愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活

四馬㋟

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その後の話

黒須七穂のその後の話

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 ――ついに俺も年貢の納め時かぁ。




 じめじめとした石造りの地下牢で縛り付けられ、猿轡をされた状態で七穂は地面に転がされていた。服を脱がされそうになった時はさすがに抵抗したものの――おそらくこれから爪を剥いだり、皮膚を焼かれたりする――拷問されるだろうと察し、必要以上にペラペラと喋ってしまった気がする。


「俺の知っていることはこれで全部だ。早くここから出してくれ」


 蛇ノ目に恩を感じているのは事実だが、自決して忠義を尽くすつもりは更々ない。ましてや拷問されるなんて論外だ。諜報員としてそれなりに訓練は受けているものの、痛みに対する耐性はできていないので、七穂は早々に音を上げてしまう。


 しかし、




「情報を漏らすのが早すぎる。今いち信用できないな」



 と加虐趣味のある拷問官に言われ、再び服を脱がされそうになった時はさすがに自害を意識した。その上、探るようにあちこち触られて――おそらく何か隠していないか検分しているだけだろうが、やけに執拗な手つきで、違う意味で身の危険を感じてしまう。



 ――嘘だろ、勘弁してくれよ。



 大切な何か――男としての矜持を失う前に、誰でもいいからこの地獄から俺を救い出してくれと、死んだ妹や胡蝶によく似た女神様に必死に祈りを捧げた結果、


「今日の尋問は終わりだ、出ろ」


 暗い地下牢に明かりが差し込んだ。 



 ***




 地下牢から出た後、風呂に入れられ、軽く食事が与えられた。部屋も個室で居心地がよく、それなりに快適だったが、明日もまた地下牢に入れられ、尋問されるかと思うと――次は絶対にヤられる――恐ろしさのあまり夜も眠れず、七穂はその日の晩に逃走を図った。



 ――追っ手は来ていないようだし、なんか拍子抜けだな。



 ただの人間を監禁するなら密室の個室でも十分だろうが、自分は腐っても混ざり者。どれほど小さくても換気口さえあれば、小動物に化けて難なく通り抜けられる。狸は化けるのが得意だから。



 ――さて、これからどうすっかな。



 ひとまず、万一に備えて用意しておいた隠れ家へ行こう。保存食も備蓄してあるし、山奥にあって誰も近づかないから、身を隠すには最適の場所だ。




 ――ただあそこ、やたらと蛇が多いんだよなぁ。



 隠れ家の場所は蛇ノ目にも知られていないはずだが、油断はできない。だったら隠れ家は避けて、六津や五倫のところで匿ってもらうか。いいや、あの兄弟は基本ビビりだから密告するに決まっている。


 ――なら四翅姉さんのところへ……ダメだ、新しい男ができて同棲してるんだった。


 女って奴はどうして独りでいられないのかと八つ当たりめいた悪態を付きつつ、鼠の姿でうろついていたら、危うく梟に捕まり、丸呑みにされそうになったので、慌てて人間の姿に戻る。


「おい、七穂、こっちだ」


 突然、背後から声をかけられてヒヤッとする。

 見ればそこには顔見知り程度の同僚がいて、


「……そこで何してんの?」


 名前は思い出せないが顔は覚えている。

 若い男で、いつも目の焦点が合っていないから不気味だった。


「お前を助けに来たに決まってるだろ」

「誰の命令で?」

「蛇ノ目様以外に誰がいる?}



 それもそうだ。



「悪いけど、俺はもうあの人のところへは戻れない」

「どういうことだ?」

「仕事でミスをした」



 ついでに捕まって情報を漏らしまくったことは伏せておこう。



「お前はあの方のお気に入りだ。きっと許してくださる」



 本当に? 



「現に俺を派遣したのが何よりの証拠だろ。ついてこい。安全な場所へ連れて行ってやる」



 なんかきな臭いなぁと思ったら案の定、



「七穂っ、死んで罪を贖えっ」



 そのまま、立ち寄った宿屋で寝込みを襲われて、必死に逃げ出した七穂は死に物狂いで夜道を走っていた。最初こそは腕力て抵抗していたものの、若いとはいえ、明らかに相手のほうが格上――倒すのは無理と判断し、早々に逃げの一手に徹していたのだが、



 ――あいつヤベェっ、マジでヤベェっ。



 寝ている間に身体をまさぐられた時は地下牢での悪夢を思い出してげっそりしたものの――もっとも単に武器を隠し持っていないか探るためだったらしく、深入りはしてこなかったが、まさか口の中に毒蛇をダイレクトに突っ込まれるとは思いもしなかった。


 ――抗毒血清を奥歯に仕込んどいて正解だったな。


 なにせ主人が猛毒の塊みたいな人なので抗毒血清は必需品、どんな時でも肌身離さず持ち歩いている。おかげで命は助かったものの、



 ――蛇ノ目様は本気だ。本気で俺を殺すつもりだ。



「待てっ、七穂っ」



 夜目のきく獣に化けて必死に逃げているが、元同僚はあっという間に追いついてきた。馬に化けた自分に追いついてくるなんて信じられない脚力だ。もしやあいつ山姥の混ざり者か? いや、かまいたちだったか? もうそんなことはどうでもいい。頼むから俺のことは放っておいてくれと、七穂は必死に逃げ続ける。



「捕まえたっ」



 強引に上に飛び乗られ、首を締め上げられた七穂は木にぶつかって転倒してしまう――全身が痛くてたまらない、全力疾走したから、きっと足の骨も折れているだろう。



「そのままじっとしていろ、楽に死なせてやる」


 と相変わらず目線の合わない男に言われて、「なんか俺、こういうのばっかだな」と遠い目をして自嘲する。



 ――死ぬのか、俺。



 子どもの時に二束三文で親に売り飛ばされて、人生最悪のスタートを切ってしまったものの、振り返ればそう悪くない人生だった。美味いメシも食えたし、好きな女もできた。長生きしたところでこれ以上の幸運に恵まれるとは思えないし、この辺が潮時だろう。



 ただ願わくば、地獄に落ちる前に一目妹に会って……



「生きてるか?」



 足の先で乱暴に身体を揺さぶられ、閉じていた目を開ける。



「黙って殺されるなんてらしくないな」



 いつの間にか自分の上に乗っかっていた男が消えている。それどころか口から泡を吹き、白目を剥いて倒れている。一体何が起きたのか、人の姿に戻って上体を起こした七穂は、



「龍堂院一眞……」



 ああ、こいつならこの現状にも納得できるとため息をつく。



「つーか人の身体蹴るなよな」

「脱走犯が、何か言ったか?」

「お前、わざと俺を逃がしただろ」



 気づいていたのなら話は早いと、一眞は人の悪い笑みを浮かべる。



「七穂、俺の下で働かないか?」

「いいっすよ」



 即答したにも関わらず、一眞は不満そうだ。



「正直、もっと抵抗されると思っていたが」

「そう仕向けたのはお前だろ」



 何を今更と、七穂はあきれる。



「蛇ノ目様に殺されたくなきゃ、お前の監視下に入って、お前に従うしかない。俺、あの人から逃げ切れるって思うほど、自惚れちゃいないんで」



「賢明な判断だな」

「ってか、龍堂院はどうなんだ? 俺のこと信用できんの?」


 できる、と彼もまた即答したことが意外だった。


 ――何を根拠に……まさか、百目鬼姐さんがチクったのか。


 嫌な予感は的中し、嫉妬と哀れみが混じった視線を向けられる。



「働け、俺ではなく胡蝶様のために」



 ああ、やっぱりバレているようだと、七穂は冷や汗を流しつつ俯く。



「返事は?」

「分かりました、ご主人様」



 きっとこれから先、死ぬまでこの男にこき使われることになるのだろうが、悪い気分ではなかった。自分にマゾっ気があるとかではなく、単純に好きな女のために働けることが嬉しかったからだ。胡蝶に恋をするということは、月に向かって手を伸ばすようなもので、けして報われることはないけれど。



 ――俺の人生、たぶんこっからだ。



 一回死んだつもりで再スタートを切るのも悪くはないと思い直し、七穂は顔を上げた。

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