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もう一度、お願いします
しおりを挟む「……エマ、僕の話聞いてた?」
ぼんやりと考え事をしていた私は、「聞いていませんでした」と正直に告白した。
ふと我に返り、ジョシュアの言葉を聞き逃すなんてと、今更ながら焦ってしまう。
「もう一度、お願いします」
「ちょっと待って、僕にも一応、心の準備が……」
「準備ができたら、お願いします」
ジョシュアは「わざとやってる?」とぶつぶつ独りごとを言いながら、頬を赤らめていた。
「そういえば、もうすぐ試験期間だね」
「試験……」
その単語に、再び意識が遠ざかるのを感じた。
「もしかして自信ない?」
弱音は吐きたくないので、うなずくだけに留める。
筆記試験は勉強しだいで何とかなるものの、問題は実技試験のほうだ。
「エマなら大丈夫だよ」
教室に入ってすぐ、数人の女子学生と目が合った。
彼女たちは慌てて目をそらすと、自分たちの話題に戻ってしまう。
化粧室でゾフィーと口論していた生徒たちで、あれ以来、私たちのことを避けているようだった。もっともゾフィーは、絡まれずに済んで良かったと清々しているようで、私もあまり気にしていない。
それよりも目下の悩みは、試験をどうやってパスするかだ。
別棟で個人授業を受けていた時は、実技試験を免除されていたので、こんな心配をすることもなかった。けれど私は何も、特別扱いされたくて、ここにいるわけではないのだ。
――もっと努力しないと……皆と同じになれるように。
胸を張って、ジョシュアの隣に立てるように。
***
マナークラスとダンスクラスは、大丈夫だと思う。
すでに公爵家の家庭教師にみっちり仕込まれているから。
頭が痛いのは魔法クラス。
「そんなに魔力があるんだから、魔法だって使いたい放題じゃない。がんがん練習すればいいのよ」
食堂で美味しそうに山盛りランチを食べながら、ゾフィーがアドバイスをくれる。
細身で小柄なくせに、よく食べる。
太りにくい体質なのだろうと、妬ましさを覚えつつ、口を開いた。
「簡単に言わないでよ」
「もちろん実技の練習はしてるんでしょう?」
「していることはしているけど……」
「たとえばどんな?」
水を凍らせたり、冷たい風を起こしたり、水を凍らせたり……
「やることがちっさっ」
ゾフィーはゲラゲラと笑い出す。
「そんなんじゃ、いつまで経っても魔法の腕は上達しないし、体内の魔力も消費されないわよ」
魔法の行使には体内で作られる魔力が必要で、裏を返せば、魔法を使わないと、魔力が体内に蓄積され続ける。そして必要以上に蓄積されると、無意識のうちに漏れ出してしまうらしい。
――私はただでさえ、体内で生成される魔力量が、人よりも多いから。
「大きな魔法を使って、失敗でもしたら……」
「失敗したっていいじゃない」
「でも、周りに迷惑が……」
「魔法専用の練習場を使えばいいのよ。エメリン、ここをどこだと思ってるの?」
そういえばそうだった。
「生徒会役員のエメリンなら教師に顔が利くし。練習場の使用許可なんてすぐ下りるわよ」
失敗なくして成功はない。
また挑戦なくして成功もなし。
「昔の偉い魔法使いがそう言ってたでしょ」
確かにその言う通りだと納得する。
「そうね、やってみるわ」
「エメリンは属性魔法が得意なのよね」
「得意というより、ほぼそれしかできないの」
ちなみにジョシュアは火・風・雷の三つの属性が使える。
ゾフィーにいたっては、レアな光属性だ。
「氷属性……というか、冷気属性?」
「そう。水属性から派生したものなのに、水系も苦手で……冷水なら出せるんだけど」
「水属性のほうが氷属性から派生したという説もあるから」
ゾフィーは慰めるように言う。
「試しに雪を降らせるなんてどう? 天候を操る魔法なんて、かっこいいじゃない?」
「今のレベルでは無理よ。そもそも一人で扱える魔法ではないし」
大掛かりな魔法を使うには、それに見合うだけの魔力量と知識が必要となる。
人数が多ければ多いほど、効力は持続するし、得られる効果も大きい。
「なら、氷でお城を造ってみるとか」
「それだと造形魔法にならない?」
「試しに何か作ってみてよ」
指先をカップの中にある水に浸して、魔力を注ぎ込む。
以前受けた造形魔法の授業では、元となる材料が土だったため、何も生み出せなかったけれど、水なら何とかなりそうだ。目を閉じて、意識を集中する。
「やるじゃない、エメリン」
こわごわ目を開けると、カップの中の水は、大きな雪の結晶に形を変えていた。
「そのまま得意分野を伸ばしていけばいいのよ。貴女なら、いずれ上級魔法も使えるようになるわ」
「相談に乗ってくれてありがとう、ゾフィー」
「気にしないで。あたしたち、友達でしょ?」
そう言って、ゾフィーは恥ずかしそうに笑う。
「そうだ、これ。あたしがもらってもいい?」
「氷だから、すぐに溶けるわよ」
「平気……ほらっ。今、状態保存の魔法をかけたから」
壊れないよう、雪の結晶をそっと指先でつまむと、ゾフィーはそれを光にかざした。
「……綺麗」
大きな瞳をきらきらさせて、うっとりとしている。
よほど気に入ったのねと私は笑った。
そんな私たちを、ジョシュアが不安げに眺めていることにも気づかずに。
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