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続き
かしまし三姉妹の女子会
しおりを挟む仕事で二人に会うのは久しぶりだ。ここ最近、人に会うのが億劫で、職場と家の行き来しかしていない。これを機会にもっと外へ出たほうがいいかもしれないと、百目鬼は居酒屋の暖簾をくぐった。
「遅くなって悪かったね、待ったかい」
「いいや、姐さん、今来たところさ」
奥の席に向かうと、こちらに背を向けていた山姥が振り返った。彼女は山姥という女妖怪を祖母に持つ混ざり者だが、ふっくらとして可愛らしく、痩せた老婆のような姿の祖母とは似てもにつかない。けれどそれを口にすると、
「そうでもないよ?」
と山姥は苦笑いを浮かべる。
「この前、浮気して逃げた彼氏を追いかけてたら、近所の子どもたちに悲鳴あげられたもんよ。「山姥が出たー」ってさ。で、思わず鏡見たら、その姿が包丁持った鬼婆――じゃなかった、ばあちゃんそっくりで、自分でも引いちゃったよ」
「で、その彼氏とは仲直りできたのかい?」
「もちろん切り刻んで魚の餌にしてやったさ」
これが冗談ではないから、この子は面白いのだと百目鬼は笑う。
「二口は?」
「厠で化粧直してる。もうすぐ来ると思うよ」
二口女と人間の混ざり者である彼女は、華やかな顔立ちをした都会的な女だが、山姥や自分と同じ、一癖も二癖もある蛇ノ目の部下だ。二人との付き合いは長く、仕事を通じて苦楽を共にしたせいか、今では互いのことを姉妹のように思っていた。
「注文は?」
「したよ。女子会コース頼んどいたから。店につけといて」
「馬鹿だねぇ、山姥。今どきツケなんてできるわけないだろ。感覚が古すぎるよ」
「そうなの? うちの田舎じゃ普通にできるけど?」
「毎回踏み倒しているくせに、よく言うよ」
「ところで姐さん、新しい男はもうできた? それともまだ片思い中かい?」
混ざり者といえども、普段は人間に紛れて生活しているので、感覚は人間のそれに違い。もっぱら最近の悩みは恋愛ごとで、互いに近況報告していると、
「あ、百目鬼姐さん、来てたんですね」
二口が厠から戻ってきた。
長い黒髪を後ろに流して、洋装で決めている。
「相変わらずハイカラだねぇ、二口は」
「姐さん、やめなよ、その言い方。なんか年寄りくさいよ」
眉をひそめる二口に、
「年寄り臭いも何も、うちら三人とも立派なババァだよ」
と山姥はあっけらかんとした口調で答える。
「若く見えるのは妖怪の血のおかげ」
「そうだよ、二口。あんたもそろそろ、ババァだって現実を受け入れな」
「そんな現実受け入れるくらいなら、死んだほうがマシですぅ」
べーと舌を出しつつ、二口はにこにこしていた。
「どうした? やけに今夜は上機嫌じゃないか」
「三人で集まるの、久しぶりじゃないですか? テンション上がるなぁと思って」
そんな二口を見て、山姥がからかうように言う。
「無理して若者ぶるのやめなよ二口、見てて痛い」
「若作りしてんのはあんたも同じでしょ、山姥」
「はぁ? あたしのどこが若作りなんだよ?」
「童顔だからって、いつも子どもみたいな格好してさ」
「厚化粧のあんたに言われたくないわ。いい年して肌出しすぎ」
言い返す山姥に、二口はムッとしたように眉間にシワを寄せる。
「年下ばっかと付き合ってるから、感覚がズレてんだね。自分じゃ頑張ってるつもりだろうけど、傍から見たら惨めだよ。たまには年相応の相手と付き合いなよ。目が覚めるから」
「……枯れ専のあんたに言われたくない」
「あぁ? やんのかブス」
そろそろ険悪なムードになってきたので、
「よしなよ、二人とも」
百目鬼はため息をついて仲裁に入る。
「これじゃあ、いつまでたっても仕事の話ができないだろ」
二人は喧嘩をやめると、怖々とこちらを見た。
ちょうどいいタイミングで料理がきたので、ひとまず乾杯する。
しばらくして、
「……黒狐の坊やをヤるって、百目鬼姐さん、本気かい?」
山姥が声を潜めるようにして口を開く。
続いて二口も言った。
「いくら蛇ノ目様の命令でも、私らには荷が重すぎるよ」
「二口の言う通りさ。あいつを相手にしたら、うちらもただじゃ済まない」
二人の気持ちも分かると、百目鬼は頷く。
「誰も真っ向勝負するとは言ってないだろ」
「何かいい作戦があるんですか?」
「それを今から考えるのさ。三人寄れば文殊の知恵ってやつだよ」
「姐さん、私、頭使うの苦手だよ」
「二口、あんたはただ黙って飯食ってりゃいいさ。そしたら後ろの口が勝手に喋るから」
それもそうかと、二口は黙々と食事を始めた。
その隣で、山姥がうーんと腕組みしている。
「目的は黒狐じゃなくてお姫様を海外に売り飛ばすことでしょ? だったら手っ取り早く、黒狐と別れさせりゃあいいんじゃない? そうすりゃ警護からも外れるだろうし、姫さんのほうは傷心旅行で海外に行ったことにして、そのまま行方不明」
「……悪くないね」
「でもあの黒狐、姫さんにベタ惚れって噂だよ。そんな簡単に別れてくれるかな?」
「二口はどう思うね?」
口いっぱいに唐揚げを頬張っている二口が答える前に、
「あんたじゃなくて、もう一人のほうに訊いてる」
と付け加える。
するとしばらくして、
「姫さんを、海外に、駆け落ちさせりゃあ、いい」
二口の背後から応える声があった。
彼女の声とは似てもにつかない、老婆のようにしゃがれた声だ。
「女心と秋の空、っていうだろ。女が心変わりしたのなら、男は諦めるしかない」
「誘拐するんじゃなくて、自分の足でうちらのところに来させるわけか」
首を傾げる山姥に、二口のもう一つの口が答える。
「正確には、そうなるよう、仕向けるのさ」
「ややこしいねぇ」
作戦が決まったら、あとは内容を詰めるだけだ。
閉店ぎりぎりまで粘って、これからやることが見えてきた。
「なんかあたし、姫さんが気の毒になってきたよ」
「仕事に同情は禁物だよ、山姥」
勘定を支払いながら忠告すると、「そうそう」と二口も同意する。
「貧乏で混ざり者、生まれた時から不幸だったんだから。人生を楽しまなくちゃ」
「二口のくせに、言うじゃない」
「さあさ、二人とも。もう帰るよ」
「「はい、ママ」」
二人は冗談のつもりだろうが、
「今度それやったら、殺すからね」
念のために警告すると、二人は逃げるように店を飛び出して行った。
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