愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活

四馬㋟

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本編

その後の話

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「姉さん、ご無事ですか? あの冷血漢がやらかしたと聞いて、飛んできたのですが」



 久しぶりに顔を見せたと思ったら、急に何を言い出すのかと胡蝶は呆れた。



「元気そうで良かったわ、紫苑。ところで一眞さんは? 一緒ではないの?」



「姉さんに合わせる顔がないと言って、どこぞに隠れていますよ。自分がヘマしたせいで、姉さんを危険な目に遭わせたのだから、それも当然かと。この際、あんな男とは別れて、僕と結婚しましょう、姉さん」



 直後に後ろで「はっ」と息を飲むお佳代の気配を感じて、胡蝶はため息をつく。



「今は貴方の冗談に付き合っている余裕はないの。一眞さんはどこ?」

「……そんなにあの男に会いたいですか? 久しぶりに会いに来た可愛い弟を蔑ろにしてまで?」



 蔑ろにしているつもりはなかったものの、ひどく落ち込んだ顔をされて、胡蝶は慌てて彼を家に招き入れた。体調を崩して部屋に閉じこもっているはずの彼が、わざわざここまで足を運んでくれたのだ。よほど自分のことを心配してくれたに違いない。



「良かったら何か作りましょうか? ちょうど里芋が沢山余っていて、困っていたの」

「……里芋……」

「あら、里芋は嫌いだったかしら?」

「味が淡白だし、食感もあまり……」



 いい年をして子どもみたいなことを言う紫苑に呆れつつ、



「揚げ里芋の甘辛煮でも?」

「それなら食べます」



 皮付きの里芋に片栗粉を付けて揚げたものを、砂糖、醤油、みりん等で作った甘辛タレにからめるだけの、簡単な料理だが、食べだすと止まらない、野菜が苦手なお子様に人気の一品である。以前、里芋の代わりに皮を剥いた山芋で試したこともあったが、それはそれで美味しかった。



「お嬢様、あたくしの分もお願いします」

「俺も、俺も」



 奥の部屋から顔をのぞかせるお佳代と辰之助に軽く頷いてみせながら、胡蝶は大量の里芋を抱えて台所へ入った。後ろから当然のように紫苑もついてくる。



「姉さん、僕も手伝います」

「だったら里芋を皮ごと綺麗に洗ってくれる? それからお湯を沸かして……」



 料理が出来上がり、それを完食すると、紫苑は上機嫌で帰っていった。「姉さんには僕がついていますから、あの男のせいで窮地に陥ったら、迷わず僕を頼ってくださいね」と頼もしい言葉を残して。

 

 後片付けが終わると、お佳代は再び食べ過ぎたと言って散歩に出かけて行き、留守を任された辰之助は居間で寝転がっていびきをかいていた。胡蝶は割烹着を脱ぐと、お茶の用意をして、いそいそと縁側に向かう。



「一眞さん、一眞さん」



 庭に出て小声で呼ぶが、応じる声はない。いつものならすぐに出てきてくれるのにとがっかりしながら、家の中に戻ろうとするが、



 ――そうだわ。



 いいことを思いついた。

 彼を騙すようで気が引けるけれど、



「い、痛っ」



 試しに大きめの声を出すと、「胡蝶様っ」とすぐに一眞が現れて、駆け寄ってきてくれる。



「どこかお怪我を?」

「い、いいえ、気のせいだったみたいです」



 嘘をついた気まずさから両手を後ろに隠しつつ、ほっと胸を撫で下ろす。



「気のせい、ですか」

「一眞さんに会えなくて胸が痛かったのは本当よ」



 本音を明かせば、今度は彼が決まり悪そうな顔をした。



「……申し訳ありません」



 黙って首を傾げる胡蝶に、彼は苦しげな表情で続ける。



「俺のせいで、貴女を怖い目に遭わせた」



 だったら、と胡蝶は勇気を出して告げる。



「私を強く抱きしめてください」



 びっくりした顔をする一眞に近づいて、自分から彼の胸に飛び込んでいく。



「抱きしめて、私を安心させてください。貴方がそばにいてくれたら、何も怖くありませんもの」



 沈黙は長かった。



 気恥しさのあまり、胡蝶が気絶しかけた頃、一眞の腕がおずおずと背中に回されて、どきっとした。強く抱きしめるどころか壊れ物に触れるような手つきだったので、胡蝶は自分から手を回して、ぎゅうぎゅうに抱きしめ返す。



 顔が熱く、心臓が高鳴り、安心感からは程遠い状態だったが、胡蝶は幸せだった。



「嵯峨野勘助が死んだことはご存じですか?」

「ええ、新聞で知りました」

「……俺が殺したと言ったら?」

「正当防衛ですわ」



 そう断言して、彼の頬にそっと触れる。



「ご無事で良かった」

「それは俺の台詞ですよ」



 苦笑しつつ、優しく頭を撫でられて、胡蝶はそっと目を伏せた。心臓の高鳴りが激しく、今にも気を失ってしまいそうだったが、少しでもこの時間を長引かせたくて、懸命に足に力を入れる。



「あの男が貴女に手を出していたら、俺はきっと……」



 その時、一眞の眼帯から黒い煙のようなものが出てきた気がして、胡蝶は目を瞬かせる。けれど気のせいだったらしく、煙はすぐに見えなくなり、代わりに柔らかな感触が頬を掠めた。いつの間にかすぐ近くに一眞の顔があって、胡蝶は直視できずにぎゅっと目を閉じる。柔らかなそれは、胡蝶の唇に優しく触れたかと思うと、すぐに離れていってしまった。そのことを残念に思いつつ、胡蝶は背伸びをして、今度は自分から彼の唇に自分の唇を重ねた。



 途端、強く抱きしめられて、めまいを覚える。



「息をするのが難しいわ」

「……そう……ですね」

「一眞さん、大好きよ」

「…………俺もです」



 夜風が吹いて、外は寒いくらいだったが、二人はいつまでもそこに立って、温もりを分け合っていた。

 





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