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精霊と魔術師④

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 ニキアスと別れて家に戻ったメアリは、畑で採れた野菜でスープを作っていた。玉ねぎを黄金色になるまで炒めて、小さくカットしたカボチャや人参、イモ、ハーブ類を入れて、じっくりとろみがつくまで煮詰める。



 スープが完成すると、メアリはそれを鍋ごと籠に入れて、ニキアスのところへ持って行くことにした。



『差し入れ?』

「そうよ」

『何もそこまでしてやることないのに』

「長いあいだ、何も口にしていないようだから」



 彼はハーブティーは飲んでいたのに、砂糖漬けの菓子には手を付けなかった。

 固形物は無理でも、スープならと思って。



『心配いらないでしょ』

『この森で七日間生き抜いたんだから』

『偵察隊の子たちが言うには、水とかは魔法で出していたそうよ』

『でも食料は持ってなかったよね?』

『飢餓状態になる前に腹部に回復魔法をかけてたみたい』

『いやいやいや、そんなんで腹は膨れないでしょ』

『でも空腹で死ぬことはない』

『それで胃の調子が悪いわけか』



 様子見期間とはいえ、精霊の森に自分以外の人間がいるというのも、変な感じだ。

 扉をノックすると、「どうぞ」と気の抜けた声がした。



「まあ、ずいぶんと綺麗になりましたね」

「すいません、すぐに片付けますから」

「少し休憩して、食事にしません?」



 テーブルの上を手早く水拭きすると、鍋を置いて、お皿を並べていく。

 ニキアスは嬉しそうに近づいてきて、椅子に座った。



「いい匂いですね」

「野菜のスープです。味付けも薄めにしました。これなら召し上がれるかと思って」

「ありがたいです。ぜひ頂きます」



 最初は少しずつスープを口にしていたニキアスだったが、気づけば完食していて、おかわりもしてくれた。口に合って良かったとほっとしつつ、「残りは夕食にしてください」と鍋をそのまま置いていく。



「明日はナッツや果物が自生している場所へご案内しますね。畑を作るのは時間がかかりますから、野菜は私のほうで提供します。どうせ、一人では食べきれないので」



「ただでは申し訳ないので、野菜を売って頂くというのはどうでしょう?」



『当たり前だこの野郎』

『ところで金はあるのか?』

『見たところ貧乏そうだけど……』



 容赦ない精霊たちの言葉にもめげず、「これでも元宮廷魔術師ですから」と彼は胸を張って答えた。



「あまり使わないだけで、ちゃんと持ってますよ」



『それなら安心だ』

『新生活には金がかかるからな』

『あんたたち、どうしてそんなに偉そうなの?』



 ニキアスははっとしたように精霊たちを見上げると、



「ということは、僕をこの森の住人として認めていただけるんですね」



 期待をこめた眼差しを向ける。



『はあ? 誰がそんなこと言った?』



 相変わらず上から目線の精霊たち。



『この森に住めるのは精霊だけ』

『人間なんかお呼びじゃない』

『住人というより、居候としてなら……』

『馬鹿っ、アルガっ』

『急に何を言い出すんだよっ』

『でもこの人、悪い人じゃないみたいだし』



 途端、周囲にいた精霊たちまでもが色めきだった。



『これだから樹木の精霊はっ』

『人間の男にうつつを抜かした裏切り者めっ』

『何よっ。ノエとのことは女王様が認めてくださったんだからっ。あんたたちに文句を言われる筋合いはないわよっ』

『仲間より人間を取るなんて……嘆かわしい』

『お前はそれでも精霊かっ』

『うるさいわねっ。あんたたちこそ、人間みたいなこと言わないでよっ』



 またもや喧嘩を始めた精霊たちに、ニキアスはぽかんとしている。

 メアリはにっこりして訊ねた。



「台所をお借りしてもよろしいかしら?」

「え、ええ、もちろんです」



 家から持ってきたお菓子の材料で、手早くパンケーキを焼くと、



「みんな、おやつの時間よ」



 取っ組み合いの喧嘩を始めた精霊たちに声をかける。

 動きが素早すぎて、部屋のあちこちで、光が明滅しているようにしか見えない。



「たっぷり糖蜜を入れて焼いたパンケーキよ。きっと美味しいと思うわ」



 テーブルに、小さめに焼いた山盛りのパンケーキをどすんと置くと、精霊たちの動きがぴたりと止まった。光が一斉に集まってきて、テーブルを取り囲む。皆、息を飲んで、メアリの次の言葉を待っていた。



「さあ、召し上がれ」



『『『いただきます』』』



 一心不乱でパンケーキを口に頬張る精霊たちを見、ニキアスは感心したように息を吐いた。



「見事なものですね」

「もう慣れましたから」

「僕がここにいると迷惑ですか?」

「言ったはずですわ、決めるのは精霊たちだと」



 そういう意味ではないのだと、ニキアスはもどかしげに続ける。



「あなたがどう感じているのか、知りたくて」

「私の意見はあまり参考にならないかと……ただの居候ですし」



 そう言うと、驚いた顔をされる。



「リィさんは、ここに住んでいるわけではないのですか?」

「ええ、普段は別のところで生活しています」



 ニキアスは何やら物言いたげな顔をしていた。

 やがてぽりぽりと頭を掻くと、



「詮索するのは野暮ですね」

「あら、興味を持っていただけて光栄ですわ」



 笑いかけると、ニキアスは恥ずかしそうに目を伏せた。



「すみません、リィさんをどこかで見たような気がするのですが、思い出せなくて」

「こんなボロを着ていますもの。無理もありません」



 その言葉に、ニキアスはまじまじとメアリを見返すと、



「もしかしてあなたはレイ王国の…………」

「今は魔女のリィです。この森にいるあいだは、そうお呼び下さい」



 断固として言うと、ニキアスは「あはは」と笑ってうなずいた。

 今度は無表情ではなく、しっかりと笑みを浮かべている。



「それでは、そろそろ失礼しますね」



 手早く後片付けをして家を出ると、



「荷物、持ちますよ」



 後ろから慌てたようにニキアスが追いかけてきた。

 メアリの荷物を強引に奪って、横に並ぶ。



「ありがとうございます」

「こちらこそ、ご馳走になってしまって」



 互いに口下手なので、黙って家まで送ってもらう。



 今日は色々あって大変だったけれど、気分は悪くない。

 今夜はよく眠れそうだ。



 家に着くと、戸締りをして台所に入る。

 温かいお茶を淹れて、お気に入りに椅子に座ると、後はゆっくりと過ごした。



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