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その後の話
胡蝶、皇后陛下のお茶会に招待される
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皇后陛下に呼ばれて、久しぶりに皇后主催のお茶会に参加した胡蝶だったが、
「それで、婚約者の龍堂院一眞様はどんな方なの?」
「見るからに厳しそうな方だけど」
「女性嫌いという噂は本当?」
「あら、胡蝶様と婚約された時点でその噂はデマですわ」
「でしたらどちらから……」
「そんなの、殿方のほうからに決まっているではありませんか」
「そうですよ、女性のほうから言い寄るなんて……」
「そんなはしたないこと、胡蝶様がなさるはずありませんわ」
お茶会そっちのけで既婚の女性たちに質問攻めにされていた。その上、言外に非難されているような気がして――相手に悪気は無いのだろうけど――いたたまれなくなってしまう。けれどここで嘘をつくのは嫌だと思い、
「実は私のほうから、一眞さんに申し上げましたの。お慕いしていると」
勇気を出して打ち明ける。
はっと、周囲の女性陣が息を呑む中、
「つまり時代が変わったということですよ、これを機に、古い考えはお捨てなさい」
上座に座る皇后陛下の一言で、凍りついた場の雰囲気が急に和やかなものになる。
「全くその通りですわ」
「さすがは陛下」
「最近のお若い方はずいぶんと行動力がおありね」
「わたくしたちも見習わなければ」
胡蝶がこっそり叔母に向かって目礼すると、お礼は不要だとばかりに手を振られる。このお茶会の目的は上流貴族、特に普段は表に出てこない女性たちのための交流会である。
けれどそれはあくまで表向きの話。
実際は「女は家庭を守り、子どもを産み育てるもの」、「男性のほうがあらゆる面で能力が高く、女性は影でそれを支えるべきである」という風潮に少しでも逆らうべく、皇后が密かに女性たちの意識改革を行っているという噂だ。
「けれど実際、胡蝶様は賢い選択をなさったと思うわ」
「そうですわねぇ、貴族のお見合い結婚も近頃は大変ですし」
「いくら縁談がたくさん来ても、条件が合わないことのほうが多いもの」
「貴女の条件が厳しすぎるのではなくて?」
「そうよ。美人で賢くて従順な高位貴族の娘なんて、そうそういないわよ」
「そうかしら? けれど息子の幸福を思えば、妥協なんてできないでしょ?」
「当の本人は何て言っているの?」
「お母様の選んだ人が僕の理想の女性です、って言ってくれたわ」
「あらやだ、とんだマザ……失礼、母親思いの息子さんね」
「おたくの娘さんこそどうなの? まだ独身なんでしょう?」
「単に結婚に慎重なだけよ」
「適齢期を過ぎてもまだそんなことが言えるかしら?」
「あら、うちの娘は皇宮の女官をしておりますのよ。それに独身でも出戻り女よりはマシ……」
「ちょっと、貴女たち、ここに胡蝶様がいるのをお忘れ?」
彼女たちはハッとしたように胡蝶を見ると、ほほほと笑って誤魔化す。
「ところで、何の話をしていたかしら?」
「昨今の女性は受身ではいけない、ということよ。たとえ貴族の女性でもね」
「確かに、当人が理想の相手を見つけてくれれば、あたくしたち親の負担も減りますわ」
「高いお金を出して仲人に紹介を頼まなくてもよくなりますし」
「胡蝶様は本当に良い相手を見つけられましたわねぇ」
「私の娘にも見習って欲しいものですわ。見合い相手が気に入らないと、不満ばかり言って」
家同士の繋がりを重視する貴族にとって、結婚イコール見合いであり、恋愛結婚は非常に稀である。ここで惚れた腫れたの話題を持ち出せば、集中砲火を浴びせられるのは目に見えているので、胡蝶は黙って聞き役に徹していた。
「そういえば聞きまして? 麗子夫人の最新情報」
「まあ、何ですの? 何ですの?」
「ちょっと貴女たち、胡蝶様がいらっしゃるのに……」
私のことはどうぞお気になさらずと言って微笑むと、彼女たちは判断を仰ぐように皇后陛下の顔を見る。
「話しなさい。わたくしもぜひ聞きたいわ」
お許しが出た途端、彼女たちは一斉に喋り出した。
「あの淫売女がまた男と逢引しているそうよ」
「嘘でしょ? どこで見たの?」
「銀街のホテルよ。従姉がロビーで二人を見かけたって」
「車椅子生活でどうやって殿方の相手ができるのかしら」
「やめてよ、そんな話、聞きたくもないわ」
「ええ、ええ、全く」
「想像するのも嫌。夜眠れなくなるもの」
「それより相手の男のことが知りたいわ。詳しく教えて」
「遠目だったから、自信はないそうよ」
「見た目はどう? 容姿は整っているほうかしら?」
「ジジイに決まってるでしょ。麗子夫人の年齢を考えなさいよ」
「残念ながら若かったそうよ。ただ、貴族でないことは確かね」
「若いツバメってやつかしら」
「おこずかいをあげて相手をしてもらうなんて、惨めねぇ」
遠慮のない言葉に、胡蝶はこっそり皇后陛下のほうを盗み見るが、叔母は真剣な表情で彼女たちの会話に耳を傾けていた。
「人間、落ちるところまで落ちるとああなってしまうのね」
「そんなに男好きなら、娼館で働けばいいのよ」
「全くその通りね。話を聞くだけでも不愉快だわ」
「あの方、ご自分の姿を鏡で見たことがあるのかしら」
既婚女性の手厳しい意見に、胡蝶が冷や汗を拭っていると、
「行動的な女性というのも、ある意味考えものねぇ」
「あら、麗子夫人の場合は特別よ」
「そうね、単にモラルに欠けるというか……」
「暴走列車よ、あれは」
「燃料は?」
「それはもちろん……」
「まあ、言い得て妙ですこと」
おほほほと軽やかな笑い声が響く中、叔母は胡蝶を呼び寄せて言った。
「騒々しくてごめんなさい。そろそろ帰りたくなったのではなくて?」
「いいえ、そんな……」
「許してあげてね、彼女たちにもガス抜きは必要でしょ?」
いつも真剣な顔でゴシップ記事を読みふけっているお佳代を思い出して、「ええ」とうなずく。皇后は、そんな胡蝶を眩しげに見返すと、
「貴女の元気そうな姿を見てほっとしました。実を言えば会いたくてたまらなかったの」
これでも遠慮していたのよ、と優しく言われて胡蝶は申し訳ない気持ちになる。
皇后は国王との間に二人の子どもをもうけたものの、早くに娘を亡くしている。その娘が亡くなった翌年に胡蝶が生まれたので、胡蝶のことを娘の生まれ変わりにように思っているのだろうと、昔、紫苑が話してくれたのを思い出す。
「今後、助けが必要な時は、紫苑を通さず直接私に言いなさい」
「ありがとうございます、陛下。ですがもう、その必要はありませんわ」
「そうね、私の助けがなくても、貴女の有能な婚約者殿が何とかしてくれるでしょう」
皮肉っぽいというより、ふてくされたような顔をされて、「まあ」と胡蝶は微笑む。
「またちょくちょく顔を出してくれるわね?」
「まあ、よろしいんですの?」
「もちろんよ。せっかくだからお料理でも作って持ってくるといいわ。皆に試食させましょう」
「それはさすがに……」
「大丈夫よ、非難されることはないわ。ここのいる女性たちは進歩的な考えを持っているから。むしろ料理仲間が増えるかもしれないわよ」
年齢を感じさせない張りのある声に、とても子持ちとは思えない若々しい美貌――普段の超然とした態度からは想像も付かない、茶目っ気たっぷりの笑顔を向けられて、胡蝶もまた笑顔を返す。
「陛下にはいつもよくして頂いて……なんとお礼を言って良いか」
「その呼び方はやめてと、昔から言っているでしょう」
ツンツンと頬をつつかれて、幼い子どもに戻ったような気分だった。もっとも叔母にとっては、自分も紫苑も、未だ手のかかる子どもにしか見えていないのかもしれないが。
「ごめんなさい、#桜子_さくらこ__#叔母様」
ぱあっと嬉しそうな顔をしたのは一瞬のことで、叔母はなぜかもじもじすると、
「桜子お母様でも良かったのだけど……」
それはさずかに……とやや引き気味の胡蝶だったが、結局皇后に押し切られて、「桜子お母様」と呼ぶ羽目に。さらには「実はうちの息子、昔から貴女のことが好きだったのよ」と暴露話をされて、再びいたたまれなくなった胡蝶は、逃げるようにその場を後にした。
「それで、婚約者の龍堂院一眞様はどんな方なの?」
「見るからに厳しそうな方だけど」
「女性嫌いという噂は本当?」
「あら、胡蝶様と婚約された時点でその噂はデマですわ」
「でしたらどちらから……」
「そんなの、殿方のほうからに決まっているではありませんか」
「そうですよ、女性のほうから言い寄るなんて……」
「そんなはしたないこと、胡蝶様がなさるはずありませんわ」
お茶会そっちのけで既婚の女性たちに質問攻めにされていた。その上、言外に非難されているような気がして――相手に悪気は無いのだろうけど――いたたまれなくなってしまう。けれどここで嘘をつくのは嫌だと思い、
「実は私のほうから、一眞さんに申し上げましたの。お慕いしていると」
勇気を出して打ち明ける。
はっと、周囲の女性陣が息を呑む中、
「つまり時代が変わったということですよ、これを機に、古い考えはお捨てなさい」
上座に座る皇后陛下の一言で、凍りついた場の雰囲気が急に和やかなものになる。
「全くその通りですわ」
「さすがは陛下」
「最近のお若い方はずいぶんと行動力がおありね」
「わたくしたちも見習わなければ」
胡蝶がこっそり叔母に向かって目礼すると、お礼は不要だとばかりに手を振られる。このお茶会の目的は上流貴族、特に普段は表に出てこない女性たちのための交流会である。
けれどそれはあくまで表向きの話。
実際は「女は家庭を守り、子どもを産み育てるもの」、「男性のほうがあらゆる面で能力が高く、女性は影でそれを支えるべきである」という風潮に少しでも逆らうべく、皇后が密かに女性たちの意識改革を行っているという噂だ。
「けれど実際、胡蝶様は賢い選択をなさったと思うわ」
「そうですわねぇ、貴族のお見合い結婚も近頃は大変ですし」
「いくら縁談がたくさん来ても、条件が合わないことのほうが多いもの」
「貴女の条件が厳しすぎるのではなくて?」
「そうよ。美人で賢くて従順な高位貴族の娘なんて、そうそういないわよ」
「そうかしら? けれど息子の幸福を思えば、妥協なんてできないでしょ?」
「当の本人は何て言っているの?」
「お母様の選んだ人が僕の理想の女性です、って言ってくれたわ」
「あらやだ、とんだマザ……失礼、母親思いの息子さんね」
「おたくの娘さんこそどうなの? まだ独身なんでしょう?」
「単に結婚に慎重なだけよ」
「適齢期を過ぎてもまだそんなことが言えるかしら?」
「あら、うちの娘は皇宮の女官をしておりますのよ。それに独身でも出戻り女よりはマシ……」
「ちょっと、貴女たち、ここに胡蝶様がいるのをお忘れ?」
彼女たちはハッとしたように胡蝶を見ると、ほほほと笑って誤魔化す。
「ところで、何の話をしていたかしら?」
「昨今の女性は受身ではいけない、ということよ。たとえ貴族の女性でもね」
「確かに、当人が理想の相手を見つけてくれれば、あたくしたち親の負担も減りますわ」
「高いお金を出して仲人に紹介を頼まなくてもよくなりますし」
「胡蝶様は本当に良い相手を見つけられましたわねぇ」
「私の娘にも見習って欲しいものですわ。見合い相手が気に入らないと、不満ばかり言って」
家同士の繋がりを重視する貴族にとって、結婚イコール見合いであり、恋愛結婚は非常に稀である。ここで惚れた腫れたの話題を持ち出せば、集中砲火を浴びせられるのは目に見えているので、胡蝶は黙って聞き役に徹していた。
「そういえば聞きまして? 麗子夫人の最新情報」
「まあ、何ですの? 何ですの?」
「ちょっと貴女たち、胡蝶様がいらっしゃるのに……」
私のことはどうぞお気になさらずと言って微笑むと、彼女たちは判断を仰ぐように皇后陛下の顔を見る。
「話しなさい。わたくしもぜひ聞きたいわ」
お許しが出た途端、彼女たちは一斉に喋り出した。
「あの淫売女がまた男と逢引しているそうよ」
「嘘でしょ? どこで見たの?」
「銀街のホテルよ。従姉がロビーで二人を見かけたって」
「車椅子生活でどうやって殿方の相手ができるのかしら」
「やめてよ、そんな話、聞きたくもないわ」
「ええ、ええ、全く」
「想像するのも嫌。夜眠れなくなるもの」
「それより相手の男のことが知りたいわ。詳しく教えて」
「遠目だったから、自信はないそうよ」
「見た目はどう? 容姿は整っているほうかしら?」
「ジジイに決まってるでしょ。麗子夫人の年齢を考えなさいよ」
「残念ながら若かったそうよ。ただ、貴族でないことは確かね」
「若いツバメってやつかしら」
「おこずかいをあげて相手をしてもらうなんて、惨めねぇ」
遠慮のない言葉に、胡蝶はこっそり皇后陛下のほうを盗み見るが、叔母は真剣な表情で彼女たちの会話に耳を傾けていた。
「人間、落ちるところまで落ちるとああなってしまうのね」
「そんなに男好きなら、娼館で働けばいいのよ」
「全くその通りね。話を聞くだけでも不愉快だわ」
「あの方、ご自分の姿を鏡で見たことがあるのかしら」
既婚女性の手厳しい意見に、胡蝶が冷や汗を拭っていると、
「行動的な女性というのも、ある意味考えものねぇ」
「あら、麗子夫人の場合は特別よ」
「そうね、単にモラルに欠けるというか……」
「暴走列車よ、あれは」
「燃料は?」
「それはもちろん……」
「まあ、言い得て妙ですこと」
おほほほと軽やかな笑い声が響く中、叔母は胡蝶を呼び寄せて言った。
「騒々しくてごめんなさい。そろそろ帰りたくなったのではなくて?」
「いいえ、そんな……」
「許してあげてね、彼女たちにもガス抜きは必要でしょ?」
いつも真剣な顔でゴシップ記事を読みふけっているお佳代を思い出して、「ええ」とうなずく。皇后は、そんな胡蝶を眩しげに見返すと、
「貴女の元気そうな姿を見てほっとしました。実を言えば会いたくてたまらなかったの」
これでも遠慮していたのよ、と優しく言われて胡蝶は申し訳ない気持ちになる。
皇后は国王との間に二人の子どもをもうけたものの、早くに娘を亡くしている。その娘が亡くなった翌年に胡蝶が生まれたので、胡蝶のことを娘の生まれ変わりにように思っているのだろうと、昔、紫苑が話してくれたのを思い出す。
「今後、助けが必要な時は、紫苑を通さず直接私に言いなさい」
「ありがとうございます、陛下。ですがもう、その必要はありませんわ」
「そうね、私の助けがなくても、貴女の有能な婚約者殿が何とかしてくれるでしょう」
皮肉っぽいというより、ふてくされたような顔をされて、「まあ」と胡蝶は微笑む。
「またちょくちょく顔を出してくれるわね?」
「まあ、よろしいんですの?」
「もちろんよ。せっかくだからお料理でも作って持ってくるといいわ。皆に試食させましょう」
「それはさすがに……」
「大丈夫よ、非難されることはないわ。ここのいる女性たちは進歩的な考えを持っているから。むしろ料理仲間が増えるかもしれないわよ」
年齢を感じさせない張りのある声に、とても子持ちとは思えない若々しい美貌――普段の超然とした態度からは想像も付かない、茶目っ気たっぷりの笑顔を向けられて、胡蝶もまた笑顔を返す。
「陛下にはいつもよくして頂いて……なんとお礼を言って良いか」
「その呼び方はやめてと、昔から言っているでしょう」
ツンツンと頬をつつかれて、幼い子どもに戻ったような気分だった。もっとも叔母にとっては、自分も紫苑も、未だ手のかかる子どもにしか見えていないのかもしれないが。
「ごめんなさい、#桜子_さくらこ__#叔母様」
ぱあっと嬉しそうな顔をしたのは一瞬のことで、叔母はなぜかもじもじすると、
「桜子お母様でも良かったのだけど……」
それはさずかに……とやや引き気味の胡蝶だったが、結局皇后に押し切られて、「桜子お母様」と呼ぶ羽目に。さらには「実はうちの息子、昔から貴女のことが好きだったのよ」と暴露話をされて、再びいたたまれなくなった胡蝶は、逃げるようにその場を後にした。
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