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本編
甘い甘い琥珀糖
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まず、お鍋に水と粉寒天を入れて火にかける。粉寒天が溶けたら一旦火を止めて砂糖をくわえる。再び火にかけて、ゆっくりかき混ぜながら煮詰めていき、とろみがついたら火を止めて、茶こしでこしながら型に流し込んでいく。
「まあ、透き通っていて綺麗ですわね」
「懐かしいでしょう? 琥珀糖を作ってるの」
かき氷シロップを使って色をつけると、まるで宝石のような色合いになる。そのまま食べると砂糖の味しかしないので、しょうがやお茶の葉、お酒などで味に変化をつける。作るのはさほど難しくない琥珀糖だが、乾燥させるのに長い時間がかかるため、胡蝶はお茶請け用にと大量に作り置きするつもりだった。ある程度固まったら包丁で一口サイズにカットして、涼しい場所でさらに一週間から十日ほど乾燥させる必要がある。
「出来上がりが楽しみだわ」
「見た目も涼しげでいいですねぇ」
ところで、とお佳代が苦々しげに口を開く。
「……御堂様はあれからちっとも姿を見せませんわね」
そういえばそうね、と胡蝶も苦笑いを浮かべる。
「ちゃんと仕事をしておられるのかしら」
「紫苑が心配性なだけで、初めから私に警護など必要ないのよ」
「ですが、用心に越したことはないかと」
「かあさんも心配性なんだから」
作業がひと段落したので、お佳代と居間でお茶を飲んでいると、
「あら、来客かしら」
玄関で戸を叩く音がした。
「噂をすれば影かもしれませんわ」
そう言って戦う女戦士のような顔つきで玄関へ向かったお佳代だったが、
「お、お嬢様っ、お嬢様っ」
慌てた様子で戻ってきて、若い娘のように頬を上気させている。
「すぐにお越し下さい、お嬢様にお客様ですわ」
「……どなた?」
「もちろん、龍堂院様に決まっているではありませんか」
胡蝶は慌てて鏡の前へ行くと、身だしなみを整えつつ言った。
「先に居間にお通ししては?」
「それが、いそぎのご用事があるとかで、お茶を飲む暇もないとか」
まあそんな……と胡蝶は立ち上がり、早足で玄関へ向かう。
「一眞様、お待たせして申し訳ありません」
三つ指をついて座礼すると、彼は目線を合わせるようにしゃがみこむ。
一瞬だけ、彼の瞳孔が開いて蛇の目のように見えたが、気のせいだろうか。
「……何やら甘い香りがしますが」
「琥珀糖を作っているところですの。一眞様はお好きですか?」
訊ねながら、そういえば彼は甘い物は苦手なのだと紫苑がこっそり教えてくれたのを思い出す。甘い物好きな胡蝶は、油断するとすぐに砂糖を入れすぎて甘い味付けにしてしまうので、普段から気をつけているのだが。
「好きですよ。貴女がお作りになったものなら何でも」
優しく微笑まれて、頬に熱が集まるのを感じた。
女性嫌いというだけあって、普段の一眞はどこか堅苦しく、胡蝶への態度もぎこちない。それが今やこの変わりよう……一体彼に何が起きたのかと混乱する一方で、胡蝶は密かに胸をときめかせていた。
「完成したら、ぜひお召し上がりになって」
「……それはいつ頃ですか?」
「一週間から十日ほどかかりますわ」
一眞は考える素振りを見せると、
「でしたら数日ほど留守にしても構いませんね」
「どちらへ行かれますの?」
「というか、貴女を我が家へ招待したいのです」
首を傾げる胡蝶に、一眞は優しい口調で続ける。
「私の両親に会ってください、婚約者として」
「ですが私たちは……」
「嫌ですか? 私の親に会うのは」
いいえ全く、と胡蝶は両手をぶんぶん振った。
「一眞様さえ良ければ」
「もちろん私に異論はありません」
そうと決まればすぐに出立の準備を、と一眞に急かされ、胡蝶は慌てて家の中へ戻りお佳代に言った。
「どうしよう、かあさん。一眞様のご両親に会って欲しいと言われたの。今すぐ龍堂院邸に来て欲しいそうよ」
「ようございましたね、お嬢様。お佳代もそんな気がしておりました」
「すぐに訪問着に着替えるから、手伝ってくれる?」
「ええ、ええ、とびきり綺麗にして差し上げますよ」
玄関から一眞の急かす声が聞こえたので、身支度にあまり時間はかけられなかった。訪問着の上に羽織りものをかけ、化粧は薄く、髪型も凝ったものではなく簡素なものにして、家を飛び出していく。
「では、行ってまいります」
***
胡蝶が家を出て一時間が経った頃、
「胡蝶様はどちらに?」
血相を変えた一眞が家に飛び込んできて、お佳代はぽかんとした。
次の瞬間、嫌な予感がし、つまみ食いしていた琥珀糖を落としてしまう。
「一時間前に貴方様が――龍堂院様が迎えに来られて、お連れになったのでは……?」
「……遅かったか」
舌打ちしつつ、「御堂は何をやっているんだ」と苛立たしげに室内を歩き回る。
「御堂様なら、ここ数日間、姿を見ておりませんけど」
「連絡がないので来てみれば……あいつは今どこに……」
途中ではっとしたように外へ出ていった一眞だったが、まもなくして、ぐったりとした木乃葉を抱えて戻ってきた。お佳代が慌てて布団を敷くと、その上に彼女を寝かせ、一眞はため息をつく。
「油断したな」
「……申し訳、ありません」
弱々しい声を発しながら、木乃葉は顔を真っ赤にして泣いていた。
「毒か?」
「……おそらく。すぐに気づいて毒抜きをしたのですが、動けなくて……」
「誰にやられた?」
「隊長の姿に化けていたので、正体までは……」
一眞は再びため息をつくと、「その呼び方はやめろ」と小声でたしなめる。
「俺はもう、お前の隊長ではない」
「ですが……」
「それより気づいた点があったら教えろ。できるだけ詳細に」
木乃葉はうなずき、固く目を閉じると、
「姿かたちは隊長、じゃない、貴方そっくりでしたが、言動が貴方らしくなかった。とても優しくて、紳士で……」
「その時点で俺じゃないと気付かなかったのか?」
「……私に、好意を持ってくださっているのかと……」
もじもじとした返答に、一眞は顔をしかめる。
「お前の気持ちには応えられないと、昔から言っているはずだ」
「わかっています……わかっているのですが……」
慕ってくれるのはありがたいが、公私混同を嫌う一眞としては、御堂木乃葉は多少やりにくい相手でもあった。ただでさえ彼女は真面目で、融通のきかないところがある。元上司である自分に対しては非常に忠実なので、特に問題視していなかったが、今回ばかりは人選を誤ったようだ。
――こんなことなら、警護から外れるべきじゃなかった。
きっかけは何だっか。
『だったら……貴方がお嫁にもらってくださる?』
『婚約者ですものね』
『田舎育ちですから。野生動物には耐性がありますの』
彼女を警護対象として見れなくなった瞬間、女性である御堂木乃葉を自分の後任として紫苑に勧めた。紫苑は特に理由を訊ねることなく、一眞の提案を受け入れてくれたものの、内心では疑問に思っていたはずだ。
――あのまま彼女のそばにいれば……俺はきっと……。
主人を裏切っていたに違いない。
だからこそ離れようとしたのだが、今回はそれが裏目に出てしまった。
――殿下は絶対に俺をお許しにならないだろう。
元上司とはいえ、部下の失態は自分の責任だ。
何より、自分のことが一番許せないと、一眞は奥歯を噛み締める。
「隊長?」
よほど怖い顔をしていたらしく、木乃葉が怯えたように自分を見上げていた。
「もうすぐ医療班が来る。それまでここで休ませてもらえ」
「……隊長は? そばについててくれないんですか?」
「甘えたことを抜かすな」
すげなく答えれば「隊長らしい」と木乃葉は泣きそうな顔で言う。
「そういえば一つだけ、思い出したことがあるのですが」
「何だ?」
「目が……一瞬だけ、変わったように見えたんです。瞳孔が開いて……蛇みたいに」
それを聞いた瞬間、二人の女性には目もくれず、一眞は外へ飛び出していく。
蛇の痕跡を追って。
「まあ、透き通っていて綺麗ですわね」
「懐かしいでしょう? 琥珀糖を作ってるの」
かき氷シロップを使って色をつけると、まるで宝石のような色合いになる。そのまま食べると砂糖の味しかしないので、しょうがやお茶の葉、お酒などで味に変化をつける。作るのはさほど難しくない琥珀糖だが、乾燥させるのに長い時間がかかるため、胡蝶はお茶請け用にと大量に作り置きするつもりだった。ある程度固まったら包丁で一口サイズにカットして、涼しい場所でさらに一週間から十日ほど乾燥させる必要がある。
「出来上がりが楽しみだわ」
「見た目も涼しげでいいですねぇ」
ところで、とお佳代が苦々しげに口を開く。
「……御堂様はあれからちっとも姿を見せませんわね」
そういえばそうね、と胡蝶も苦笑いを浮かべる。
「ちゃんと仕事をしておられるのかしら」
「紫苑が心配性なだけで、初めから私に警護など必要ないのよ」
「ですが、用心に越したことはないかと」
「かあさんも心配性なんだから」
作業がひと段落したので、お佳代と居間でお茶を飲んでいると、
「あら、来客かしら」
玄関で戸を叩く音がした。
「噂をすれば影かもしれませんわ」
そう言って戦う女戦士のような顔つきで玄関へ向かったお佳代だったが、
「お、お嬢様っ、お嬢様っ」
慌てた様子で戻ってきて、若い娘のように頬を上気させている。
「すぐにお越し下さい、お嬢様にお客様ですわ」
「……どなた?」
「もちろん、龍堂院様に決まっているではありませんか」
胡蝶は慌てて鏡の前へ行くと、身だしなみを整えつつ言った。
「先に居間にお通ししては?」
「それが、いそぎのご用事があるとかで、お茶を飲む暇もないとか」
まあそんな……と胡蝶は立ち上がり、早足で玄関へ向かう。
「一眞様、お待たせして申し訳ありません」
三つ指をついて座礼すると、彼は目線を合わせるようにしゃがみこむ。
一瞬だけ、彼の瞳孔が開いて蛇の目のように見えたが、気のせいだろうか。
「……何やら甘い香りがしますが」
「琥珀糖を作っているところですの。一眞様はお好きですか?」
訊ねながら、そういえば彼は甘い物は苦手なのだと紫苑がこっそり教えてくれたのを思い出す。甘い物好きな胡蝶は、油断するとすぐに砂糖を入れすぎて甘い味付けにしてしまうので、普段から気をつけているのだが。
「好きですよ。貴女がお作りになったものなら何でも」
優しく微笑まれて、頬に熱が集まるのを感じた。
女性嫌いというだけあって、普段の一眞はどこか堅苦しく、胡蝶への態度もぎこちない。それが今やこの変わりよう……一体彼に何が起きたのかと混乱する一方で、胡蝶は密かに胸をときめかせていた。
「完成したら、ぜひお召し上がりになって」
「……それはいつ頃ですか?」
「一週間から十日ほどかかりますわ」
一眞は考える素振りを見せると、
「でしたら数日ほど留守にしても構いませんね」
「どちらへ行かれますの?」
「というか、貴女を我が家へ招待したいのです」
首を傾げる胡蝶に、一眞は優しい口調で続ける。
「私の両親に会ってください、婚約者として」
「ですが私たちは……」
「嫌ですか? 私の親に会うのは」
いいえ全く、と胡蝶は両手をぶんぶん振った。
「一眞様さえ良ければ」
「もちろん私に異論はありません」
そうと決まればすぐに出立の準備を、と一眞に急かされ、胡蝶は慌てて家の中へ戻りお佳代に言った。
「どうしよう、かあさん。一眞様のご両親に会って欲しいと言われたの。今すぐ龍堂院邸に来て欲しいそうよ」
「ようございましたね、お嬢様。お佳代もそんな気がしておりました」
「すぐに訪問着に着替えるから、手伝ってくれる?」
「ええ、ええ、とびきり綺麗にして差し上げますよ」
玄関から一眞の急かす声が聞こえたので、身支度にあまり時間はかけられなかった。訪問着の上に羽織りものをかけ、化粧は薄く、髪型も凝ったものではなく簡素なものにして、家を飛び出していく。
「では、行ってまいります」
***
胡蝶が家を出て一時間が経った頃、
「胡蝶様はどちらに?」
血相を変えた一眞が家に飛び込んできて、お佳代はぽかんとした。
次の瞬間、嫌な予感がし、つまみ食いしていた琥珀糖を落としてしまう。
「一時間前に貴方様が――龍堂院様が迎えに来られて、お連れになったのでは……?」
「……遅かったか」
舌打ちしつつ、「御堂は何をやっているんだ」と苛立たしげに室内を歩き回る。
「御堂様なら、ここ数日間、姿を見ておりませんけど」
「連絡がないので来てみれば……あいつは今どこに……」
途中ではっとしたように外へ出ていった一眞だったが、まもなくして、ぐったりとした木乃葉を抱えて戻ってきた。お佳代が慌てて布団を敷くと、その上に彼女を寝かせ、一眞はため息をつく。
「油断したな」
「……申し訳、ありません」
弱々しい声を発しながら、木乃葉は顔を真っ赤にして泣いていた。
「毒か?」
「……おそらく。すぐに気づいて毒抜きをしたのですが、動けなくて……」
「誰にやられた?」
「隊長の姿に化けていたので、正体までは……」
一眞は再びため息をつくと、「その呼び方はやめろ」と小声でたしなめる。
「俺はもう、お前の隊長ではない」
「ですが……」
「それより気づいた点があったら教えろ。できるだけ詳細に」
木乃葉はうなずき、固く目を閉じると、
「姿かたちは隊長、じゃない、貴方そっくりでしたが、言動が貴方らしくなかった。とても優しくて、紳士で……」
「その時点で俺じゃないと気付かなかったのか?」
「……私に、好意を持ってくださっているのかと……」
もじもじとした返答に、一眞は顔をしかめる。
「お前の気持ちには応えられないと、昔から言っているはずだ」
「わかっています……わかっているのですが……」
慕ってくれるのはありがたいが、公私混同を嫌う一眞としては、御堂木乃葉は多少やりにくい相手でもあった。ただでさえ彼女は真面目で、融通のきかないところがある。元上司である自分に対しては非常に忠実なので、特に問題視していなかったが、今回ばかりは人選を誤ったようだ。
――こんなことなら、警護から外れるべきじゃなかった。
きっかけは何だっか。
『だったら……貴方がお嫁にもらってくださる?』
『婚約者ですものね』
『田舎育ちですから。野生動物には耐性がありますの』
彼女を警護対象として見れなくなった瞬間、女性である御堂木乃葉を自分の後任として紫苑に勧めた。紫苑は特に理由を訊ねることなく、一眞の提案を受け入れてくれたものの、内心では疑問に思っていたはずだ。
――あのまま彼女のそばにいれば……俺はきっと……。
主人を裏切っていたに違いない。
だからこそ離れようとしたのだが、今回はそれが裏目に出てしまった。
――殿下は絶対に俺をお許しにならないだろう。
元上司とはいえ、部下の失態は自分の責任だ。
何より、自分のことが一番許せないと、一眞は奥歯を噛み締める。
「隊長?」
よほど怖い顔をしていたらしく、木乃葉が怯えたように自分を見上げていた。
「もうすぐ医療班が来る。それまでここで休ませてもらえ」
「……隊長は? そばについててくれないんですか?」
「甘えたことを抜かすな」
すげなく答えれば「隊長らしい」と木乃葉は泣きそうな顔で言う。
「そういえば一つだけ、思い出したことがあるのですが」
「何だ?」
「目が……一瞬だけ、変わったように見えたんです。瞳孔が開いて……蛇みたいに」
それを聞いた瞬間、二人の女性には目もくれず、一眞は外へ飛び出していく。
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