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涙の再会
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驚くことに、卯京が働いているという店「浅き夢見し」はそれほど遠くない場所にあった。和国随一の繁華街、夜でも明かりが絶えない#銀街_ぎんまち__#――富裕層向けの高級店や高級料理店が軒を連ねる一角に、ひっそりとその店はあった。
「ここに卯京兄さんがいるのね」
「会ったらすぐに帰りましょう」
「……一眞さんったら、そればっかり」
お佳代には、一眞にドライブに連れて行ってもらうのだと、嘘をついて出てきてしまったので、多少の罪悪感はあったものの、胡蝶は構わず店に入る。
「いらっしゃいませー」
早速、可愛らしい女給さんがパタパタと出迎えてくれる。
年の頃は15、16だろうか。化粧で大人びて見えるものの、ずいぶんと若い女給さんねと胡蝶は内心びっくりしていた。それにお店の雰囲気も、以前行ったことがあるカフェーとはまるで違う。ハイカラというよりは大衆向けの可愛らしい内装だし、女給の制服も派手で胸元が露出しており、目のやり場に困ってしまう。
「あらやだ、男前のお客さん、また来てくださったのぉ?」
続いて現れたのは、長身の目を見張るような美女――それにしては見覚えのある顔立ちだと、胡蝶は一眞の背に隠れて、しげしげと彼女を見た。
「兎羅々嬉しい~。もうサービスしちゃうんだからっ」
声も女性にしては低めで、違和感を覚える。
「さあさ、VIP席にご案内~」
「今日は客として来たわけじゃない。君に会わせたい人がいるんだ」
二人の女給に挟まれながらも、一眞は毅然とした態度を崩さない。後ろで隠れるようにして立っている胡蝶の手を引いて、兎羅々に紹介する。
「彼女の名前は花ノ宮胡蝶様、さあ、胡蝶様。この方がそうですよ」
胡蝶……とその名を聞いて、兎羅々がたじろぐ。
そんな兎羅々をじっと見つめて、胡蝶は目に涙を浮かべた。
「卯京兄さん、やっぱり、卯京兄さんだわ」
「ちょっ、ここでその名前は禁句なんですけどっ」
卯京は慌てたように胡蝶の手を引くと、「美々ちゃん、あとお願い」と言って、店の奥にある座敷へと連れて行く。そこは女給用の休憩室らしく、お茶やお菓子がちゃぶ台の上にちょこんと置かれていた。すかさず一眞も追ってきて、少し離れた場所で足を止める。
「私、知らなかったわ。卯京兄さんが女性になっていたなんて」
「……生きていくために仕方なく女のふりをしているだけよ」
苦笑いを浮かべながら言い、困ったように頬を掻く。
胡蝶にはよく分からなかったが、16歳の頃から独りで生きてきた兄の苦労を思えば、それも仕方がないことなのだろう。
「まずいとこ見られちゃったな」
「あら、とても綺麗よ」
「それを言うのはあたしのほうだよ。いい女になったねぇ、胡蝶」
まさか卯京にお世辞を言われるとは思わず、胡蝶ははにかむようにして笑う。
「あたしのことを捜してくれたのかい?」
「ええ、卯京兄さんが家出したって聞いたから。父さんと何があったの?」
卯京はすぐには答えなかった。
じっと見つめて答えを待っていると、弱ったなぁとばかりに口を開く。
「親父に楯突いて、殴られただけのことさね」
「父さんが……兄さんを殴ったの?」
あの穏やかで優しい父が?
「信じられないだろ? それだけのことをあたしが言ったのさ」
「何を言ったの?」
「さぁ、もう忘れちまったよ」
嘘だと思ったが、苦しげな表情を浮かべる卯京を見たら、何も訊けなかった。
「胡蝶様、そろそろ」
長居はできないと言った一眞の言葉を思い出しつつも、「もう少しだけ待って」と手を合わせてお願いする。軽くうなずく一眞を見、卯京は「胡蝶のいい人かい?」とからかうように言った。
「龍堂院一眞さん、私の婚約者よ。兄さん、私、再婚するの。まだずっと先のことだけど」
「よかったじゃないか、幸せにおなりよ」
優しく微笑む卯京の顔を見ると、なんだか悲しくなってきて、
「兄さん、このまま私と一緒に帰りましょう。母さんが待ってるわ」
思い切って言った。
けれど卯京は困ったように首を振る。
「こんな姿、おふくろが見たら腰抜かして倒れちまうよ。親父だって何て言うか」
「兄さん、落ち着いて聞いてね。父さんは亡くなったの、五年前に」
卯京は顔を伏せると、「そうか」とつぶやいた。
「……いい気味だ」
「兄さんっ」
卯京の投げやりな言葉を聞いて、胡蝶は黙っていられず、
「そんな言い方ってないわ。父さん、卯京兄さんに悪い事をしたって後悔していたのよ」
「嘘だァ。そんなん、面と向かって言われなきゃ、信じられないね」
「面と向かって言えるわけないじゃない、兄さんは家にいなかったんだから」
「出て行けと言ったのは親父のほうだ」
卯京の口調がいつの間にか昔の口ぶりに戻っていて、はっとする。
「二度と俺にその生意気なツラ見せるんじゃねぇっつってな。俺のことなんぞ、追いかけもしないで、部屋で酒飲んでたよ。それが何だ、俺に悪いことをした? 後悔している? おふくろにそんな弱音を吐くなんて、男らしくねぇじゃねぇか。こちとら、恥もプライドも投げ捨てて必死に生きてきたっつうのに、俺はがっかりだよ」
まくし立てるように言うと、やりきれないとばかりにため息をつく。
「胡蝶、もう帰りな。ここはお前のような人間が来るところじゃねぇんだ」
「私のような人間って?」
気丈に言い返す胡蝶に、「はっきり言わねぇと分からないか?」と卯京も口調を強くする。
「この店はなぁ、行き場のない女たちが、生きてくために必死に日銭を稼ぐ場所なんだ。お前みたいに綺麗なべべ着て、立派なお貴族様を従えているようなお姫さんにいられちゃあ、皆のやる気が失せちまう。自分が惨めに思えて仕方ねぇ。そんなことも分からねぇのか」
そのまま、野良犬を追い払うように裏口から追い出された胡蝶だったが、落ち込んではいなかった。むしろ兄の元気な姿を見られてほっとし、連れて来てくれた一眞に感謝する。
「一眞さん、兄の無礼をお許し下さい」
「いいえ、胡蝶様が謝ることでは……」
「でも一眞さんも悪いのよ。私のことを呼び捨てにしてくださらないから。従えるだなんて……まるで私が悪者みたい」
「……すみません」
「次は気をつけてくださいね」
「分かりました……ってどこへ行かれるのですか?」
「店の中に戻ります。渡しそびれたものがあるから。一眞さんはここで待っていて」
「ここに卯京兄さんがいるのね」
「会ったらすぐに帰りましょう」
「……一眞さんったら、そればっかり」
お佳代には、一眞にドライブに連れて行ってもらうのだと、嘘をついて出てきてしまったので、多少の罪悪感はあったものの、胡蝶は構わず店に入る。
「いらっしゃいませー」
早速、可愛らしい女給さんがパタパタと出迎えてくれる。
年の頃は15、16だろうか。化粧で大人びて見えるものの、ずいぶんと若い女給さんねと胡蝶は内心びっくりしていた。それにお店の雰囲気も、以前行ったことがあるカフェーとはまるで違う。ハイカラというよりは大衆向けの可愛らしい内装だし、女給の制服も派手で胸元が露出しており、目のやり場に困ってしまう。
「あらやだ、男前のお客さん、また来てくださったのぉ?」
続いて現れたのは、長身の目を見張るような美女――それにしては見覚えのある顔立ちだと、胡蝶は一眞の背に隠れて、しげしげと彼女を見た。
「兎羅々嬉しい~。もうサービスしちゃうんだからっ」
声も女性にしては低めで、違和感を覚える。
「さあさ、VIP席にご案内~」
「今日は客として来たわけじゃない。君に会わせたい人がいるんだ」
二人の女給に挟まれながらも、一眞は毅然とした態度を崩さない。後ろで隠れるようにして立っている胡蝶の手を引いて、兎羅々に紹介する。
「彼女の名前は花ノ宮胡蝶様、さあ、胡蝶様。この方がそうですよ」
胡蝶……とその名を聞いて、兎羅々がたじろぐ。
そんな兎羅々をじっと見つめて、胡蝶は目に涙を浮かべた。
「卯京兄さん、やっぱり、卯京兄さんだわ」
「ちょっ、ここでその名前は禁句なんですけどっ」
卯京は慌てたように胡蝶の手を引くと、「美々ちゃん、あとお願い」と言って、店の奥にある座敷へと連れて行く。そこは女給用の休憩室らしく、お茶やお菓子がちゃぶ台の上にちょこんと置かれていた。すかさず一眞も追ってきて、少し離れた場所で足を止める。
「私、知らなかったわ。卯京兄さんが女性になっていたなんて」
「……生きていくために仕方なく女のふりをしているだけよ」
苦笑いを浮かべながら言い、困ったように頬を掻く。
胡蝶にはよく分からなかったが、16歳の頃から独りで生きてきた兄の苦労を思えば、それも仕方がないことなのだろう。
「まずいとこ見られちゃったな」
「あら、とても綺麗よ」
「それを言うのはあたしのほうだよ。いい女になったねぇ、胡蝶」
まさか卯京にお世辞を言われるとは思わず、胡蝶ははにかむようにして笑う。
「あたしのことを捜してくれたのかい?」
「ええ、卯京兄さんが家出したって聞いたから。父さんと何があったの?」
卯京はすぐには答えなかった。
じっと見つめて答えを待っていると、弱ったなぁとばかりに口を開く。
「親父に楯突いて、殴られただけのことさね」
「父さんが……兄さんを殴ったの?」
あの穏やかで優しい父が?
「信じられないだろ? それだけのことをあたしが言ったのさ」
「何を言ったの?」
「さぁ、もう忘れちまったよ」
嘘だと思ったが、苦しげな表情を浮かべる卯京を見たら、何も訊けなかった。
「胡蝶様、そろそろ」
長居はできないと言った一眞の言葉を思い出しつつも、「もう少しだけ待って」と手を合わせてお願いする。軽くうなずく一眞を見、卯京は「胡蝶のいい人かい?」とからかうように言った。
「龍堂院一眞さん、私の婚約者よ。兄さん、私、再婚するの。まだずっと先のことだけど」
「よかったじゃないか、幸せにおなりよ」
優しく微笑む卯京の顔を見ると、なんだか悲しくなってきて、
「兄さん、このまま私と一緒に帰りましょう。母さんが待ってるわ」
思い切って言った。
けれど卯京は困ったように首を振る。
「こんな姿、おふくろが見たら腰抜かして倒れちまうよ。親父だって何て言うか」
「兄さん、落ち着いて聞いてね。父さんは亡くなったの、五年前に」
卯京は顔を伏せると、「そうか」とつぶやいた。
「……いい気味だ」
「兄さんっ」
卯京の投げやりな言葉を聞いて、胡蝶は黙っていられず、
「そんな言い方ってないわ。父さん、卯京兄さんに悪い事をしたって後悔していたのよ」
「嘘だァ。そんなん、面と向かって言われなきゃ、信じられないね」
「面と向かって言えるわけないじゃない、兄さんは家にいなかったんだから」
「出て行けと言ったのは親父のほうだ」
卯京の口調がいつの間にか昔の口ぶりに戻っていて、はっとする。
「二度と俺にその生意気なツラ見せるんじゃねぇっつってな。俺のことなんぞ、追いかけもしないで、部屋で酒飲んでたよ。それが何だ、俺に悪いことをした? 後悔している? おふくろにそんな弱音を吐くなんて、男らしくねぇじゃねぇか。こちとら、恥もプライドも投げ捨てて必死に生きてきたっつうのに、俺はがっかりだよ」
まくし立てるように言うと、やりきれないとばかりにため息をつく。
「胡蝶、もう帰りな。ここはお前のような人間が来るところじゃねぇんだ」
「私のような人間って?」
気丈に言い返す胡蝶に、「はっきり言わねぇと分からないか?」と卯京も口調を強くする。
「この店はなぁ、行き場のない女たちが、生きてくために必死に日銭を稼ぐ場所なんだ。お前みたいに綺麗なべべ着て、立派なお貴族様を従えているようなお姫さんにいられちゃあ、皆のやる気が失せちまう。自分が惨めに思えて仕方ねぇ。そんなことも分からねぇのか」
そのまま、野良犬を追い払うように裏口から追い出された胡蝶だったが、落ち込んではいなかった。むしろ兄の元気な姿を見られてほっとし、連れて来てくれた一眞に感謝する。
「一眞さん、兄の無礼をお許し下さい」
「いいえ、胡蝶様が謝ることでは……」
「でも一眞さんも悪いのよ。私のことを呼び捨てにしてくださらないから。従えるだなんて……まるで私が悪者みたい」
「……すみません」
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