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連載
書籍化記念SS 「幸せな二人」
しおりを挟む――いい天気だわ。
穏やかな午後の日差しを浴びながら、メアリはアキレスを誘って散歩に出ていた。
城の庭園は美しい花々によって彩られ、甘やかな香りで満ちている。
――今日こそ、アキレス様に伝えないと。
メアリは懐妊していた。まだ三月も経っていないが、性別も分かっている。
精霊たちがこっそり教えてくれた。男の子だ。
――分かった時は嬉しくてたまらなかった。
愛する人と結ばれて、それだけで十分幸せだと思っていた。
まさか立て続けに幸運が訪れるなんて。
――この子だけは、何があっても守り抜くわ。
腹部に触れるたびに、母親になった喜びを感じる。
早くアキレスにも、このことを伝えたいと思った。
――きっと彼も喜んでくれるはず……。
大切なことだからこそ、間接的にではなく、自分の口から直接彼に伝えたい。
そう思い、周囲には厳しく口止めしておいた。
精霊たちも協力してくれたおかげで、アキレスは未だ、我が子の存在を知らずにいる。
――さあ、勇気を出すのよ、メアリ。
マリッジブルーに陥り、結婚のことで悩んでいたアルガに、一人で抱え込んでいてはだめだ、そういう時こそ、相手と話し合うべきだと偉そうにアドバイスしたのは誰だったか? 妊娠の報告もろくにできないなんて彼女に知られたら、きっと呆れられてしまうだろう。
「メアリ、どうした? 疲れたのか?」
優しく気遣ってくれる夫に手を引かれて、四阿で休憩する。
メアリは軽く深呼吸すると、あえてアキレスの隣には座らず、向かい側に腰を下ろした。
「アキレス様、お話があります」
さて、子どもができたことをどうやって切り出すべきか、メアリが悩んでいると、
「分かっている、メアリ。そんな暗い顔をするな」
なぜか真面目な顔をしたアキレスに先を越されてしまい、ドキッとした。
「ここ最近、君が何かに思い悩んでいることには気づいていた」
確信のこもった彼の声を聞いて、息を飲むメアリ。
ほっとする一方で、一体どこで情報が漏れたのかしらと不安になる。
「ノエもぼやいていたからな、どれほど愛し合っていても、結婚後は様々な問題に直面すると」
「でしたら……」
「ああ、信じてくれ。俺は君を愛している。君を傷つけるようなことだけは断じてしない」
ということは、彼は既に知っているのだ。
自分が妊娠していることを。
「男の子ですわ」
腹部を優しく押さえながら、メアリは囁くような声で打ち明ける。
「メアリ、よく聞こえなかった。今、何と言った? 男?」
「ええ、男の子です。私、この子のことが愛おしくてたまりませんの」
次の瞬間、サーと真っ青になったアキレスだったが、
「どこの男だ?」
拳を震わせて、低い声を出す。
「俺はてっきり、君が俺の浮気の心配をしているのかと思ったが……違うのだな」
怒りを露わにするアキレスを見て、メアリは慌ててしまう。
どうやら会話が嚙み合っていなかったらしく、誤解が生じてしまったらしい。
「俺の女に手を出すとはいい度胸だ。目にもの見せてやる」
「アキレス様、どうか落ち着いて……私の話を聞いてください」
「そうだな、教えてくれ、メアリ。相手の男の名を。そいつは今、どこにいる?」
早とちりした夫が暴走する前に、メアリは咄嗟に彼の手を掴んだ。
その手をそのまま、自分の腹部に強く押し付ける。
「ここです、アキレス様。分かりませんか?」
一瞬だけぽかんとしていたアキレスだったが、
「……男の子か?」
「はい、男の子です」
次の瞬間、高く抱き上げられたメアリは夫の嬉しそうな笑い声を聞いた。
つられて笑い出したメアリは、人生最大の喜びを夫婦で分かち合っていた。
END
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