直して」
生徒会長であるオリバー・キリガンに指摘されて、私は背筋を正した。
「どこですか?」
「そこだよ、そこ」
すぐ後ろから、長い腕が伸びてきて、私が手にしている書類の問題箇所を指差す。
貴公子然とした端正な顔立ちがすぐ近くにあって、不覚にもときめいてしまった。
辺境伯の長男であるオリバー・キリガンの人気は、ジョシュアに勝るとも劣らない。金髪碧眼の凛々しい顔立ち、社交的な性格で頭の回転も速く、剣の腕も立つという文武両道。その上、属性魔法を複数所持し、同時に使用することもできる上級魔法の使い手だ。
「珍しいな、考え事か?」
「すみません、すぐに直します」
「会長、あまりエマに近づかないでください」
私の後ろから覗き込んでいたオリバー先輩は、ジョシュアを見てにやっとする。
「一年の分際で生意気言うな」
「生意気で結構です。離れてください」
相手が王子とはいえ、オリバー先輩は一学生としてジョシュアに接している。
そしてなぜか、オリバー先輩に対して当たりのきついジョシュアだけど、それは兄のように彼を慕っているからだと、私も含め、皆が知っていた。だから安心して、二人のやりとりを傍観できる。
「最近やけにイラついてるなぁ。何があった?」
「……別に何も」
「嘘をつくな嘘を」
ちらりと私のほうを見ると、どういうわけか気の毒そうな顔をして、
「話を聞いてやるから来い」
「結構です」
「いいから来いって」
ジョシュアの肩に腕を回し、強引に生徒会室から連れ出してしまう。
それを見たマーガレット先輩がぼそりと言った。
「――ったく、このくそ忙しい時に」
思わず耳を疑ってしまった。
目が合うと、にこやかな笑みを浮かべて、
「気にしないで、私たちは私たちで頑張りましょう」
おっとりとした口調で言う。
先ほどの悪態は、きっと空耳に違いない。
私はこくこくとうなずいた。
14
お気に入りに追加
842
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

離れ離れの婚約者は、もう彼の元には戻らない
月山 歩
恋愛
婚約中のセシーリアは隣国より侵略され、婚約者と共に逃げるが、婚約者を逃すため、深い森の中で、離れ離れになる。一人になってしまったセシーリアは命の危機に直面して、自分の力で生きたいと強く思う。それを助けるのは、彼女を諦めきれない幼馴染の若き王で。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」

10年もあなたに尽くしたのに婚約破棄ですか?
水空 葵
恋愛
伯爵令嬢のソフィア・キーグレスは6歳の時から10年間、婚約者のケヴィン・パールレスに尽くしてきた。
けれど、その努力を裏切るかのように、彼の隣には公爵令嬢が寄り添うようになっていて、婚約破棄を提案されてしまう。
悪夢はそれで終わらなかった。
ケヴィンの隣にいた公爵令嬢から数々の嫌がらせをされるようになってしまう。
嵌められてしまった。
その事実に気付いたソフィアは身の安全のため、そして復讐のために行動を始めて……。
裏切られてしまった令嬢が幸せを掴むまでのお話。
※他サイト様でも公開中です。
2023/03/09 HOT2位になりました。ありがとうございます。
本編完結済み。番外編を不定期で更新中です。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる