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本編
ふて寝皇子と三馬鹿トリオの悪巧み
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龍堂院一眞は生まれながら片方の眼球がないらしい。出会った当初は気味悪く思っていたものの、最近では彼の眼帯にも慣れてきた。ある時、紫苑が調子に乗って見てみたいと言うと、彼は怒るでもなく「いいですよ」と言った。
「いいのか?」
「殿下のご命令とあらば」
「だったら見せろ」
「念のため、息は止めておいてください」
疑問に思いながらも「わかった」と答える。
質問するより実際に見たほうが早いと思ったからだ。
眼帯を外して、目を開ける。
ぽっかりと空いた穴を見て、一瞬ぞくっと寒気を覚えたものの、
――……煙?
思わず近づき、目を凝らして確認する。
それは間違いなく煙だった。穴から立ち上る黒い煙。
「お前の目は煙突かっ」
たまらず吹き出した紫苑だったが、誤って煙を吸ってしまい、
「うげっ」
突然、喉が焼けるような痛みを覚えて咳き込んでしまう。息が苦しくてたまらない。背中を丸めて激しく咳き込む紫苑を、彼は…一眞は一切の同情もなく見下ろしている。
「言いつけを守らないからそうなるんです」
――もしかしてこいつ、怒っているのか?
幼少期、片目がないことを気味悪がられ、散々いじめられたと言っていたから。
「な、なんなんだ、その煙は……」
「私も詳しくは知りません。医師が言うには、物が燃える時に発する煙に似ているそうです」
「……二酸化窒素か」
恐ろしげに呟く紫苑の声を聞いて、一眞はうすら笑いを浮かべる。
「火災による死亡原因のほとんどがそれだとか」
そんなことより、さっさとその煙を止めろと命じようとするが、再び咳き込んでしまう。こんなことなら部屋の窓を全開にしておけばよかった。
「酸欠から窒息死に至るまでの流れを、以前お話したかと思いますが、覚えてらっしゃいますか?」
意識の消失、痙攣などが起き、およそ4分から10分弱で死に至るという。狭い密室で同じことをされていたら、きっと今頃、地獄の苦しみを味わっていたに違いない。道理で混ざり者と呼ばれる人々が恐れられ、嫌悪されるわけだと身をもって知った。
この歩く有害物質め、と心の中で罵りながら、
「ちょ、調子に乗って悪かった……」
必死に声を振り絞ると、彼はようやく片目を閉じてくれた。
眼帯を身につけながら窓を開けて換気をする。
「これを機に、どうか軽はずみな言動はお控えください」
また説教が始まったかとげんなりする。
「お前に目を見せろと命じたことか?」
「私の目を見てバカ笑いしたことですよ」
「生理現象だ」
「……全く反省していないようですね」
思い返せば、あの男に会ってからロクなことがないと、ベッドの中で紫苑はふてくされていた。顔を合わせれば、軽率な行動はするなだの、自意識過剰もたいがいにしろだの、相手を見た目で判断するなだのと、何かにつけて説教してくるし、従姉を紹介してからは「胡蝶様を見習って……」という文言も追加された。
――あの時から意識してたんじゃないか。
熱は下がったものの、失恋による苦しみから立ち直るには、まだまだ時間が必要だ。自分から初恋の女性を奪った憎い男を教育係から解雇してくれと父親に直談判したものの、あっさりと却下されてしまったし。
――しばらく、姉さんの手料理は食べられそうにないな。
今は顔を見るのも辛いと、再び布団の中に潜り込む紫苑だった。
***
「はあ? あのバケモンを底なし沼に突き落として沈めるだぁ?」
その頃、蛇ノ目と別れた七穂は橋の下のあばら屋を訪れていた。
「そんな作戦、本当に上手くいくのかよ」
河童の混ざり者――六津の呆れたような問いに七穂はへらへら笑いながら「たぶん」と答えた。同じく河童の混ざり者である五倫は、むすっとした表情で黙り込んでいる。怒っているのではなく単にコミュ症で無口なだけ――七穂はこの二人のことをよく知っていた。同じ孤児院育ちで、兄弟のように育った仲だからだ。
「兄貴はどう思う?」
「…………」
「乗り気じゃないって感じだな」
「相変わらず、六津兄さんは五倫兄さんの考えが分かるんすね」
「そりゃ双子だから」
その割に似ていない兄弟だと、七穂はこっそり考える。六津はよく喋る大男だが、五倫は小柄でひ弱そうに見える。共に怪力の持ち主で、能力的には兄のほうが上なのだが、一見して分からないのが強みだ。
「もっとマシな作戦はないのか?」
「例えば?」
「美人局的なやつとか」
「申し訳ないすけど、四翅姉さんは奴の好みのタイプじゃねぇと思います」
「なんだとっ、姐さんのどこが悪いんだっ、でかい胸してるじゃねぇかっ」
「ロリコン野郎に熟女の旨みはわかんないすよ」
「なら個室に誘いこんでタコ殴りにでもするか?」
「それだけはやめたほうがいいと思います」
「どうしてぇ?」
「奴と同じ部屋に入って生き残った人間はいないって話ですから」
「ただの噂だろ」
「マジな話。影で密室の悪魔って呼ばれてるくらいですから」
「だせー」
いやいや、褌つけた河童よりはマシだろうと思いつつ、
「で、どうします?」
「蛇ノ目様は何て?」
「俺に丸投げ……一任するとのことです」
「なら、やるしかねぇわな」
ため息を付きながら六津は言い、
「兄貴もそれでいいか?」
今まで目を閉じて二人の会話を聞いていた五倫は、カッと目を見開くと、小さくこくりとうなずいた。
「おお、珍しく兄貴がやる気になってる」
「マジっすか? なんか手が震えてるみたいだけど」
「武者震いってやつさ。久しぶりに強敵を相手にするんで、気持ちが高ぶってんだ」
「それは心強い」
「おおよ、大船に乗ったつもりで任せとけ」
そうは言われても安心はできなかった。
むしろこの二人で大丈夫か、という不安しかない。五倫は弟のことになると見境ないし、六津のほうは脳筋馬鹿だし、明らかに油断しているようだし。
――あ、これ、失敗する流れだ。
ともあれ、働かざる者食うべからず。
今は余計なことは考えず、自分の仕事に集中しよう。
――とりあえずボスへの言い訳でも考えておくかな。
「いいのか?」
「殿下のご命令とあらば」
「だったら見せろ」
「念のため、息は止めておいてください」
疑問に思いながらも「わかった」と答える。
質問するより実際に見たほうが早いと思ったからだ。
眼帯を外して、目を開ける。
ぽっかりと空いた穴を見て、一瞬ぞくっと寒気を覚えたものの、
――……煙?
思わず近づき、目を凝らして確認する。
それは間違いなく煙だった。穴から立ち上る黒い煙。
「お前の目は煙突かっ」
たまらず吹き出した紫苑だったが、誤って煙を吸ってしまい、
「うげっ」
突然、喉が焼けるような痛みを覚えて咳き込んでしまう。息が苦しくてたまらない。背中を丸めて激しく咳き込む紫苑を、彼は…一眞は一切の同情もなく見下ろしている。
「言いつけを守らないからそうなるんです」
――もしかしてこいつ、怒っているのか?
幼少期、片目がないことを気味悪がられ、散々いじめられたと言っていたから。
「な、なんなんだ、その煙は……」
「私も詳しくは知りません。医師が言うには、物が燃える時に発する煙に似ているそうです」
「……二酸化窒素か」
恐ろしげに呟く紫苑の声を聞いて、一眞はうすら笑いを浮かべる。
「火災による死亡原因のほとんどがそれだとか」
そんなことより、さっさとその煙を止めろと命じようとするが、再び咳き込んでしまう。こんなことなら部屋の窓を全開にしておけばよかった。
「酸欠から窒息死に至るまでの流れを、以前お話したかと思いますが、覚えてらっしゃいますか?」
意識の消失、痙攣などが起き、およそ4分から10分弱で死に至るという。狭い密室で同じことをされていたら、きっと今頃、地獄の苦しみを味わっていたに違いない。道理で混ざり者と呼ばれる人々が恐れられ、嫌悪されるわけだと身をもって知った。
この歩く有害物質め、と心の中で罵りながら、
「ちょ、調子に乗って悪かった……」
必死に声を振り絞ると、彼はようやく片目を閉じてくれた。
眼帯を身につけながら窓を開けて換気をする。
「これを機に、どうか軽はずみな言動はお控えください」
また説教が始まったかとげんなりする。
「お前に目を見せろと命じたことか?」
「私の目を見てバカ笑いしたことですよ」
「生理現象だ」
「……全く反省していないようですね」
思い返せば、あの男に会ってからロクなことがないと、ベッドの中で紫苑はふてくされていた。顔を合わせれば、軽率な行動はするなだの、自意識過剰もたいがいにしろだの、相手を見た目で判断するなだのと、何かにつけて説教してくるし、従姉を紹介してからは「胡蝶様を見習って……」という文言も追加された。
――あの時から意識してたんじゃないか。
熱は下がったものの、失恋による苦しみから立ち直るには、まだまだ時間が必要だ。自分から初恋の女性を奪った憎い男を教育係から解雇してくれと父親に直談判したものの、あっさりと却下されてしまったし。
――しばらく、姉さんの手料理は食べられそうにないな。
今は顔を見るのも辛いと、再び布団の中に潜り込む紫苑だった。
***
「はあ? あのバケモンを底なし沼に突き落として沈めるだぁ?」
その頃、蛇ノ目と別れた七穂は橋の下のあばら屋を訪れていた。
「そんな作戦、本当に上手くいくのかよ」
河童の混ざり者――六津の呆れたような問いに七穂はへらへら笑いながら「たぶん」と答えた。同じく河童の混ざり者である五倫は、むすっとした表情で黙り込んでいる。怒っているのではなく単にコミュ症で無口なだけ――七穂はこの二人のことをよく知っていた。同じ孤児院育ちで、兄弟のように育った仲だからだ。
「兄貴はどう思う?」
「…………」
「乗り気じゃないって感じだな」
「相変わらず、六津兄さんは五倫兄さんの考えが分かるんすね」
「そりゃ双子だから」
その割に似ていない兄弟だと、七穂はこっそり考える。六津はよく喋る大男だが、五倫は小柄でひ弱そうに見える。共に怪力の持ち主で、能力的には兄のほうが上なのだが、一見して分からないのが強みだ。
「もっとマシな作戦はないのか?」
「例えば?」
「美人局的なやつとか」
「申し訳ないすけど、四翅姉さんは奴の好みのタイプじゃねぇと思います」
「なんだとっ、姐さんのどこが悪いんだっ、でかい胸してるじゃねぇかっ」
「ロリコン野郎に熟女の旨みはわかんないすよ」
「なら個室に誘いこんでタコ殴りにでもするか?」
「それだけはやめたほうがいいと思います」
「どうしてぇ?」
「奴と同じ部屋に入って生き残った人間はいないって話ですから」
「ただの噂だろ」
「マジな話。影で密室の悪魔って呼ばれてるくらいですから」
「だせー」
いやいや、褌つけた河童よりはマシだろうと思いつつ、
「で、どうします?」
「蛇ノ目様は何て?」
「俺に丸投げ……一任するとのことです」
「なら、やるしかねぇわな」
ため息を付きながら六津は言い、
「兄貴もそれでいいか?」
今まで目を閉じて二人の会話を聞いていた五倫は、カッと目を見開くと、小さくこくりとうなずいた。
「おお、珍しく兄貴がやる気になってる」
「マジっすか? なんか手が震えてるみたいだけど」
「武者震いってやつさ。久しぶりに強敵を相手にするんで、気持ちが高ぶってんだ」
「それは心強い」
「おおよ、大船に乗ったつもりで任せとけ」
そうは言われても安心はできなかった。
むしろこの二人で大丈夫か、という不安しかない。五倫は弟のことになると見境ないし、六津のほうは脳筋馬鹿だし、明らかに油断しているようだし。
――あ、これ、失敗する流れだ。
ともあれ、働かざる者食うべからず。
今は余計なことは考えず、自分の仕事に集中しよう。
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