婚約者の浮気現場を目撃したら、魔力が暴走した結果……

四馬㋟

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噂は噂よ。信じないわ

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 翌日から、本格的に魔法祭に向けての準備が始まった。



 各学年、クラスごとの出し物、対戦種目に向けての作戦会議や練習のために、夜遅くまで学園に残る生徒も少なくない。私たち生徒会も、当日のスケジュールを決めたり、各委員会に仕事を割り振ったりと、多忙な日々を送っている。当日の司会進行や開会式での挨拶等も生徒会の仕事だ。



「ねぇ、エメリン。最近、あたしのことを避けてない?」



 授業が終わるやいなや、教室を出ようとした私の腕を掴んで、ゾフィーは言った。

 内心ドギマギしながらも、平静を装って答える。



「生徒会の仕事が忙しいだけよ」

「それにしたって、全然かまってくれないし」



 ゾフィーは可愛らしく頬を膨らませた。

 長いまつげ越しに見上げられて、咄嗟に言い訳をしてしまう。



「ゾフィーだって委員会の仕事で忙しいはずでしょ」

「エメリンほどじゃないわ」

「それに貴女はうちのクラスの代表選手だし。楽しみにしてるわよ、魔法戦まほうせん



 魔法戦は魔法祭で行われる競技種目の一つで、魔法を使って相手の持ち物――王冠を奪い合うゲームだ。個人戦と団体戦があって、総当りで獲得点数を競い合う。時間制限内に、いかに素早く相手の王冠を奪えるかが、勝敗の決め手となる。



「エメリンと殿下が参加しないんじゃ、楽勝よ」

「ゾフィーったら……」



 味方からすれば頼もしい言葉だが、油断は禁物だ。



「そんなことより、エメリン。ちょっと来て」



 ゾフィーは辺りを見回すと、私の腕を掴んだまま、教室の隅へと移動する。



「あたし、聞いちゃったの」

「聞いたって何を?」



 小声で切り出されて、私もつられて声を潜めてしまう。



「マーガレット・サッシャがジョシュア殿下を狙ってるって噂……」



 伯爵家令嬢のマーガレット・サッシャは一つ年上の先輩で、私もよく知っていた。おっとりとした雰囲気の優しげな女性で、下級生たちの面倒見も良い――私もずいぶんとお世話になっている生徒会副会長だ。



「噂は噂よ。信じないわ」

「……エメリンならそう言うと思った。でも殿下が女性に人気なのは事実よ」

「でしょうね」



 苦笑いを浮かべる私を、ゾフィーはじっと見つめる。



「そう言うエメリンだって負けていないわよ」

「慰めてくれてありがとう」

「あら、お世辞じゃないわよ。現に……」



「こんなところにいたのか、エマ」



 ゾフィーの声に覆いかぶさるようにして、ジョシュアの呼ぶ声が聞こえた。



「早く生徒会室に行かないと。ゾフィー・ドロテア嬢、エマを僕に返してもらえるかな?」



 ジョシュアは、女であれば誰もがうっとりするだろう、甘い微笑みを浮かべている。

 けれどどこか不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか。



 ぼうっとしている間に手を握られ、気づけば教室の外へ連れ出されていた。



「ゾフィーと何を話していたの?」

「……たわいもない、世間話です」

「そう」



 明らかに納得していない様子だったけれど、それ以上は聞いてこなかった。





 ***






 最近、ジョシュアとの仲がぎくしゃくしている気がする。



 彼をゾフィーに奪われたくなくて、私のことを好きになってもらいたくて、必死に努力しているはずなのに。彼と一緒にいても、会話に集中できない。生徒会室で仕事をしている時でさえ、マーガレット先輩のほうばかり見てしまう。



 私はこれまで、恋敵ライバルはゾフィーだけだと思い込んでいた。

 けれどもし、あの噂が本当だったら?



 おっとりしているけれど芯が強くて、成績も学年ではトップクラス。

 品行方正で容姿端麗、無愛想な私にも優しく接してくれる。



 ――……私に勝ち目なんて――。



 弱気になってはダメだと、頬を叩いて喝を入れる。

 今は目の前のことに集中しないと……。



「エメリン嬢、そこ、文章の綴り間違えてる。書き直して」



 生徒会長であるオリバー・キリガンに指摘されて、私は背筋を正した。



「どこですか?」

「そこだよ、そこ」



 すぐ後ろから、長い腕が伸びてきて、私が手にしている書類の問題箇所を指差す。

 貴公子然とした端正な顔立ちがすぐ近くにあって、不覚にもときめいてしまった。



 辺境伯の長男であるオリバー・キリガンの人気は、ジョシュアに勝るとも劣らない。金髪碧眼の凛々しい顔立ち、社交的な性格で頭の回転も速く、剣の腕も立つという文武両道。その上、属性魔法を複数所持し、同時に使用することもできる上級魔法の使い手だ。



「珍しいな、考え事か?」

「すみません、すぐに直します」

「会長、あまりエマに近づかないでください」



 私の後ろから覗き込んでいたオリバー先輩は、ジョシュアを見てにやっとする。



「一年の分際で生意気言うな」

「生意気で結構です。離れてください」



 相手が王子とはいえ、オリバー先輩は一学生としてジョシュアに接している。



 そしてなぜか、オリバー先輩に対して当たりのきついジョシュアだけど、それは兄のように彼を慕っているからだと、私も含め、皆が知っていた。だから安心して、二人のやりとりを傍観できる。



「最近やけにイラついてるなぁ。何があった?」

「……別に何も」

「嘘をつくな嘘を」



 ちらりと私のほうを見ると、どういうわけか気の毒そうな顔をして、



「話を聞いてやるから来い」

「結構です」

「いいから来いって」



 ジョシュアの肩に腕を回し、強引に生徒会室から連れ出してしまう。

 それを見たマーガレット先輩がぼそりと言った。



「――ったく、このくそ忙しい時に」



 思わず耳を疑ってしまった。

 目が合うと、にこやかな笑みを浮かべて、



「気にしないで、私たちは私たちで頑張りましょう」



 おっとりとした口調で言う。



 先ほどの悪態は、きっと空耳に違いない。

 私はこくこくとうなずいた。





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