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精霊と魔術師⑦

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 フォスター侯爵が罪人を養女として匿っている。その罪人の正体は、皇后殺害に関わったレイ王国第二王女アメリア・スタージョ。レイ王国で処刑されたはずの彼女が、フォスター候爵の企みによりセイタール帝国皇帝の愛妾になっていた。



 後宮を後にしたアメリアはその足で皇帝陛下の執務室を訪れ、謁見を求めた。

 一瞬、皇帝が自分と会ってくれないのではないかと危惧したものの、



「お会いになるそうです。どうぞお入りください」



 メアリは顎を上げて、静かに執務室に入っていった。

 皇帝の前まで来ると礼をし、いつもの御機嫌伺いの口上を述べる。

 しかしせっかちな皇帝は途中でそれを遮ると、苛立たしげに口を開いた。



「それで、余に話というのは?」

「実はキャサリン様のことで、お耳に入れたいことがございまして……」



 話が終わると皇帝は立ち上がり、落ち着きを失ったように室内をうろつき始めた。



「そんな、馬鹿なことが……キャサリンの正体がアメリア・スタージョだと」

「この目で確認いたしました。間違いありません」

「……それで、余にどうしろと?」



 まさかこんな質問をされるとは思わず、メアリは面食らった。



「陛下、彼女は罪人ですわ」

「直接手を下したのはユワンで、キャサ……アメリアではない」



 呆気にとられているメアリに、皇帝は声を潜めて訊ねる。



「この件について、誰かに話したか?」

「いいえ陛下、まっすぐこちらへ参りましたから」



 ニキアスのことはあえて伏せた。

 彼をこれ以上、巻き込みたくなかったから。



「であれば、そなたが黙っていれば済むことだな」

「…………」



 ――陛下は何を言っておられるのかしら。



 予想外のことに、頭がついていかない。



『何言ってんの? こいつ』

『愛妾の身体に溺れて、周りが見えなくなってるんじゃない?』

『先に宰相閣下のところへ行けば良かったわね』



 精霊たちの言葉を聞きながら、メアリは声を振り絞る。



「……アメリアの罪を許すおつもりですか?」

「ではどうしろと?」

「彼女に相応しい罰を与えるべきだと思います」

「つまり殺せと言うのだな。そなたにとっては、血を分けた姉妹であるのに」



 その言葉の生々しさに、メアリは青ざめていた。



「心根の優しい娘だと聞いていただけに、残念だ。余を前にして妹の命乞いもしないとは」



『メアリ、こいつの言うことに耳を傾けちゃダメだ』

『君を動揺させて、この件をうやむやにしたいだけなんだから』

『思い出して、メアリ。自分が血を分けた妹に何をされたのかを』



 殺人未遂の濡れ衣を着せられ、国を追放された。

 精霊たちが助けてくれなければ、自分はあのまま野垂れ死にしていただろう。



 メアリは怯まず、再び口を開いた。



「私が妹の命乞いをしないのは、それだけのことをされたからですわ。陛下も、そのことはご存知のはず。妹は天使の皮を被った、恐ろしい娘です。直接手を下さずとも、人を殺めることができるのですから」



 皇帝が口を開く前に、メアリは「恐れながら」と畳み掛けるように言う。 



「陛下はもしや、妹のことを愛しておられるのですか?」



 であれば悲劇としか言いようがない。

 裁かれる対象が妹ではなく、皇帝本人になってしまう。



「余がそれほど愚かな男に見えるか?」



『見える見える』

『あの女を愛妾にした時点で確定でしょ』

『危険な女ほど、魅力的に見えるものよ』



 でしたら、とメアリは慎重に言葉を選んだ。



「公明正大な皇帝陛下が、躊躇される理由を教えて頂きたく存じます。妹を処刑できない理由を」

「……あれは既に余の子どもを孕んでいる」



 予想できた答えだが、実際に言葉にされると動揺してしまう。



「あれとは、以前から関係があったのだ」



 視察に訪れたフォスター侯爵の領地で変装したアメリアに出会い、戯れで関係を持ってしまったらしい。それ以後も二人の関係は続き、アメリアは妊娠してしまう。それで急遽、愛妾として後宮に召し上げたそうだ。



『親子ほど年の離れた娘と……』

『全くけしからんなっ』

『それが貴族の世界なのよ』

『まあ早い話があの狸親父にハメられたってことだね』

『妹のほうも復讐が果たせて一石二鳥、みたいな?』

『……なんかあんたたち、ノエの口調がうつってない?』



 ――生まれてくる赤ん坊に罪はない。



 以前、精霊たちにかけられた言葉を、メアリは思い出していた。



 メアリの母親は禁忌を犯し、精霊の森を追い出された。けれど精霊たちは、メアリに罪はないと言った。生まれた赤ん坊は皆、無垢で清らかな存在だと。だから森は、あなたを受け入れたのだと。



「せめて、子どもが生まれるまで、この件を内密にしてくれないだろうか」

「……それはご命令ですか?」

「好きにとってくれてかまわない」



 何も言えず、メアリは黙って部屋を辞した。



 …………

 ………

 ……



『血も涙もない奴だと思ってたけど』

『子どもに対する愛情はあるんだねぇ』

『ユワンのことはあっさり処刑したくせに』

『あいつは成人してるし』

『自分の母親、殺してるわけだしねぇ』

『でも悔しいよね』

『結局、あの狸親父の作戦勝ちってわけか』

『アメリアが処刑されても、生まれた赤ん坊は侯爵家のものになるわけだし?』

『王族と皇帝の血を引く、高貴な赤ん坊様』

『その子がもし男の子だったら?』

『……そりゃあ――』

『馬鹿っ、メアリに聞こえるでしょっ。もっと気を遣いなさいよっ』

『わかった。ひそひそ』

『ひそひそ』









 
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