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本編
ヨモギの葉と狐の少年
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「先ほどから何をしておられるのですか?」
庭に出て、ヨモギの葉を摘み取っていると、聞き覚えのある声がした。振り返ってみれば、昨日出会った、狐の仮面を付けた少年だった。ここで驚いたり、動揺してしまったら、また逃げられてしまうと思い、胡蝶は構わず作業を続けた。
「ヨモギの葉を摘んでいるの。お茶にしようと思って」
「……お茶、ですか」
困ったように答えながら、警戒するように周りを見回す。
「お一人ですか?」
「ええ、かあさんは村の集会に出かけてしまっていないの」
「無用心ですね」
「あら、うちには盗まれて困るような物は置いてないわよ」
「……そうではなくて……」
もどかしげに言い、「はあ」とため息をついている。
見た目は子どもの姿をしているが、実際は違うのかもしれないと、少年の姿を盗み見つつ、胡蝶は考えていた。なにせ妖怪は年を取らないし、様々な姿に化けることができるのだから。
「そういえば、どうして今日もお面を付けているの?」
「それはもちろん、醜い顔を隠すためですよ」
「醜い?」
「私は混ざり者ですから」
「それは何となく気づいていたけど……」
「でしたら察してください」
強い口調で言われて、思わずムッとしてしまう。
けれど彼らの、これまで歩んできた道のりを思えば、それも当然かもしれない。混ざり者というだけで蔑まれ、畏怖されてきたのだから、人間不信になるのも当然だ。ともあれ彼らに対し、気を遣いすぎるのもどうかと思い、
「鈍い女で悪かったわね」
怒ったふりをして唇を尖らせると、途端、少年は慌てだした。
「すみません。私のほうこそ言い過ぎました」
素直でよろしいと、胡蝶も機嫌を直す。
「あなたのこと、何て呼べばいいの?」
「名乗る程の者でもないので、どうぞお好きに……」
「だったら、狐のコンね」
「こ、コンですか」
「好きに呼べって言ったでしょ」
うーんと頭を抱えて葛藤している様子の少年だったが、
「わ、わかりました。今日から私はコンです」
脳内で折り合いをつけたらしく、観念したようにうなだれている。
「私は柳原胡蝶よ」
「堂々と嘘をつかないでください、花ノ宮胡蝶様」
「今は柳原の家にいるのだから、柳原でいいの」
「……さようで」
「混乱するようだったら下の名前で呼ぶといいわ」
「わかりました、胡蝶様」
なかなかどうして、話の通じる相手だと、胡蝶は喜びを隠せなかった。見た目は変わっているが――高位貴族の娘として、変わっているのは自分も同じなので、もしかすると気が合うのかもしれないと、内心ではしゃぐ。
「ところでコン、あなた、誰の命令で私を監視しているの?」
ずばり切り込むと、少年は慌てたように両手を振った。
「か、監視だなんて、とんでもない」
「だったら警護のほう?」
コンはごほんげほんと咳払いすると、おもむろに胡蝶の隣にしゃがみこんだ。
「よろしければお手伝いしましょう」
「ええ、お願い……って露骨に話を逸らしたわね」
「この葉っぱを摘めばいいんですか?」
「下の葉は固いから、上のほうにある柔らかな葉にしてね」
夢中になって摘んでいるうちに、指先が真っ黒になってきた。
「ありがとう、このくらいでいいわ」
摘んだヨモギの葉は、軽く洗って汚れを落とすと、野菜干し用のザルの上に乗せて、天日干しにした。三日経ったら、フライパンで煎って、茶葉にするつもりだ。緑色の葉が茶色に変色するまで、じっくり時間をかけるのがコツらしい。ヨモギの葉には血液の流れを良くして冷え性を改善すると共に、老化を防ぐ美容効果もあるので、今から飲むのが楽しみだった。
――最低でも三ヶ月は続けないと。
万が一、苦くて飲めないようだったら、お風呂に入れて入浴剤の代わりにしよう。香りはいいし、身体も温まるだろうから。それにヨモギ風呂なんて、その響きだけでも風情がある。
「胡蝶様は、いつも楽しそうですね」
作業が終わったので、手伝いをしてくれたコンのために緑茶を淹れた。以前、辰之助が買ってきてくれた餡子玉を添えて持っていくが、彼は遠慮してか、なかなか手を付けようとしない。
「楽しそう、ではなく、実際に楽しいの」
「子どもみたいだ」
「そうね、ここにいると、子どもの自分に戻ってしまうみたい」
言いながら、餡子玉を宙に放って、口でキャッチする。しかしあやうく落とすところだった。なかなか辰之助のようにはうまくいかない。この場にお佳代がいれば、食べ物で遊ぶなんて行儀が悪いとお説教されただろうが、
「……胡蝶様は本当にあの侯爵様の娘ですか?」
コンにまでうろんげに訊ねられる始末。
「父とはまるで似ていないと言うんでしょ? 私もそう思うわ」
あっけらかんと答えれば、コンは決まり悪そうに口を閉じた。
「それより、コンもやってみれば? 面白いわよ」
再び餡子玉を宙に放って、口でキャッチする。
今度はうまくいった。
「……貴族の娘として、あるまじき行為だ」
ぼそりとつぶやかれ、ふふふと笑う。
「あら、私に説教するつもり?」
「いえいえ、貴女は完璧な淑女ですよ」
面と向かって皮肉を言われたが、気にはならなかった。
子どもの姿をしているせいかもしれない。
「お嬢様、ただいま戻りました」
玄関先でお佳代の声が聞こえると、コンはやれやれといったように立ち上がる。
「では、私はこれで失礼します」
「もっとゆっくりしていけばいいのに」
「そうはいきません」
「今からお夕飯を作るから、コンも一緒にどう? 皆で食べるとおいしいわよ」
「お構いなく。主人に恨まれるのはごめんですので」
そう言って、彼は裏山のある方向へ走り去ってしまった。
庭に出て、ヨモギの葉を摘み取っていると、聞き覚えのある声がした。振り返ってみれば、昨日出会った、狐の仮面を付けた少年だった。ここで驚いたり、動揺してしまったら、また逃げられてしまうと思い、胡蝶は構わず作業を続けた。
「ヨモギの葉を摘んでいるの。お茶にしようと思って」
「……お茶、ですか」
困ったように答えながら、警戒するように周りを見回す。
「お一人ですか?」
「ええ、かあさんは村の集会に出かけてしまっていないの」
「無用心ですね」
「あら、うちには盗まれて困るような物は置いてないわよ」
「……そうではなくて……」
もどかしげに言い、「はあ」とため息をついている。
見た目は子どもの姿をしているが、実際は違うのかもしれないと、少年の姿を盗み見つつ、胡蝶は考えていた。なにせ妖怪は年を取らないし、様々な姿に化けることができるのだから。
「そういえば、どうして今日もお面を付けているの?」
「それはもちろん、醜い顔を隠すためですよ」
「醜い?」
「私は混ざり者ですから」
「それは何となく気づいていたけど……」
「でしたら察してください」
強い口調で言われて、思わずムッとしてしまう。
けれど彼らの、これまで歩んできた道のりを思えば、それも当然かもしれない。混ざり者というだけで蔑まれ、畏怖されてきたのだから、人間不信になるのも当然だ。ともあれ彼らに対し、気を遣いすぎるのもどうかと思い、
「鈍い女で悪かったわね」
怒ったふりをして唇を尖らせると、途端、少年は慌てだした。
「すみません。私のほうこそ言い過ぎました」
素直でよろしいと、胡蝶も機嫌を直す。
「あなたのこと、何て呼べばいいの?」
「名乗る程の者でもないので、どうぞお好きに……」
「だったら、狐のコンね」
「こ、コンですか」
「好きに呼べって言ったでしょ」
うーんと頭を抱えて葛藤している様子の少年だったが、
「わ、わかりました。今日から私はコンです」
脳内で折り合いをつけたらしく、観念したようにうなだれている。
「私は柳原胡蝶よ」
「堂々と嘘をつかないでください、花ノ宮胡蝶様」
「今は柳原の家にいるのだから、柳原でいいの」
「……さようで」
「混乱するようだったら下の名前で呼ぶといいわ」
「わかりました、胡蝶様」
なかなかどうして、話の通じる相手だと、胡蝶は喜びを隠せなかった。見た目は変わっているが――高位貴族の娘として、変わっているのは自分も同じなので、もしかすると気が合うのかもしれないと、内心ではしゃぐ。
「ところでコン、あなた、誰の命令で私を監視しているの?」
ずばり切り込むと、少年は慌てたように両手を振った。
「か、監視だなんて、とんでもない」
「だったら警護のほう?」
コンはごほんげほんと咳払いすると、おもむろに胡蝶の隣にしゃがみこんだ。
「よろしければお手伝いしましょう」
「ええ、お願い……って露骨に話を逸らしたわね」
「この葉っぱを摘めばいいんですか?」
「下の葉は固いから、上のほうにある柔らかな葉にしてね」
夢中になって摘んでいるうちに、指先が真っ黒になってきた。
「ありがとう、このくらいでいいわ」
摘んだヨモギの葉は、軽く洗って汚れを落とすと、野菜干し用のザルの上に乗せて、天日干しにした。三日経ったら、フライパンで煎って、茶葉にするつもりだ。緑色の葉が茶色に変色するまで、じっくり時間をかけるのがコツらしい。ヨモギの葉には血液の流れを良くして冷え性を改善すると共に、老化を防ぐ美容効果もあるので、今から飲むのが楽しみだった。
――最低でも三ヶ月は続けないと。
万が一、苦くて飲めないようだったら、お風呂に入れて入浴剤の代わりにしよう。香りはいいし、身体も温まるだろうから。それにヨモギ風呂なんて、その響きだけでも風情がある。
「胡蝶様は、いつも楽しそうですね」
作業が終わったので、手伝いをしてくれたコンのために緑茶を淹れた。以前、辰之助が買ってきてくれた餡子玉を添えて持っていくが、彼は遠慮してか、なかなか手を付けようとしない。
「楽しそう、ではなく、実際に楽しいの」
「子どもみたいだ」
「そうね、ここにいると、子どもの自分に戻ってしまうみたい」
言いながら、餡子玉を宙に放って、口でキャッチする。しかしあやうく落とすところだった。なかなか辰之助のようにはうまくいかない。この場にお佳代がいれば、食べ物で遊ぶなんて行儀が悪いとお説教されただろうが、
「……胡蝶様は本当にあの侯爵様の娘ですか?」
コンにまでうろんげに訊ねられる始末。
「父とはまるで似ていないと言うんでしょ? 私もそう思うわ」
あっけらかんと答えれば、コンは決まり悪そうに口を閉じた。
「それより、コンもやってみれば? 面白いわよ」
再び餡子玉を宙に放って、口でキャッチする。
今度はうまくいった。
「……貴族の娘として、あるまじき行為だ」
ぼそりとつぶやかれ、ふふふと笑う。
「あら、私に説教するつもり?」
「いえいえ、貴女は完璧な淑女ですよ」
面と向かって皮肉を言われたが、気にはならなかった。
子どもの姿をしているせいかもしれない。
「お嬢様、ただいま戻りました」
玄関先でお佳代の声が聞こえると、コンはやれやれといったように立ち上がる。
「では、私はこれで失礼します」
「もっとゆっくりしていけばいいのに」
「そうはいきません」
「今からお夕飯を作るから、コンも一緒にどう? 皆で食べるとおいしいわよ」
「お構いなく。主人に恨まれるのはごめんですので」
そう言って、彼は裏山のある方向へ走り去ってしまった。
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