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連載
幸せな結婚式①
しおりを挟むアキレスとの結婚式を目前に控え、メアリは落ち着かず、衣装部屋の中を行ったり来たりしていた。そんなメアリを、アルガが心配そうに眺めている。
「少しは落ち着いたら? って無理な話よね」
「お式で失敗したらどうしましょう。もしもアキレス様に恥をかかせてしまったら……」
「心配しすぎ。リハーサルでも一度も失敗しなかったでしょ? メアリなら大丈夫よ」
「本番とリハーサルじゃ、雰囲気が全く違うもの。きっと何かやらかすに決まってるわ」
「その時は皆でフォローするから……って、そういえばあいつらがいない」
呆れたように辺りを見回すアルガに、メアリは笑いながら答えた。
「あの子たちなら厨房に入り浸りよ。式で振舞われる料理のことで頭がいっぱいみたい。お菓子は出るのかって心配していたもの」
「……あいつら」
「でも大丈夫よ。念の為に、私が都一番の洋菓子店に大量の焼き菓子を注文しておいたから。あの子たちの好みに合うよう、甘めにね。お昼頃には届くと思うけど。精霊たちのお席も用意してもらったし。家具職人にお願いして、ミニチュアのテーブルセットを作ってもらったの。とっても可愛いんだから」
「メアリ、お菓子のこともあいつらのことも忘れていいから。今は自分のことに集中して」
「ああ、そうだったわ。お式で失敗したらどうしましょう」
「だからしないって」
言いながらアルガは、豪華なウエディングドレスを慎重な手つきで持ってくる。
それから懐中時計を見、慌ただしく準備を始めた。
「メアリ、そろそろ着替えないと」
「もうそんな時間?」
驚いて声を上げた瞬間、扉をノックする音が聞こえた。
返事をすると、応接室にいた小間使いの一人がひょっこり顔をのぞかせる。
「宮廷魔術師ニキアス・ソフォクレス様がお越しです。お会いになりますか?」
「ええ」
軽くガウンを羽織って出ていこうとするメアリに、アルガは渋い顔をする。
「いいの? メアリ。お式の前に花婿以外の男性と会ったりして」
「ニキアス様は宮廷魔術師よ。お仕事のご用で来られたかもしれないでしょ」
あまり時間もないので、いそいそと応接室へ行き、淑女の礼をする。
「お待たせして申し訳ありません、ニキアス様」
ニキアスは窓側に立ったまま、青白い顔でメアリを見つめていた。
彼に会うのは久しぶりだ。
ノエの口添えで宮廷魔術師の職に返り咲いてからというもの、かなり仕事が溜まっていたらしく、彼は職場である魔術師の塔にこもりがちで、ほとんど姿を見せなかった。メアリも仕事の邪魔をしたくなかったので自分から訪問することはなかったが、頭の片隅では彼のことを気にかけていた。
「私に何か御用でしょうか?」
式の当日でなかったら、椅子に座るよう勧め、お茶でも出してゆっくりお喋りを楽しみたいのだが、状況が状況なだけに、申し訳ない気持ちになる。
「もしかしてアキレス様の身に何か?」
「……ご結婚、なさるのですね」
ようやく口を開いたかと思えば、今更なことを訊かれて、「ええ」とメアリは困惑してしまう。
再び黙り込んだニキアスだったが、
「その結婚、取りやめていただくことはできませんか?」
珍しくあらたまった口調で言われて、面食らってしまう。
「ニキアス様、急にどうなさったのですか?」
「急に、ではありません」
首を横に振ると、彼は悲しそうに笑った。
「ずっと考えていました。ここ半年以上、ずっと。諦めようとしました。忘れようとしました。けどできなかった」
「一体何の話を……」
「僕はあなたのことが好きなんですよ、メアリ・アン王女」
真っ青な顔で愛を告げられて、思わず耳を疑ってしまう。
「今さら何を、とお思いでしょう。僕は周囲から、賢い人間だと思われているようですが、ただ記憶力がいいだけのひ弱な人間です。だから魔術に頼って生きている。その上、気持ちを表に出すことが苦手で、とても時間がかかるんです。あなたには突然に思えるこの行為も、僕にとっては、じっくり考えた末での行動で……すみません、長々と。今、さぞかし混乱されていることでしょう」
ええ、驚きましたとメアリは素直に認める。
近くにいる小間使いやアルガも興味津々な様子で二人の話を聞いていた。
「ニキアス様のお気持ちは嬉しいですが……」
「本当にっ?」
ぱっと目を輝かせた彼を、極力傷つけないよう、続ける。
「ご存知の通り、私は結婚します。アキレス・クラウディウス様と」
「……あの方を愛するように、僕を愛することはできないと?」
できないと言えば、彼を傷つけることになるだろう。
交際を申し込まれて断った経験が全くない――というか、今までアキレス以外の男性に告白されたことなど一度もないメアリは、どう対処すべきかわからなかった。バカみたいに黙ったまま立ち尽くしていると、
「お式の準備がありますので、どうかお引取りを」
見かねたアルガが助け舟を出してくれる。
しかしニキアスはじっとメアリを見つめたまま、「いやだ」と暗く低い声を出す。
「何もせずに諦めるのは、もういやなんだ」
彼が何事か呟いた瞬間、瞬く間に視界が光で覆われる。
眩い光に目がくらみ、メアリはたまらず目を閉じた。
「メアリっ」
自分を助けようと駆け寄ってくるアルガ。
彼女の手が自分に届く前に、メアリは意識を失った。
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