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一方その頃、一眞は……

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 胡蝶がノアの相手をしている間、百目鬼はこっそり外へ出ると、まっすぐある場所へ向かった。店からかなり離れたところにある、人気のない空き地へ入る。



 するとそこでは、大きな黒狐相手に、二人の女が戦っていた。

 女の一人が百目鬼に気づいて駆け寄ってくる。





「遅いよ、姐さん」

「どうだい、状況は?」

「二口が髪の毛で縛って動けなくしてるけど、そろそろヤバイ」





 できるだけ目立つ行動は避けたかったが、一眞を足止めするにはこれしか方法が思いつかなかった。空き地にはなっているものの、ここは蛇ノ目が所有している私有地で、高い外壁と木々に囲まれているから、幸い人目に付くことはないだろう。





「それにしてもひどくやられたもんだねぇ、山姥。顔がズタズタに引き裂かれてるじゃないか」



「姐さん、あいつには人間の血なんて一滴も流れちゃいないよ。うちの鬼婆……ばあちゃんと同じ完全な妖怪だよ。じゃなきゃ、女の顔をこうも簡単に傷ものにできるかい?」



「命があるだけよかったじゃないか、逃げ足が早いおかげだね」



「姐さん、助けてぇ。私の自慢の髪が、引きちぎられるぅー」



「もう少し気ばんな、二口。あんたの髪は岩だって切断できるはずだろ」

「けどあいつの身体硬すぎぃー」

「そりゃあ結構なことだ。好きだろ、硬いの」



 冗談を交えながらも、百目鬼は油断ならない視線を黒狐に向ける。



「私がハゲたら、姐さんのせいだからねっ」



 今度姐さんに高い鬘買わせてやると息巻く二口を頼もしく思いながら、黒狐のほうへ近づいていく。相手はとっくに暴れるのをやめ、警戒するようにこちらを見ていた。「話はできるかい?」と訊けば、即座に獣の姿から人の姿へ戻る。



 

「お前が親玉か?」

「親玉なんてそんな上等なもんじゃないよ」

「黒須七穂という男を知っているな?」

「誰だい、その黒須というのは……」

「とぼけるのはよせ。以前、店から出てくるのを見た」

「ああ、思い出した。確かお客様でいたねぇ、そんな名前の男が」

「あくまでシラを切る気か。だったらなぜ俺を襲う? 隠したいことがあるからじゃないのか」

「他人の縄張りにずかずかやってきて、あんたこそ何様のつもりだよ」

「――胡蝶様はどこだ?」



 百目鬼を睨みつけながら、押し殺した声で言う。



「今すぐ彼女を返さなければ、店ごとお前たちを潰す」



「兄さん、どうか落ち着いておくれよ。あんた、とんだ思い違いをしているよ」



 百目鬼は相手の殺気をいなすように口調を和らげると、



「あたしらがあの娘に何をしたっていうんだい? 連れ去ったとでも言うつもりかい? あの娘が勝手にやって来て、兄貴と一緒じゃなきゃ帰らないとだだをこねている――むしろあの娘に居座られて、迷惑してんのはこっちのほうだよ」



 一眞の拘束を解くように二口に指示を出しながら、百目鬼は言った。



「連れて帰りたきゃ、好きにおしよ。そのほうがこっちも助かるってもんだ」

「何を企んでいる?」

「まったく、疑り深いお人だねぇ。そんなんじゃ好きな女に逃げられちまうよ」



 それでも動かない一眞を見、やれやれとため息をつく。



「そんなにあたしとヤリたきゃ、それでも構わないさ。こっちも受けて立つよ」

「俺に勝てるとでも?」

「それは難しいだろうね。けど、刺し違える覚悟ならできてるよ」



 今にも逃げたそうな顔していた山姥と二口だったが、「姐さんがやるならあたしらもやる」とばかりに、百目鬼の横に立つ。



 百目鬼が得意とするのは、全身にある無数の目で相手の動きを捉え、攻撃を先読みした上で不意を付く戦法だ。そのため、使える駒が多ければ多いほど、攻撃のバリエーションも多くなる。



「さあ、いつでもかかってきなよ」



 けれど相手は挑発には乗らず、



「今は時間が惜しい。お前の相手は今度してやる」



 そう言って、瞬く間に塀を乗り越えて店のほうへ行ってしまった。

 

「あー、しんど」

「今回はさすがにきつかったよねぇ」

「あれで本体は別のところにあるんでしょ?」

「そりゃメインは皇子殿下の警護だからねー」

「分身であの力は反則じゃない?」

「実は本体のほうだったりして」

「姫さん、どんだけ愛されてんの」

「姐さん来なかったらうちら確実に死んでたよねぇ」

「あんたの髪がごっそりむしり取られてたのは確かだね、二口」



 一眞がいなくなったことで緊張感が解けて、山姥と二口がその場にへたりこんでしまう。



「二人とも、時間稼ぎご苦労様」

「姫さんのほうはどう? うまくいった?」

「これで失敗したら、七穂の始末は私がやるよ」



 百目鬼は空を見上げて「どうだかねぇ」と苦笑する。

 自分のことを慕ってくれる卯京を思うと胸が痛むが、



「ま、なるようになるさ」




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