25 / 43
連載
精霊と魔術師④
しおりを挟むニキアスと別れて家に戻ったメアリは、畑で採れた野菜でスープを作っていた。玉ねぎを黄金色になるまで炒めて、小さくカットしたカボチャや人参、イモ、ハーブ類を入れて、じっくりとろみがつくまで煮詰める。
スープが完成すると、メアリはそれを鍋ごと籠に入れて、ニキアスのところへ持って行くことにした。
『差し入れ?』
「そうよ」
『何もそこまでしてやることないのに』
「長いあいだ、何も口にしていないようだから」
彼はハーブティーは飲んでいたのに、砂糖漬けの菓子には手を付けなかった。
固形物は無理でも、スープならと思って。
『心配いらないでしょ』
『この森で七日間生き抜いたんだから』
『偵察隊の子たちが言うには、水とかは魔法で出していたそうよ』
『でも食料は持ってなかったよね?』
『飢餓状態になる前に腹部に回復魔法をかけてたみたい』
『いやいやいや、そんなんで腹は膨れないでしょ』
『でも空腹で死ぬことはない』
『それで胃の調子が悪いわけか』
様子見期間とはいえ、精霊の森に自分以外の人間がいるというのも、変な感じだ。
扉をノックすると、「どうぞ」と気の抜けた声がした。
「まあ、ずいぶんと綺麗になりましたね」
「すいません、すぐに片付けますから」
「少し休憩して、食事にしません?」
テーブルの上を手早く水拭きすると、鍋を置いて、お皿を並べていく。
ニキアスは嬉しそうに近づいてきて、椅子に座った。
「いい匂いですね」
「野菜のスープです。味付けも薄めにしました。これなら召し上がれるかと思って」
「ありがたいです。ぜひ頂きます」
最初は少しずつスープを口にしていたニキアスだったが、気づけば完食していて、おかわりもしてくれた。口に合って良かったとほっとしつつ、「残りは夕食にしてください」と鍋をそのまま置いていく。
「明日はナッツや果物が自生している場所へご案内しますね。畑を作るのは時間がかかりますから、野菜は私のほうで提供します。どうせ、一人では食べきれないので」
「ただでは申し訳ないので、野菜を売って頂くというのはどうでしょう?」
『当たり前だこの野郎』
『ところで金はあるのか?』
『見たところ貧乏そうだけど……』
容赦ない精霊たちの言葉にもめげず、「これでも元宮廷魔術師ですから」と彼は胸を張って答えた。
「あまり使わないだけで、ちゃんと持ってますよ」
『それなら安心だ』
『新生活には金がかかるからな』
『あんたたち、どうしてそんなに偉そうなの?』
ニキアスははっとしたように精霊たちを見上げると、
「ということは、僕をこの森の住人として認めていただけるんですね」
期待をこめた眼差しを向ける。
『はあ? 誰がそんなこと言った?』
相変わらず上から目線の精霊たち。
『この森に住めるのは精霊だけ』
『人間なんかお呼びじゃない』
『住人というより、居候としてなら……』
『馬鹿っ、アルガっ』
『急に何を言い出すんだよっ』
『でもこの人、悪い人じゃないみたいだし』
途端、周囲にいた精霊たちまでもが色めきだった。
『これだから樹木の精霊はっ』
『人間の男にうつつを抜かした裏切り者めっ』
『何よっ。ノエとのことは女王様が認めてくださったんだからっ。あんたたちに文句を言われる筋合いはないわよっ』
『仲間より人間を取るなんて……嘆かわしい』
『お前はそれでも精霊かっ』
『うるさいわねっ。あんたたちこそ、人間みたいなこと言わないでよっ』
またもや喧嘩を始めた精霊たちに、ニキアスはぽかんとしている。
メアリはにっこりして訊ねた。
「台所をお借りしてもよろしいかしら?」
「え、ええ、もちろんです」
家から持ってきたお菓子の材料で、手早くパンケーキを焼くと、
「みんな、おやつの時間よ」
取っ組み合いの喧嘩を始めた精霊たちに声をかける。
動きが素早すぎて、部屋のあちこちで、光が明滅しているようにしか見えない。
「たっぷり糖蜜を入れて焼いたパンケーキよ。きっと美味しいと思うわ」
テーブルに、小さめに焼いた山盛りのパンケーキをどすんと置くと、精霊たちの動きがぴたりと止まった。光が一斉に集まってきて、テーブルを取り囲む。皆、息を飲んで、メアリの次の言葉を待っていた。
「さあ、召し上がれ」
『『『いただきます』』』
一心不乱でパンケーキを口に頬張る精霊たちを見、ニキアスは感心したように息を吐いた。
「見事なものですね」
「もう慣れましたから」
「僕がここにいると迷惑ですか?」
「言ったはずですわ、決めるのは精霊たちだと」
そういう意味ではないのだと、ニキアスはもどかしげに続ける。
「あなたがどう感じているのか、知りたくて」
「私の意見はあまり参考にならないかと……ただの居候ですし」
そう言うと、驚いた顔をされる。
「リィさんは、ここに住んでいるわけではないのですか?」
「ええ、普段は別のところで生活しています」
ニキアスは何やら物言いたげな顔をしていた。
やがてぽりぽりと頭を掻くと、
「詮索するのは野暮ですね」
「あら、興味を持っていただけて光栄ですわ」
笑いかけると、ニキアスは恥ずかしそうに目を伏せた。
「すみません、リィさんをどこかで見たような気がするのですが、思い出せなくて」
「こんなボロを着ていますもの。無理もありません」
その言葉に、ニキアスはまじまじとメアリを見返すと、
「もしかしてあなたはレイ王国の…………」
「今は魔女のリィです。この森にいるあいだは、そうお呼び下さい」
断固として言うと、ニキアスは「あはは」と笑ってうなずいた。
今度は無表情ではなく、しっかりと笑みを浮かべている。
「それでは、そろそろ失礼しますね」
手早く後片付けをして家を出ると、
「荷物、持ちますよ」
後ろから慌てたようにニキアスが追いかけてきた。
メアリの荷物を強引に奪って、横に並ぶ。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ご馳走になってしまって」
互いに口下手なので、黙って家まで送ってもらう。
今日は色々あって大変だったけれど、気分は悪くない。
今夜はよく眠れそうだ。
家に着くと、戸締りをして台所に入る。
温かいお茶を淹れて、お気に入りに椅子に座ると、後はゆっくりと過ごした。
応援ありがとうございます!
19
お気に入りに追加
4,600
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。