18 / 43
連載
小話「栞の妖精」前編
しおりを挟む「メアリ、これ、メアリが落とした手紙でしょう?」
アルガに手渡された紙切れを見て、メアリはきょとんとした。「麗しのアキレス様、お慕い申し上げております」といった内容の恋文で、ふるふると首を横に振る。
「いいえ、私が書いたものではないわ」
「えっ?」
「……え?」
アルガは手紙をのぞきこむと、「言われてみれば、確かにメアリの筆跡じゃない」と顔をしかめる。内容が内容だけに、メアリが書いたものだと思い込んでいたらしい。
「名前は書かれていないわね」
なぜか深刻そうな顔をするアルガに、メアリも不安を覚える。
「どこでこれを見つけたの?」
「というより、拾ったの」
メアリが訪問客をもてなすために使っている部屋、応接間の隅に落ちていたという。
「どうしてそんなところに……」
「きっと、メアリに対する嫌がらせよ」
アキレスは女性に人気だからと、アルガはしたり顔で言う。
「あの方が通りかかるたびに、貴族のご令嬢たちがきゃあきゃあ騒いでいるもの」
「でも、違ったら?」
「それはそれで問題よ」
『ライバル出現だね』
『僕らが排除してあげようか?』
「お願いだから、絶対にそんなことしないでね」
にっこり笑ってきっぱり告げると「『『はい』』」と元気よく返事をしてくれる。
「ところで、紙のあいだにこんなものが挟んであったのだけど」
「#栞_しおり__#?」
年代を感じさせる古い布製の栞で、表には子猫の刺繍が施されている。
裏面には小さく、「パメラ」という名も刺繍されていて。
「パメラ……メアリの周りに、そんな名前の女性はいなかったと思うけど」
つぶやくアルガに、メアリも首を傾げる。
「とりあえず、アキレス様にご相談したほうがいいかしら」
『あ~ん、だめだめ。それだけはやめてぇ』
制止の声とともに、彼女は突然メアリの前に姿を現した。
『あの子死んじゃうからぁ、そんなことしたら死んじゃうからぁ』
甘えたような声を出して、栞にしっかりしがみついている。
桃色の毛並みをした、長靴を履いた小さな小さな猫が。
『って、なんでこんなところに精霊がうじゃうじゃいるのぉ』
キモいんですけどぉ、と猫の妖精が言う。
『うじゃうじゃとは何だっ』
『キモイとは何だっ』
『僕らのことは精霊様と呼べ、精霊様とっ』
『妖精の分際で生意気なっ』
『さらに言えばメアリは我らが女王陛下の……』
『無礼者めっ』
いきり立つ精霊たちを「まあまあ」となだめつつ、メアリは妖精に向き直った。
「あなた、この栞に宿った妖精ね」
『そうで~す』
片手を上げて返事をする妖精に、「まあ、可愛らしい」と微笑むメアリ。
一方で、
『……猫かぶりやがって』
『猫だけに』
「ああいうの、あざと可愛い系って言うんじゃない?」
『可愛くはない』
『だね』
こそこそと話す、アルガと精霊たち。
かまわず、メアリは言った。
「何か困っていることはない? 私でよければ力になるわ」
あるある、と妖精は即座に食いついてきた。
『すっごく簡単なことぉ』
「なぁに? なんでも言ってちょうだい」
『じゃあ、遠慮なくぅ』
この手紙を――恋文を誰の目にも触れないよう処分して欲しい。
妖精のお願いを聞いて、メアリは戸惑った。
「それはちょっと……」
『どうしてよぉ』
「書いた本人の許可もないのに……」
『いいのぉ。あの子のことは、あたしが一番よくわかってるんだからぁ』
お母さんか、と精霊たちがツッコミを入れる。
『誰かに読まれる前に処分するつもりだってぇ、あの子、ずっと言ってたのぉ。だからお願い~』
黙り込むメアリに、
『なによぉ、あたしの言葉が信じられない?』
そういうわけではないのだと苦笑いを浮かべる。
「誰かに読まれる前に、って、もう無理だよね? 現にわたしたち、読んじゃったし」
アルガの言葉に、メアリも同意するようにこくこくうなずく。
『だからぁ?』
「想いのこもったお手紙を、勝手に処分するなんてできないわ。それに、人の考えなんて容易く変わるものよ。以前は処分するつもりでも、今は違うかも知れない」
『それでぇ?』
「とりあえず、この手紙を持ち主に返しましょう」
そう提案するメアリに、
『姫様、後生ですから、それだけはやめてあげてください』
妖精は口調をがらりと変えて、慌てたように言った。
『死にますから、絶対。恥ずかしい思いをするとかいうレベルじゃないんで』
さすがにそこまで言われては、メアリも思いとどまるしかなく、
「どういう方なの、このお手紙を書かれた方は?」
恐る恐る訊ねると、
『教えにゃ~い』
再び、掴みどころのない、間延びした口調に戻ってしまった。
『おまえ、持ち主のところに帰りたくないのか』
『戻ったところでぇ、歓迎されるとは思えないしぃ』
『なんで?』
『あたしとこの手紙は、いわばセットみたいなものなのでぇ』
「うん、それで?」
『あの子は絶対、この手紙を自分のものだと認めない。あたしも然り、ってわけ』
どうにも納得できないと、メアリは腕組みする。
『この手紙をビリビリにするか、燃やすかしてよ、お願いだからぁ』
妖精は持ち主の情報を明かすどころか、手紙を処分してくれの一点張り。
こままでは埒があかないと感じ、
「とりあえず、この手紙をどうするかは、持ち主に会ってから決めることにしましょう」
いったん保留にする。
この人、ぜんぜん人の話聞いてくれないんですけど……と絶望的な表情を浮かべる妖精に、
「安心して、この手紙のこともあなたのこと(栞のこと)も、本人には言わないから」
『あたしのことはともかくぅ、手紙のことは誰にも言わないでよぉ』
「わかった、言わない。約束する」
『ホントにぃ?』
「少しは信用してもらわないと」
『してるよぉ』
「よかった、だったら早速だけど……』
『でもあの子のことは教えてあげな~い』
これは、弱ってしまった。
応援ありがとうございます!
18
お気に入りに追加
4,600
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。