50 / 93
続き
喫茶店で食べるナポリタンでご機嫌取り
しおりを挟むピーマン、玉ねぎ、ソーセージを食べやすい大きさに切って、ニンニクを刻んでおく。先にバターとニンニクを炒めて、香りが立ってきたら玉ねぎを入れる。数分程度炒めたらソーセージを入れて、その数分後にピーマンを加える。香ばしい焼き色がついてきたら、ひとつまみの塩と胡椒で味付けをして、火を止める。
続いてケチャップ、ウスターソース、牛乳とハチミツでまろやかな味わいのソースを作り、具材と合わせればほぼ完成だ。茹でたパスタ麺と手早く絡めて、お皿に盛り付ける。
「あら、このソースいいですわね。酸っぱくなくて」
「隠し味にハチミツと牛乳を入れたの。変かしら?」
「優しい風味で、あたくしは好きですわ」
昼食後のおやつに、お鍋を使って固めのプリンも作った。カラメルソースが少し苦くなってしまったけれど、甘めの珈琲と一緒に食べると、これはこれで美味しい。
「今日は何だか、喫茶店にでも行った気分ですね」
「本当? そう思ってくれると嬉しいわ」
お佳代の機嫌をとりつつ、卯京のことをどう切り出そうか、胡蝶は悩んでいた。元気にしていたとだけ伝えたかったが、心配性な母のこと、詳しいことを聞きたがるだろう。
――母さんをお店に連れて行ったら、卯京兄さん、今度こそ本気で怒るでしょうし。
最悪、姿を消してしまうかもしれない。
――やっぱり、黙っていたほうがいいかしら。
けれどそれはそれで心苦しいし。
――兄さんがうちへ帰ってくるのが一番なんだけど。
このことを辰之助や虎太郎にこっそり相談したところ、二人は口を揃えて「ほっとけ」と言う。男兄弟の冷たさに怒りを感じた胡蝶だったが、
「俺らが何かしようとしたら、余計意固地になって、逃げちまうよ」
「辰兄の言う通りだぞ、胡蝶。親兄弟に同情されるほど、悔しいもんはないからなぁ」
「特に卯京は頑固だしな」
「女みたいな見てくれに騙されると、痛い目みるぞ」
「そういやお前、昔卯京のこと馬鹿にして、腕の骨折られたことあったけ」
「辰兄……いやなこと思い出させるなよなぁ」
兄たちの言うことが正しいのかもしれないと、二人の会話を聞きながら思う。しかしそれでは納得がいかないと、胡蝶は唇を噛み締めた。
「胡蝶、もうこの話は終わりにして、茶ぁ淹れてくれや」
「そうだな、喋ったら喉渇いてきた」
「あとなんか、つまめるもんでも作ってくれ」
「さっきお袋に何か作ってただろ、俺たちの分はないのか?」
胡蝶は頬を膨らませて立ち上がると、
「知らない。自分たちでやれば?」
自室に入って、叩きつけるようにして戸を閉める。
――兄さんたちの馬鹿。
腹立たしさのあまり、胡蝶は自室をウロウロと歩き回った。この家で卯京のことを心配しているのは自分と母の二人だけ。兄たちは当てにならないと、今更ながら気づく。
――そうだわ、一眞さんなら……。
彼ならきっと親身になって話を聞いてくれるはず。そう思い、家族が寝静まった深夜、お佳代の目を盗んで彼に相談した胡蝶だったが、
「柳原卯京のことは、もうお忘れください」
他人行儀な声だった。
その上、目も合わせてもくれない。
「どうして、そんなことおっしゃるの?」
「貴女と彼らとでは、住む世界が違います」
「住む、世界が違う?」
聞き間違えだろうか。
一眞らしくない言葉だと思い、眉をひそめる。
「それに、彼らって……」
「貴女が家族と慕う人たちのことですよ」
お佳代や乳兄弟のことを言っているのは分かるが、
「本気で思ってらっしゃらないわよね? そんなこと」
「……貴女は俺の妻になる女性だ。いつまでも子どもじみたことをおっしゃられては困ります。未来の公爵夫人として、正しい振る舞いをなさってください」
「だったら私の目を見て、もう一度おっしゃってください」
動揺を隠しながら言うと、一眞はこちらを向いて、まっすぐ胡蝶を見下ろした。
「兄君のことはもうお忘れください。あのような低俗な店へ行くのは、もうごめんです。貴女だけでなく、俺の評判にも関わる」
「兄を侮辱するつもりなら許しません」
ぎゅっと拳を握り締め、胡蝶は果敢に言い返す。
「私に対して怒っているのであれば、そう言ってください」
「別に貴女に怒っているわけでは……」
「怒っているでしょう? だから家族のことを持ち出して、私を責めてる」
一眞はしまったとばかり頭を掻くと、
「俺は心配しているだけです。貴女があまりにも兄君のことばかり気にかけているから……」
「だから兄のことは忘れろと?」
「それは……確かに言い過ぎました」
反省したように目を伏せつつも、彼は頑なな口調で続ける。
「ですが、俺の考えは変わりません。嫉妬深い男だと思われても構わない。貴女のことが心配なんです」
――嫉妬? 一眞さんが?
乳兄弟の話をすると決まって不機嫌になるのは、兄たちに嫉妬していたから? 思い当たる節がありすぎて、胡蝶は喜びを噛み締めるように俯いた。どうして彼がこれほどまでに怒っているのか、ようやく理解できた気がする。仮に逆の立場なら、胡蝶も一眞に対して怒りをぶつけていただろう。
「……どうして嬉しそうなんですか?」
怪訝そうに訊ねられて、慌てて口元を隠す。
どうやら無意識のうちに頬が緩んでいたらしい。
「一眞さん、ごめんなさい。私も言い過ぎました」
嫉妬されて嬉しい。
もっと嫉妬して欲しいと言ったら、彼はどんな顔をするだろうか。
――きっとまた、怒らせてしまうでしょうね。
だから口が裂けても言えないと、そっと胸にしまう。
「許してくださるわよね?」
彼は困ったように眉を下げると、何も言わずに近づいてくる。
優しく抱きしめられて、胡蝶はほっと息をついた。
2
お気に入りに追加
1,038
あなたにおすすめの小説
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~
参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。
二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。
アイシアはじっとランダル様を見つめる。
「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」
「何だ?」
「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」
「は?」
「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」
婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。
傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。
「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」
初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。
(あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?)
★小説家になろう様にも投稿しました★
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
愛なんてどこにもないと知っている
紫楼
恋愛
私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。
相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。
白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。
結局は追い出されて、家に帰された。
両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。
一年もしないうちに再婚を命じられた。
彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。
私は何も期待できないことを知っている。
彼は私を愛さない。
主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。
作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。
誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。
他サイトにも載せています。
私は逃げます
恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。
そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。
貴族のあれやこれやなんて、構っていられません!
今度こそ好きなように生きます!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる