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小話「栞の妖精」前編

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「メアリ、これ、メアリが落とした手紙でしょう?」



 アルガに手渡された紙切れを見て、メアリはきょとんとした。「麗しのアキレス様、お慕い申し上げております」といった内容の恋文で、ふるふると首を横に振る。



「いいえ、私が書いたものではないわ」

「えっ?」

「……え?」



 アルガは手紙をのぞきこむと、「言われてみれば、確かにメアリの筆跡じゃない」と顔をしかめる。内容が内容だけに、メアリが書いたものだと思い込んでいたらしい。



「名前は書かれていないわね」



 なぜか深刻そうな顔をするアルガに、メアリも不安を覚える。



「どこでこれを見つけたの?」

「というより、拾ったの」



 メアリが訪問客をもてなすために使っている部屋、応接間の隅に落ちていたという。



「どうしてそんなところに……」

「きっと、メアリに対する嫌がらせよ」



 アキレスは女性に人気だからと、アルガはしたり顔で言う。



「あの方が通りかかるたびに、貴族のご令嬢たちがきゃあきゃあ騒いでいるもの」

「でも、違ったら?」

「それはそれで問題よ」



『ライバル出現だね』

『僕らが排除してあげようか?』



「お願いだから、絶対にそんなことしないでね」



 にっこり笑ってきっぱり告げると「『『はい』』」と元気よく返事をしてくれる。



「ところで、紙のあいだにこんなものが挟んであったのだけど」

「#栞_しおり__#?」



 年代を感じさせる古い布製の栞で、表には子猫の刺繍が施されている。

 裏面には小さく、「パメラ」という名も刺繍されていて。



「パメラ……メアリの周りに、そんな名前の女性はいなかったと思うけど」



 つぶやくアルガに、メアリも首を傾げる。



「とりあえず、アキレス様にご相談したほうがいいかしら」



『あ~ん、だめだめ。それだけはやめてぇ』



 制止の声とともに、彼女は突然メアリの前に姿を現した。



『あの子死んじゃうからぁ、そんなことしたら死んじゃうからぁ』



 甘えたような声を出して、栞にしっかりしがみついている。

 桃色の毛並みをした、長靴を履いた小さな小さな猫が。



『って、なんでこんなところに精霊がうじゃうじゃいるのぉ』



 キモいんですけどぉ、と猫の妖精が言う。



『うじゃうじゃとは何だっ』

『キモイとは何だっ』

『僕らのことは精霊様と呼べ、精霊様とっ』

『妖精の分際で生意気なっ』

『さらに言えばメアリは我らが女王陛下の……』

『無礼者めっ』



 いきり立つ精霊たちを「まあまあ」となだめつつ、メアリは妖精に向き直った。



「あなた、この栞に宿った妖精ね」

『そうで~す』



 片手を上げて返事をする妖精に、「まあ、可愛らしい」と微笑むメアリ。

 一方で、



『……猫かぶりやがって』

『猫だけに』

「ああいうの、あざと可愛い系って言うんじゃない?」

『可愛くはない』

『だね』



 こそこそと話す、アルガと精霊たち。

 かまわず、メアリは言った。



「何か困っていることはない? 私でよければ力になるわ」



 あるある、と妖精は即座に食いついてきた。



『すっごく簡単なことぉ』 

「なぁに? なんでも言ってちょうだい」

『じゃあ、遠慮なくぅ』 



 この手紙を――恋文を誰の目にも触れないよう処分して欲しい。



 妖精のお願いを聞いて、メアリは戸惑った。



「それはちょっと……」

『どうしてよぉ』

「書いた本人の許可もないのに……」

『いいのぉ。あの子のことは、あたしが一番よくわかってるんだからぁ』



 お母さんか、と精霊たちがツッコミを入れる。



『誰かに読まれる前に処分するつもりだってぇ、あの子、ずっと言ってたのぉ。だからお願い~』



 黙り込むメアリに、



『なによぉ、あたしの言葉が信じられない?』



 そういうわけではないのだと苦笑いを浮かべる。



「誰かに読まれる前に、って、もう無理だよね? 現にわたしたち、読んじゃったし」



 アルガの言葉に、メアリも同意するようにこくこくうなずく。



『だからぁ?』



「想いのこもったお手紙を、勝手に処分するなんてできないわ。それに、人の考えなんて容易く変わるものよ。以前は処分するつもりでも、今は違うかも知れない」



『それでぇ?』



「とりあえず、この手紙を持ち主に返しましょう」



 そう提案するメアリに、 



『姫様、後生ですから、それだけはやめてあげてください』



 妖精は口調をがらりと変えて、慌てたように言った。



『死にますから、絶対。恥ずかしい思いをするとかいうレベルじゃないんで』



 さすがにそこまで言われては、メアリも思いとどまるしかなく、



「どういう方なの、このお手紙を書かれた方は?」



 恐る恐る訊ねると、 



『教えにゃ~い』



 再び、掴みどころのない、間延びした口調に戻ってしまった。



『おまえ、持ち主のところに帰りたくないのか』

『戻ったところでぇ、歓迎されるとは思えないしぃ』

『なんで?』

『あたしとこの手紙は、いわばセットみたいなものなのでぇ』

「うん、それで?」

『あの子は絶対、この手紙を自分のものだと認めない。あたしも然り、ってわけ』



 どうにも納得できないと、メアリは腕組みする。



『この手紙をビリビリにするか、燃やすかしてよ、お願いだからぁ』 



 妖精は持ち主の情報を明かすどころか、手紙を処分してくれの一点張り。

 こままでは埒があかないと感じ、



「とりあえず、この手紙をどうするかは、持ち主に会ってから決めることにしましょう」



 いったん保留にする。



 この人、ぜんぜん人の話聞いてくれないんですけど……と絶望的な表情を浮かべる妖精に、



「安心して、この手紙のこともあなたのこと(栞のこと)も、本人には言わないから」

『あたしのことはともかくぅ、手紙のことは誰にも言わないでよぉ』

「わかった、言わない。約束する」

『ホントにぃ?』

「少しは信用してもらわないと」

『してるよぉ』

「よかった、だったら早速だけど……』

『でもあの子のことは教えてあげな~い』



 これは、弱ってしまった。 

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