愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活

四馬㋟

文字の大きさ
30 / 100
本編

泣き虫皇子殿下の思惑

しおりを挟む
 その頃、皇宮の執務室にて、



「それで蛇ノ目は?」

「始末しました」



 一眞が事の次第を紫苑に報告していた。

 

「おそらく胡蝶様を嵯峨野勘助に売り渡すつもりだったのでしょう」

「――下衆が」



 吐き捨てる紫苑に対し、一眞は浮かない顔をしている。

 紫苑はすぐにそのことに気づいて、



「間違いなく蛇ノ目を殺したんだろうな?」



 と念押しする。

 

「死体の一部を持ち帰ったので、ご覧になりますか?」



 それはやめておこう。

 グロすぎて吐くかもしれない。 



「だったらなぜ、そんな顔をしている?」

「……そんな顔とは?」



 説明するのも面倒なので、スルーして続ける。



「今回の件は、お前の提案を受け入れた僕にも責任がある。無理強いしてでも、お前を姉さんの警護から外すべきじゃなかった。引き続き、姉さんの警護を頼めるか?」



 大昔、天災の一つとして数えられた強力な妖怪――化け狐の血を引く彼なら、今回の件も未然に防ぐことができたはずだ。現に彼が警護している間は、蛇ノ目も一切手出しできなかったのだから。



「それは構いませんが」



 やはり表情が暗い。いつもの彼ならドヤ顔――はさすがに言い過ぎだが――で報告してくるような案件なのに、もしや元部下の失態を引きずっているのか。



「一眞、お前はもう下がって休め。陛下への報告は僕がしておく」



 しかし彼は黙り込んだまま、その場を動こうとしない。

 一向に部屋から出ていく気配がないので、いよいよ気味が悪くなってきた。



「……他にも用があるのか?」



 こわごわ訊ねてみれば、どうやら図星だったらしく、彼は改まった様子で背筋を正した。



「実は殿下に大切なお話があります」

「蛇ノ目に関することか?」

「いえ、別件です」



 別件? と紫苑は耳を疑う。



「僕の教育係を辞めたいとか言い出すんじゃないだろうな」

「それに近いかもしれません」



 つぶやくように言い、直立不動で頭を下げる。



「どうか、胡蝶様との結婚をお許し下さい」



 沈黙は長かった。

 紫苑は椅子を倒す勢いで立ち上がると、



「……姉さんに手を出したのか?」



 怒りのあまり拳を震わせる。



「いいえ」

「なら姉さんに惚れたか?」

「はい」



 直後に頬を殴られても、一眞は身動き一つしなかった。



「どうしてよけない?」

「……殿下のお気持ちは存じておりました。私を殴って気が済むのであればいくらでも……」

「僕を馬鹿にしているのか?」

「いいえ」



 紫苑はやりきれないとばかりに腕を振り上げると、静かな声で命じた。



「今すぐ僕の前から消えろ。姉さんには二度と近づくな」

「それはできません」

「……僕の命令に逆らうのか」

「申し訳ありません、殿下。申し訳ありません」



 その場に跪いて謝罪する彼を、上から見下ろす。



「答えになっていないぞ」

「私の一方的な思い込みであれば、いさぎよく身を引きましょう。ですが……」

「姉さんも、お前と同じ気持ちだと……そう言いたいのか? 互いに想い合っていると」



 うなずく彼に、紫苑はやれやれと天井を仰ぐ。



 ――ようやく気づいたのか、この唐変木とうへんぼくめ。



「姉さんはお前の何が気に入ったのか」

「私も、そう思います」



 一眞は肩を落とすると、珍しく弱々しい表情を浮かべていた。



「あの方に対する、私の態度はけして褒められたものではありませんでしたし」

「それは姉さんに限ったことじゃないだろ。お前が女性に対して無礼でよそよそしいのは」

「……非難や説教めいたことも、言ったような気がします」

「普通なら敬遠されるタイプだな」

「ですがあの方は、そんな私を好きだと言ってくれた。どんな姿をしていても、受け入れてくれた」



 さすがは我が姉君、と誇らしい反面、寂しくも感じる。



「お願いします、殿下、胡蝶様との結婚をお許し下さい」



 紫苑はわざと間を置くと、



「許さないと言ったらどうする?」

「許していただけるまで、ここを動かないつもりです」



 こいつならやりそうなことだと頬を引きつらせる。



「姉さんを幸せにすると誓うか?」

「誓います」

「どんなことがあっても泣かせるなよ」

「無論」

「だったら行け、勝手にしろ」



 言うだけ言って背を向けると、



「では、私たちの結婚を許してくださるのですか?」

 

 再度訊ねられ、「許す」と答える。



 表向き、怖い顔をして虚勢を張っていたものの、ついにこの時が――姉離れする時が来たようだと、内心では必死に涙をこらえていた。二人が惹かれ合っているのは薄々気づいていたし、お膳立てのようなこともしてきたが、いざ、この時を迎えると、失恋の痛みで胸が張り裂けそうになる。



 ――僕の感情などどうでもいい。大切なのは姉さんの気持ちだ。



 そう自分に言い聞かせるものの、その後ショックのあまり熱を出し、三日三晩寝込んでしまった。



しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。

四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」 突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)

犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。 『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』 ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。 まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。 みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。 でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。

処理中です...