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本編
胡蝶、頑張る
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「……そういえば、私の警護はもう必要ありませんわね。麗子夫人も今回の件で、さすがに懲りたでしょうし」
何とかして一眞を振り向かせたい胡蝶は、手始めに何をすべきか考えて、自分から積極的に話しかけることにした。元より社交的な性格ではないので、沈黙はさほど苦にはならないものの、黙っていたのでは自分の気持ちなど伝わらないし、相手のことを知ることもできない。
一眞は手を止めると、「警護は続行します」と胡蝶を見つめ、断固とした口調で言った。
「ただし、もう狐や子どもの姿に化ける必要はありませんが」
「婚約者ですものね」
照れ隠しに茶化すようにして言うと、彼は困ったように視線を逸らす。
「いつも不思議に思っていたのですけど、警護の間はどちらに滞在に?」
「普段は裏山を拠点にしています。あそこからならこの家の周辺がよく見えますから」
てっきり国有だと思っていた山が、実は龍堂院家の私有地だと知って、胡蝶は慌ててしまう。
「地元の人たちも知らないと思うわ」
「最近手に入れたばかりですから。入山禁止にしているわけではないので、どうかお気になさらず」
――ということは、私の警護のために?
それはさすがに考えすぎだと思い直し、愛想笑いを浮かべる。
「けれど裏山からこの家まで、結構な距離がありますわ」
お佳代の不在時など、1人になると決まって彼が現れるのはどうしてか、今まで不思議に思っていた。もしかすると見張り役は彼だけではないのかもしれないと、今更ながら気づく。
「他にも誰かいらっしゃるの?」
「いいえ、自分だけですよ」
一体どこから突っ込めばいいのかと考えながら口を開く。
「でしたら、私がお呼びした時、忍者のように現れたのはどういうからくりですの?」
いくら警護とはいえ、まさか四六時中自分に張り付いているわけではないだろうと、首を傾げると、
「たまたま近くにいたもので」
そういう問題? 一眞のことをもっとよく知りたいと思う反面、質問の内容によっては相手を傷つけてしまう可能性もあるので、つい慎重になってしまう。
「一眞様は何でもお出来になるのね」
「先祖が交わった妖怪が狐の化物らしいので、そのせいかと」
自嘲混じりの声を聞いて、咄嗟にまずいと感じた。
「妖怪の中でも特に力が強く、狡猾で残忍、他者に化けることも自身の分身を生み出すことも容易いので」
「……まあ」
それを聞いて、思わず一眞の顔に手を伸ばす。
「でしたらここにいる一眞様も分身ですの?」
触れた感触は普通の人間のそれと変わらず、ほっとした。
すると一眞が驚いたように自分を見下ろしているので、慌てて手を離す。
「いやだわ、私ったら……なんてはなしたない」
「……胡蝶様は、なぜ平気なのですか」
どういう意味かと訊ねると、彼は困ったように目を伏せる。
「私のことを、気味が悪いとは思わないのですか?」
「狐に化けた一眞様は、とてもお可愛らしかったですわっ」
力いっぱい答えると、
「そ、そうですか」
なぜか拍子抜けしたような顔で、一眞はぽかんとしている。
「それに子ども時代のお顔も見れて、嬉しいというか」
思い出すだけでにやけてしまい、胡蝶はさっと両手で顔を隠した。
「ごめんなさい、私ったら……みっともない顔を……」
「胡蝶様は最初からそうでしたね、私を見ても怖がらない」
「田舎育ちですから。野生動物には耐性がありますの」
胸を張って言えば、一眞は可笑しそうに笑う。
「混ざり者も貴女にとっては野生動物と同じなのですね」
「……もしかしてお気を悪くしまして?」
まずいことを言ったのではないかと心配すると、いいえと彼は笑って首を横に振る。
「貴女のような女性に出会えて幸運です」
それはどういう意味だろう。
お世辞を真に受けていいものか真剣に考えていたせいか、
「……殿下の想い人でさえなければ……」
その切なげな声が、胡蝶の耳に届くことはなかった。
何とかして一眞を振り向かせたい胡蝶は、手始めに何をすべきか考えて、自分から積極的に話しかけることにした。元より社交的な性格ではないので、沈黙はさほど苦にはならないものの、黙っていたのでは自分の気持ちなど伝わらないし、相手のことを知ることもできない。
一眞は手を止めると、「警護は続行します」と胡蝶を見つめ、断固とした口調で言った。
「ただし、もう狐や子どもの姿に化ける必要はありませんが」
「婚約者ですものね」
照れ隠しに茶化すようにして言うと、彼は困ったように視線を逸らす。
「いつも不思議に思っていたのですけど、警護の間はどちらに滞在に?」
「普段は裏山を拠点にしています。あそこからならこの家の周辺がよく見えますから」
てっきり国有だと思っていた山が、実は龍堂院家の私有地だと知って、胡蝶は慌ててしまう。
「地元の人たちも知らないと思うわ」
「最近手に入れたばかりですから。入山禁止にしているわけではないので、どうかお気になさらず」
――ということは、私の警護のために?
それはさすがに考えすぎだと思い直し、愛想笑いを浮かべる。
「けれど裏山からこの家まで、結構な距離がありますわ」
お佳代の不在時など、1人になると決まって彼が現れるのはどうしてか、今まで不思議に思っていた。もしかすると見張り役は彼だけではないのかもしれないと、今更ながら気づく。
「他にも誰かいらっしゃるの?」
「いいえ、自分だけですよ」
一体どこから突っ込めばいいのかと考えながら口を開く。
「でしたら、私がお呼びした時、忍者のように現れたのはどういうからくりですの?」
いくら警護とはいえ、まさか四六時中自分に張り付いているわけではないだろうと、首を傾げると、
「たまたま近くにいたもので」
そういう問題? 一眞のことをもっとよく知りたいと思う反面、質問の内容によっては相手を傷つけてしまう可能性もあるので、つい慎重になってしまう。
「一眞様は何でもお出来になるのね」
「先祖が交わった妖怪が狐の化物らしいので、そのせいかと」
自嘲混じりの声を聞いて、咄嗟にまずいと感じた。
「妖怪の中でも特に力が強く、狡猾で残忍、他者に化けることも自身の分身を生み出すことも容易いので」
「……まあ」
それを聞いて、思わず一眞の顔に手を伸ばす。
「でしたらここにいる一眞様も分身ですの?」
触れた感触は普通の人間のそれと変わらず、ほっとした。
すると一眞が驚いたように自分を見下ろしているので、慌てて手を離す。
「いやだわ、私ったら……なんてはなしたない」
「……胡蝶様は、なぜ平気なのですか」
どういう意味かと訊ねると、彼は困ったように目を伏せる。
「私のことを、気味が悪いとは思わないのですか?」
「狐に化けた一眞様は、とてもお可愛らしかったですわっ」
力いっぱい答えると、
「そ、そうですか」
なぜか拍子抜けしたような顔で、一眞はぽかんとしている。
「それに子ども時代のお顔も見れて、嬉しいというか」
思い出すだけでにやけてしまい、胡蝶はさっと両手で顔を隠した。
「ごめんなさい、私ったら……みっともない顔を……」
「胡蝶様は最初からそうでしたね、私を見ても怖がらない」
「田舎育ちですから。野生動物には耐性がありますの」
胸を張って言えば、一眞は可笑しそうに笑う。
「混ざり者も貴女にとっては野生動物と同じなのですね」
「……もしかしてお気を悪くしまして?」
まずいことを言ったのではないかと心配すると、いいえと彼は笑って首を横に振る。
「貴女のような女性に出会えて幸運です」
それはどういう意味だろう。
お世辞を真に受けていいものか真剣に考えていたせいか、
「……殿下の想い人でさえなければ……」
その切なげな声が、胡蝶の耳に届くことはなかった。
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