愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活

四馬㋟

文字の大きさ
6 / 100
本編

元夫とポークカツレツ

しおりを挟む
 土間続きの台所でいつものように料理をしていると、お佳代が様子を見に顔をのぞかせる。



「あら、今日のお夕飯はポークカツレツですのね」

「辰兄さん、好きでしょ、これ」

「安い豚肉ですから、少し硬いかもしれませんわ」

「ええ、だから今、柔らかくするための下処理をしているの」



 まず、均一に火を通すため、できる限り脂部分を取り除く。麺棒で叩いて筋繊維をほぐし、細かく切り目を入れたら、塩胡椒でしっかり下味をつける。それに小麦粉をまぶし、溶き卵に浸して、パン粉を付けたら、低温でじっくり揚げる。けれど胡蝶は、この手順を少し変えた。



「まあ、あらかじめ小麦粉と溶き卵を混ぜてしまうんですの?」

「そのほうが簡単だし、パン粉も付きやすくなるから。バッター液というのよ」

「はあ、ばったーえき、ですか」



 首を傾げながらお佳代は不思議そうにつぶやく。



「お夕食の前に少し歩いてきますわ。最近、太ってしまったようなので運動しないと」

「そう?」

「お嬢様の手料理が美味しすぎるせいですよ」



 そう苦情を漏らしつつお佳代が出て行くと、胡蝶も少し休もうと思い、立ち上がった。どうせなら出来立てを食べてもらいたいので、揚げるのは辰之助が来るまで待つ事にする。



「お仕事はいつ頃終わるのかしら」



 すると引き戸を開ける音がして、玄関から誰かが入ってくる気配がした。

 どうやら辰之助が来たようだ。

 

 黙って入ってくるなんて彼らしくないと思いながら出迎えに向かうと、



「ひ、久しぶりだな、胡蝶」

「……清春様」



 今日まで思い出すことすらなかったのに。できることならもう二度と会いたくないと思っていた元夫の姿を見、顔から笑みがすーと引いていくのを感じた。すると清春はハッと息を飲み、決まり悪そうな顔をする。



「どうしてここへ?」

「別に……ただ、お前が元気にやっているか、心配でな」

「心配、ですか」



 てっきり彼には嫌われているとばかり思っていたが、そうではないのだろうか。



「いけないか? これでも一年間、夫婦だった仲だろう」

「清春様は私のことを疎んじておられると思っていました」

「そ、そんなことは……」

「ないと言い切れますか?」



 清春は言葉に詰まって俯くと、居心地悪そうに黙っていた。

 ややして、「来るんじゃなかった」とぽつりとつぶやく。



「邪魔をして悪かったな」

「もうお帰りに?」



 一体この人は何をしに来たのだろうと首を傾げてしまう。けれど、このまま追い返すより、元気にやっている自分の姿を見せたほうが、少しはこれまでの行いを反省してくれるかもしれない。と思い直し、



「お待ちください、清春様」



 帰りかけた彼を呼び止めて、にっこり微笑む。



「よろしければ、上がってお夕飯を食べていかれませんか?」





 

  ***







「……これを、胡蝶が作ったのか?」

「ええ、もちろん」

「信じられないな」

「ご心配なく。毒など入れておりませんから」



 毒と聞いて、ひっと怯えた清春だったが、



 ――そうか、当然恨んでいるだろうな、俺のことを。



 白い結婚だったとはいえ、本妻と手を組んで彼女を陥れた――キズモノにしたのだ。

 それ以前に、格下の家柄で、愛人のいる男の元になど、嫁ぎたくはなかっただろう。



 ――だったらなぜ、俺を家に上げてくれたんだ?



 会えば絶対、どの面下げて……と罵られると思っていた。

 二度と顔を見せるなと言われ、最後には逃げられてしまうだろうと。



 ――まだ俺に未練があるとか?



 つい先刻も、笑いかけてくれたし。

 微かな望みを抱いた清春だったが、



「それを食べたら、どうぞお帰りください。そしてどうか、もう二度とここへはお越しくださらないよう、お願いいたします。誰が貴方に私の居場所を教えたのかは存じませんが、迷惑です」



 木っ端微塵に打ち砕かれてしまう。 



 女性にここまで手ひどく嫌われたのは初めてで、思わず泣きそうになってしまった。けれどそんなみっともない姿は彼女には見せられないと、顔をしかめて涙をこらえる。いつまでも料理に手をつけない自分に焦れたのか、



「お料理が気に入らないのであればお下げしますが……」

「いや、頂こう」



 いっそこれが毒入りで、人生最期の食事になっても構わない。

 それだけのことを、自分はしたのだ。



「ナイフとフォークはないのか?」

「ええ、あらかじめ切り分けておりますので、お箸でお召し上がりください」



 普段から和食ばかり口にしているので、洋食料理は久しぶりだった。ほんのり湯気が立ち上るカツレツは揚げたてで、衣がサクっとしている。中のお肉は柔らかくしっとりとしていて、脂加減もちょうどいい。すっきりとした味わいの、ウスターソースとの相性も抜群だ。



「私はソースより、お醤油をかけるほうが好きなのですけど」

「そうなのか?」

「ええ。お味はいかがです?」

「……まあまあだ」



 正直、あの胡蝶が料理をしているだけでも驚きなのに、出された料理の美味しさに、清春は目を剥いていた。これでも舌は肥えているほうだと自負している。胡蝶の手料理を一口一口噛み締めながら、どういうわけか敗北感を覚えた。



「よほどお腹がすいてらしたんですね。完食なさるなんて」



 空っぽになった器を見下ろして、更に敗北感を強める清春だった。



「まあ、清春様ったら……」



 何かに気づいて、胡蝶が笑い声をあげた。その、子どものような、軽やかな笑い声に驚いて、ぽかんとして眺めていると、着物の袖からほっそりとした腕が伸びて、口の辺りを指さされる。



「口の端にご飯粒が付いていますよ」



 慌てて口元を拭い、立ち上がる。

 これ以上、彼女の前で醜態を晒すまいと、いそいで玄関へ向かった。





しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。

四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」 突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)

犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。 『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』 ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。 まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。 みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。 でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。

処理中です...